1.モノクロの世界で妹と旅する。
黒と白で埋め尽くされた哀愁漂う世界。
そんな世界の隅で一組の兄妹が何やら話をしていた。
色の無い無機質さに溢れた空を眺めながら息苦しい気持ちで一杯になっていた兄の耳に、そんな感情とは裏腹に明るく可愛らしい声が響く。
「兄さん、…兄さん」
兄と呼ばれたその少年が目線を声のする方に向けると、小柄な上に華奢でありながら可憐さと耽美さを秘めた美少女…妹が手を振っていた。
「見て、ほら…」
そう告げると妹はぴょん、とジャンプをしてみせる。どうやら自分が動ける事を披露しているらしい。
キラキラと瞳を輝かせる妹とは間逆に、兄はそれを何処か心配そうに眺めていた。
(…退院して間もないんだから、あまり動き回るのは危険だ)
その理由は妹が体が弱いことを心配しての事のようだった。そしてその予想は的確に的中し、幾度か飛び跳ねた所で少女はバランスを崩して倒れそうになる。慌ててその背を支えると、少女はぱちくりと目を丸くした後我に返ったのか申し訳なさそうに兄を見た。
「…危ないだろ、黒音は動きなれてないんだから」
「ごめんなさい…」
兄の言葉に妹はしゅんと落ち込んだ表情を見せる。流れから察するに"黒音"と言うのは妹の名なのだろう。妹の表情に気付くと心配だったとはいえ言い方がきつかっただろうか、そう考えた兄は安心させようと妹の頭に手を置き目線を合わせる。
「…これからゆっくり出来るようになればいい。時間はまだ沢山あるんだからな」
その言葉にぱっと顔を明るくすると少女はこくこくと頷いた。
そして兄から離れ、再び向き直るとそっと手を差し出す。
「…行こう、兄さん」
「ああ」
その小さな手を握り、強く頷く。そして、白黒の世界へと歩き出した。
…率直に言うと、ここは俺達の住む世界ではない。言うなれば異世界、という奴なのだろう。
俺達がこの世界に来たのはそう遠い昔ではない。つい先程の出来事だった。
ここが例え本当に異世界だったとして、どうして色が無いのか。こんな暗い世界で生きる人間がいるのならそれはさぞかし辛いことだろう。
何処と無く虚無感を感じさせる世界の色合いに思考を放棄する。ただ、現実が余り良いものでは無かった為、そこから逃避できただけでも良いとしよう。落ち着くために数度深呼吸を試みるが、元より動揺や混乱は然して無かった為に余り効果は得られなかった。
この世界を前にして何をすればいいのか、自分の居た世界に戻ることが筋なのか。けれど、特に戻る理由も戻りたいという意思もない。そんな事をぼんやりと考えていた所に、妹の声が耳に届いた。
「…色、無いね…」
その寂しげな表情を見て、俺は現状を理解するより先に思った事を口にする。
「じゃあ、この世界に色を付けようか」
曇っていた妹の表情は柔らかな笑顔へと移り変わる。そしてうん、と嬉しそうに頷いた。
…兄妹は、それを終着点に歩み始める事になる。