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一瞬で終わるからさ

指示通りダイニングに残る斬鵺(きりや)弥鶴(みつる)が耳を塞いだことを確認した涼風(すずか)は、頬を赤らめたまま()ねた様子で2階に登って行った。


「…そろそろいいか?」


「…ですね」


頃合いを見計らい二人は耳に当てた手をゆっくりと放す。

そして、嵐が過ぎ去ったような辺りを見渡し溜め息を(こぼ)す。


「はあ、弥鶴さんバカですか?」


「いきなりどうした?」


「いきなりどうした?じゃないですよ!涼風先輩を怒らせたら怖いって、弥鶴さんが一番分かってるはずでしょ」


涼風と弥鶴は同期で同じ大学に通っているが、その付き合いは二人が小学生の時にまで(さかのぼ)る。

実に10年近くの付き合いのなかで、お互いのことを分かり切った上での彼の言動に、斬鵺は少し腹を立てていた。


「そんなことより、お前も片付け手伝ってくれよ」


「いやですよ!」


「まぁそう言うなよ、一瞬で終わるからさ(・・・・・・・・・)。取り敢えず、台所から危険物用の袋取って広げてくれ」


そう言ってポケットに手を忍ばせながら、弥鶴はガラスの破片が飛び散る庭を睨み始めた。


彼は口にした。


 一瞬で終わる、と────


庭に無数と言っていい程のガラスの欠片が散らばる状況で、これを一瞬で終わらせると彼は口にした。

それは、一見比喩のようであって比喩ではない。

彼はその比喩を鮮やかに体現させてしまうだろう。

太陽からの光の反射を目印に無数に散らばる破片に眼球が止め処なく動く。


(しばら)く弥鶴は庭に向かって立ち尽くす状態となってしまったが、ゴミを一掃するための準備は着実に進められていた。

彼の口から消えることのない戯言(ざれごと)が消えたことを合図に斬鵺は大人しく台所に向かい、危険物用のゴミ袋を手にする。


「はい、こっちは準備OKですよ」


袋の入り口を大きく広げ、気の進まない気怠(けだる)い合図を弥鶴に送る。


「OK」


斬鵺の合図に答えるようにして弥鶴も若気(にやけ)た合図を送る。


何も入っていなかった空洞のゴミ袋。

重みも感じるはずもないゴミ袋。


だが、そんな体感は斬鵺の一瞬の瞬きと共に本懐する。


「……ッ!?重!!」


斬鵺がほんの一瞬瞬きを許した瞬間、彼の腕に瞬間的な荷重が加わり、それは永続的に腕に負荷を与え続けた。

斬鵺が袋の中に視線を落とすと、先程まで存在しなかった異物────

細かい破片から不格好な形の破片まで、多種多様なガラスの破片が大量に袋という容器を占めていた。


「はい、これでお掃除完了!」


庭の方から斬鵺の方に向き直り、片手を腰に当てる姿勢を取って弥鶴は清掃終了の合図を掲げる。

そして、注目すべきは向き直った彼の瞳であった。


 赤い────


眼球を真っ赤な血で彩ったかのように、将又(はたまた)、紅色の宝石を埋め込んだかのように赤く染まっていた。


これこそが、異能力者が共通して持つ特徴の兆しである。


そして、澤留(さわとめ)弥鶴(みつる)が持つ異能は、“転移”────

簡略化して説明するのであれば、テレポートの類である。

転移したい座標を脳内で演算・算出し、物体を瞬間的に移動させるという荒業を成す訳だが、それには柔軟な地形把握能力と、PC並みの演算処理能力の両方を持ち合わせる必要がある。


だが、弥鶴は苦一つ顔に出すことなくその演算式を構築し、”瞬間移動”と呼ばれるまでの神業を再現している。

こと数学という分野において、この寮内で彼の右に出る者はいない。

それほどまでに彼が平然と成していることは、常人には理解し得ない領域なのだ。


これを踏まえると、この短時間に起きた幾つかの謎にも説明がつくだろう────


まずは、涼風の怒りによって砕けた最初の窓ガラスの前には確かに弥鶴が座っていた。


だが、砕けたガラスが地に着く頃には彼の存在はなく、残りの割れていない窓ガラスの前に彼は立っていた。

これも彼の異能“転移”によって、当初の座標軸から隣の窓ガラスの座標軸に自分を移動させたのだ。


しかし、2回目は不意を突かれ異能を使って飛ぶ暇がなかったわけだが────


そしてもう一つ、先程斬鵺に起きた現象についても、彼は庭に散りばめられたガラスの破片をその目二つで位置を記憶し、その後は終着点である斬鵺が持つゴミ袋の中の位置を把握すれば、宣言通り一瞬で清掃完了というからくりである。


転移対象は能力者の記憶可能な範囲。

庭に散らばる窓ガラス4枚分の数であれば、弥鶴の許容範囲以内というわけだ。


「さてと、これから少し出掛けるかなあ……」


一仕事終えた弥鶴はガラスの()め込まれていない窓を横に引き、外履きを履き始める。


「今度は何処に行くんですか?また彼女さんの家ですか?」


ガラスの入った袋を斬鵺はきつく縛り、建物の外壁に寄せるようにして外に出す。

当事者でもない彼は、弥鶴の尻拭いを手伝わされたことに対し、思わず皮肉を口にした。


「ブブー、外れ」


(イラッ)


弥鶴からの挑発と分かっていながらも斬鵺の(あお)り体制は(いささ)か低かった。

頭部を掻き(むし)りたいほどの苛立ちに斬鵺が駆られている最中、弥鶴は不意にそっと呟いた。


「新しい子が来るんだから、これから買い出しに行って来るんだよ。最初の夕飯くらい豪華に振舞ってやらないとな」


その言葉は斬鵺には想定外の発言だった。

気取ることなく、ただ人として当然の優しさ、人柄が弥鶴の表情に現れていた。


彼のその一言に斬鵺が呆気に取れている最中、彼は“転移”の異能を使いその場から姿を消した。


初春の肌寒さが斬鵺の身に染みる。

身震いを覚え、彼は思わず一度くしゃみをした。

それに目が覚めた彼は、咄嗟に腕時計の針に目を凝らす。


 5時まで残り10分────


これ以上、涼風の逆鱗(げきりん)に触れないためにも、彼は全力で玄関へと駆け出し駅へと向かった────

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