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────やっほー、お姉ちゃん

 ◆◆◆ NEXT ◆◆◆



やや小走りで駆け込んだからだろうか、それとも緊張しているからだろうか────

ラピスは額に僅かな小汗を浮かべ、会場1階フロアのフロントへ(おもむ)いた。


「はい。では、黒崎(くろさき)様のお部屋は1階の110号室になります。リハーサルの時間になりましたら、スタッフが呼びに伺いますので」


「はい、分かりました」


出席確認を済ませると、ラピスはフロントに(たたず)む女性スタッフからの指示に従い、指定された部屋に向かって廊下を突き進む。


1階フロアの廊下を歩いて10部屋目────


指定された110号室の前に立つと、ラピスは肩に掛けるドレスカバーを一度背負い直す。

手に持つ譜面を握る手にも自然と力が入った。


そして、緊張した手で彼女はドアノブに手を掛けようとした。


しかし、ここで彼女の脳裏にふとした疑念が(よぎ)る。

それは本当に些細な疑念だった。


(そう言えば、部屋の鍵を渡されなかったけど……)


部屋の鍵を渡されなかった。

鍵が掛かったままだとすれば部屋に入ることができない。

だが、そんなことは自分の手で確かめればいいだけの話だ。

ラピスは、ドアノブに手を掛けゆっくりと回す。


ドアは蝶番(ちょうつがい)を軋ませ、ゆっくりと開き、彼女の疑念は杞憂に終わった。

刹那(せつな)、彼女の抱いていた疑念にも晴れ間が射す。


「失礼します」


疑念は晴れても緊張は拭い切れないまま、ラピスは部屋の中へと足を踏み入れる。

部屋の中に入った彼女は直ぐ様荷物を置き、衣装に着替える予定だった────


「────ッ!?」


部屋に入り込んだ矢先、思わずラピスはその歩を止めてしまった。

部屋の中に(・・・・・)身知った人物が先客と(・・・・・・・・・・)して招かれていたから(・・・・・・・・・・)()────


とてもよく知っている人物だった。

彼女(・・)の方もラピスのことを凝視していた。


この事態に────

ラピスは息を呑みはしたものの、酷く動転するほどではなかった。

予知でもなければ、決して期待などでもない。

ただ、フロントスタッフから部屋の鍵を渡されなかったという事実と、(あらかじ)め得ていた情報から頭の片隅に過った“イフの可能性”────

その“イフの可能性”が、現実となってしまっただけのことだからだ。


ラピスの部屋に居座る彼女は、ラピスと似た容姿をしていた。

似た容姿に似た髪色だったが、部屋に居座る彼女の場合は、髪の長さをショートヘアに切り揃えていた。


そして何より、二人の決定的な差異は、その胸囲格差社会(バストサイズ)にあった。

衣服の上から全くもって反発力の感じないラピスの胸元に対し、彼女の方は、身に(まと)紺碧(こんぺき)のドレスが胸元で大きな曲線を描いていた。

その体付きに、ラピスは因縁を付けるかのような鋭い目付きで対抗する。


そして、ほんの僅かな静止した時間を共有した後、彼女(・・)の方からラピスに声を掛けて来た。


「────やっほー、お姉ちゃん。久しぶり、元気してた?」


ラピスのことを“姉”と呼称する彼女────

ラピスの実の妹である黒崎・マリーネ・ラズリは、満面の笑みを浮かべ、親しげに手を振る。


姉妹でありながら離れて暮らしているため、二人はこの場で久しぶりの再会を果たしたことになる。

だが、その再会を妹のラズリは喜んでいる(かたわ)ら、姉のラピスはやや拒んだ。


「ひ、久しぶり……あんたも、この部屋って言われたの?」


「うん、そうだよ。お姉ちゃんも参加するって聞いて、久しぶりに会えると思ったらワクワクしちゃって」


「そう……」


歯切れの悪い返しだった。

ラピスは神妙な面持ちのまま部屋の中へと入り、テーブルの上に荷物を置き、ドレスカバーを広げる作業に無言で移る。


息苦しい空気が部屋を圧迫する。

神経に無駄な力が入り、精神的に疲弊(ひへい)仕掛ける。

そんな空気の中、姉の姿を鏡越しから見たラズリは、再びラピスへ話し掛ける。


「お姉ちゃん!お姉ちゃん!!髪飾り付けるの手伝って!」


甘え上手な声に呼ばれ、ラピスが反射的に顔を上げると、鏡に映る自分と睨み合いながら、一生懸命髪飾りを付けようと奮闘する妹の姿があった。


「はぁ……」


ラピスは思わず溜め息を溢した。

“自分でやりなさい”と突き放す選択肢も脳裏を過る。

だが、”一人の姉”として生まれて来た嵯峨(さが)というやつだろう────

“年下の世話を焼きたい”という母性が、彼女の脳内選択肢を厳選して行く。


「しょうがないなぁ……」


相変わらずラピスの口からは溜め息が溢れる。

だが、それでも彼女はラズリの背後に立つと、まずはヘアアイロンで髪を再度整えた後、妹の手から髪飾りを奪い、鏡越しに映る彼女が、最も可愛く見える(・・・・・・・・)位置に髪飾りを添えて行く。


「はぁ、あんたも女の子なんだから、もう少しこういうことには関心を持たないと……」


「わあ~、ありがとうお姉ちゃん」


ラピスからのお説教など今のラズリには興味の外だった。

彼女はただ、今目の前に起きた事実に夢中だった。


そんなタイミングを見透かされていたのだろうか────

部屋をノックする音が110号室に鳴り響いた。


「ラズリ様、リハーサルの準備が整いましたので準備の方をお願いします」


「はーい」


スタッフからの声掛けにヒズリは活気溢れる返事で返した。


「じゃあまた後でね、お姉ちゃん」


そう言ってヒズリは譜面を手に取り、紺碧のドレスを揺らしながら部屋を後にした。


ラズリが部屋を去った。

だが同時に、妙な静けさが部屋に残留する。

彼女の声がまだ耳に残ったまま訪れるこの静けさは、幾度となく見たあの悪夢の情景を思い出させる。

その度────

先程は押し殺していた彼女への反骨心が覚醒し、ラピスは今一度自分の置かれている立場を再確認する。


怒りで消し飛んだ雑念が冷静さを帯びると、再び彼女の心に深い根を張った。

複雑な感情が脳内で入り組み、そして激しく迷走する。

複雑怪奇な感情が、立場が、責任が、彼女の神経に亀裂を入れる。


そして、彼女はまたまぶたから涙が零れそうになった。

姉の名前がラピス、妹の名前がラズリ

これは、人類が利用した最古の鉱物(宝石)と言われている、”ラピスラズリ”に由来します。

この二人のキャラの両親は当初、宝石店を営んでいるという設定で考えていたので、名前も宝石に因んだものにしたいなと……ただ、ラピスラズリが最古の宝石というのは最初知らず、ただ聞き覚えのある宝石が頭に浮かんだので、検索してみましたら(ry

もう即決定でしたねwww

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