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それじゃあ、今度こそ行ってきます!

また暫く小説投稿を続けられたらと思っています

ゴールデンウィーク最終日────


ラピスの父、黒崎(くろさき)翠仙(すいせん)が別荘を訪れたのはもう昨日の出来事となる。


本来であれば“明日から学校だ”、“仕事だ”と、これまでの休みの余韻に浸りたい日ではある。

だが、ことTERCES(仮)(ティラシス)のメンバーたちにとっては、そんな悠長な事を口にできる日ではなかった。


午後1時────

日を(また)いでもラピスの表情には依然として雲の掛かったままだった。

だが、そんなことを言い訳にできるはずもなく、時は刻一刻と迫り寄る。

加えて、今日のコンクールで演奏する者はリハーサルのため、早めの出席を済ませなければならない。


弥鶴(みつる)は瞳を赤く染め、手品師の如く指で軽快な音を鳴らす。

すると、斬鵺(きりや)たちの目に映る情景は変化し、別荘の1階フロアだったその景色は彼の異能”転移”により、コンクール会場前へと移り変わる。


洋風の外観に、管理された庭園が色付くコンクール会場。

ラピスは、コンクール用のドレスを収納したドレスカバーを肩に掛け、演奏譜面を手にする。

そして、見送り人である弥鶴たちの元を離れ、一人会場内へ足を運ぼうとする。


「それじゃあ、行ってきますね……」


聞くからに弱々しく、覇気の感じられない一言────

ラピスの精神は、既に疲弊(ひへい)しているのが目に見えた。


その時だった────

ラピスの横視界に、ふと見覚えのある少女の姿が映り込む。

それはお互い様のようであり、少女の方から声を掛けて来た。


「あら、お久しぶりですね。黒崎・マリーネ・ラピスさん」


燃え盛るような純色の赤に、ウェーブの掛かった長い髪。

気品溢れる衣装に身を(まと)った背丈の低い少女が一言挨拶を持ち掛ける。


「……お久しぶりです。メルさん」


外見子供と錯覚するほどの背丈に甲高い声色で語り掛ける“メル”という少女に、ラピスは深々と(こうべ)を垂れた。

そんな彼女の従順足る態度に、メルは不敵な笑みを浮かべる。

そして腕を組み、あからさまに高飛車な態度に躍り出た。


貴女(あなた)はこのコンクールに出るんだね、ご両親は出席していないのに……でも、それなら丁度よかった。ここで私が貴女よりも優れていることを証明すれば、お父様の会社に投資をしてくれる企業もまた増えるかもしれないからね、くふ」


メルが結び目に見せる苦笑は不敵極まりなかった。

その笑みは、目前の敵を弱者であると(はか)り、自らの敷居を高くする慢心の現われに他ならない。


「流石、メル様!ここで“Sepon(シェポン)”の娘であるラピスさんを叩けば、メル様がブランド界のプリンスに成られること間違いなし!」


「そもそも現時点でメル様に勝る者など居りません。メル様の優勝は最早必然で御座います!」


メルの登場時より、二人の少女が彼女の傍に居座っていた。

気品溢れる衣装で着飾る彼女と比較してしまえば素朴な身なりとも言える二人は、彼女の発言を肯定するばかりか、異常なまでの棚上げをしてきた。


「くふふ、当然だよね。でも、そんな当たり前な私を理解してくれている三津(みつ)さんと双葉(ふたば)さんは合格だよ!」


「メル様~!!」


三津と双葉に(おだ)てられたメルは、より一層高飛車な態度に磨きが掛かる。

ラピスを含め、周囲の人間は完全に蚊帳(かや)の外だった。


そんなメルの様子を見兼ねた弥鶴が、近くに居合わせるマリンの耳元へと顔を近付ける。


「誰なんですか?あの絵に描いたような悪徳令嬢は?」


皮肉を含んだ弥鶴の問い掛けに、マリンは呆れたような溜め息を溢した。


「……“Losstime(ロスタイム)”というブランド企業をご存じですか?」


「“Losstime”って、確か時計のブランド名ですよね?」


「そうです。あの方の名は、ロスタイム・ハーマリオン=ミーメル。長い歴史を持つ大手ブランドメーカー“Losstime”を立ち上げたロスタイム家、その現社長の一人娘に当たる方です。そして、“Losstime”とは、(かつ)て世界で一番のシェアを誇っていたブランド企業でしたが、今現在ブランド業界では、私の仕える旦那様と奥様が立ち上げた企業、“Sepon”が首位を握っています。現社長であるあちらの旦那様の方は、“時代の流れ”だと、話の分かる方なのですが、ミーメル嬢だけは強く反発しており、こうしてお嬢様に口出しをすることもしばしば……」


「なるほどね…」


マリンに真似て弥鶴も肩を落とす。

すると、メルは又しても芝居掛かった微笑を浮かべる。


「あっ、大変もうこんな時間!!すみませんラピスさん、もう少しお話していたかったのですが、時間は有限────急がないとリハーサルできなくなってしまいますので、私はこれで失礼します。それでは、今度はコンクールのステージで。勿論、辞退されてもよろしいんですよ、ふふ」


彼女の左手に身に付ける“Losstime”のロゴが刻まれた腕時計が(きらめ)く。

だが、彼女の()(つくろ)った演技と腹黒な笑みはその煌きを(かす)ませ、ラピスたちの瞳へと焼き付ける。


メルがその場から立ち去ると、ラピスは拳を強く握り締めた。

普段表立って先走ることのない感情が心底より込み上げる。

“怒り”という名のその感情は、ラピスの迷いを一掃し、一色淡に染め上げた。


これよりラピスが挑むのは人生最大とも言える大博打────

立ち塞がるのは、難攻不落(なんこうふらく)の秀才たちの壁。


対する彼女は、群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)するセレブたちの中で“凡人代表”を立候補する────

自分が最低ラインだと主張を通す一方で、最低ライン(ワーストワン)でも捨て切ることの出来ない、彼女に残された僅かなプライドに火が灯る。


「ふぅ…………それじゃあ、今度こそ行ってきます!」


一呼吸置いて呟いた彼女の言葉からは覇気が感じられた。

振り向き様に彼女のツインテールが(なび)く。

表情も強がりの作り笑いではなく、これまで積み重ねて来た練習量から生まれる”確かな自信”に満ちたものへと変わって行った。


「ああ」


「ラピスちゃん、頑張ってね!!」


ここにいる誰しもが彼女の成功を願っていた。

約4ヶ月ぶりの投稿となります。

暫く小説を書く暇もない日常に直面していたため、長い間投稿が遅れてしまったことを申し訳なく思っています。

投稿頻度は週一程度になるかとは思いますが、また彼らの物語を紡いで行けたらと思います。

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