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お前にチャンスを与える

玄関先で立ち尽くす白いスーツを着こなした一人の男性。

その男性を一目見たラピスの口から“父”という呼称が呼び出す。

故にこそ、今その場で立つのは、ラピスの父にして有名ブランド企業“Sepon(シェポン)”の創設者兼社長を務める黒崎(くろさき)翠仙(すいせん)()の人であることが判明した。


翠仙の眼光は鋭く、ラピスは無意識の内に視線を逸らしてしまう。

そして、彼はラピスとその隣にいる弥鶴(みつる)を見て口を開く。


「この一年、何をしているのかと思えば、男遊びに夢中とはな……」


翠仙は見たままの平面上に映る結果論だけを推測混じりに口にする。


「ち、違います!!この人は────」


父親からの戯言にラピスは過剰に反応する。

全身から刃を剥き出しにするかのように、父親から告げられる小言さえも、彼女には全て(かん)に障り逆鱗が(うず)く。


だが、感情任せに物を口走るラピスは上手く言葉で表現できずにいた。

そこへ弥鶴が、合いの手を貸すかように前に出る。


「初めまして、黒崎社長。僕は澤留(さわとめ)弥鶴(みつる)と言います。ラピスさんとは、同じ寮に住むただの先輩と後輩の関係ですよ」


「寮だと?」


翠仙は眉間に(しわ)を寄せ、弥鶴を鋭く睨み付ける。


別荘の玄関先で険悪なムードが立ち込める。

だが、そんな逆行の地へ態々(わざわざ)出向こうとする足音が複数────


「はい、その通りです黒崎社長。黒崎さんは今、TERCES(仮)(ティラシス)と呼ばれる寮で、私たちと共に生活を送っています」


そう言って、相手が一流企業の社長であれど涼風(すずか)は臆することなく切り掛かる。

そして、リーダーである彼女を筆頭に、今まで隠れていたメンバーも足並みを揃えるようにして前に出る。


TERCES(仮)(ティラシス)のメンバーが揃った────

彼らの登場と共に風が舞う。

だがそれは、風というよりも彼らが放つオーラに近しいものであった。


流石の翠仙も少し呼吸を置く。


「……まあいい。お前がこの一年間、何処で何をしようが勝手だが、一つ風の噂を聞いた。今日はその真相を確かめにここに来た」


父親の語る言葉一つ一つにラピスの心は怯えた。


「ラピス、お前は明日のコンクールに参加するのか?」


「────はい」


即答はできずとも、ラピスは自分のペースを持って力強く答える。

だが、父親の形相を覗き込む度、彼女の心は常に“トラウマ”という階層に堕とされる。


「あれだけ妹のラズリとの差を見せ付けられても尚、お前はまだピアノを弾くのか?」


「────」


「昔お前には言い聞かせたはずだ、“これ以上私を落胆させるのであれば────”」


一方的に翠仙が話を続ける中、ラピスは必死に反抗する気力を奮い立たせようとするが、それを後押しする基盤もなく、彼女の心は”劣等感の深海”へと沈んで行った。


だが、そんな一方的なやり取りの中に弥鶴が弾丸を打ち込む────


「そういうことは、今の彼女の演奏を聴いてからにして貰えませんか?」


「────ッ!!」


「ちょっと、弥鶴君!!」


突然二人の間に割り込んできた弥鶴の存在には、翠仙やラピスも予期することはできず、涼風においては声に出してしまうほど肝を冷やす。

だが、彼の乱入により話の主導権を握ることに成功した。


「僕はこの連休中、ずっと彼女の演奏を聴いて来ました。少なくともここ数日の彼女のことなら、父親である貴方以上に知っているつもりです!」


弥鶴はここぞとばかりに真剣な眼差しを晒す。


「……澤留と言ったか?ではお前に問うが、明日のコンクールで娘が金賞を取れる可能性は?」


「勿論、万に一つもなく100%です!」


弥鶴は揺らぐことなく即答だった。

そんな彼の言葉に翠仙は初めて微少を浮かべた。


「ふん、言い切ってみせるか……」


すると、翠仙の目の色が変わった。

それは、“弥鶴”という一つのブランドを見極めるかの如く、職業様柄の鋭い眼光へと変化する。


「いいだろう。ラピス、そこの男に免じてもう一度お前にチャンスを与える」


「────」


「もし、明日のコンクールでお前が金賞を取れたのであれば、私は素直にお前の才能を認め直すことにしよう。そして、そうなった暁には、お前は私の会社の跡継ぎ娘となるために海外に渡り勉学に励んで貰う」


「────ッ!」


「だがもし、そうならなかった場合、私はお前との縁を完全に断ち切る。この別荘に立ち入ることも、人前で演奏をすることも一切許さん」


空気さえも凍り付く刹那の絶対零度────

翠仙が吐いた言葉は、正にそれとなってラピスの心を制止させ、凍てつかせる。


「だ、旦那様、いくら何でもそのような……」


今の言動には、口を閉ざして聞いていたメイドのマリンも、思わず口を挟まずにはいられなかった。


ラピスの心はここに来て揺れるに揺れていた────

どちらに転んでも待ち受ける悲劇が彼女には容易に想像できてしまう。

()の有名な劇作家、シェイクスピアであれば喜んで筆を執り、どちらの悲劇も書き(つづ)ることだろう────

そんな余談すら入り込む隙もなく、彼女は究極の決断を迫られた────


だが、それは違った────

迫られていたのは飽くまで結果論であり、この場での返答は一つしかなかった。

そのことに気付いたラピスはそっと息を吐く。


「……分かりました!」


ラピスは一言そう告げると、続け様に言葉を畳み掛ける。


「ですが、明日の結果で私がどちらに転ぼうと、ここにいる皆さんには決して手を出さないで下さい!」


「……(もと)よりそのつもりはない」


ラピスが必死になって頭を下げるも、彼女の父親はそれに何の情も抱くことなく凍てついた眼差しを送る。

そして、鼓舞する言葉もなく、彼は別荘を後にして行った。


「お嬢様……」


翠仙が立ち去り、玄関の戸が閉まると、真っ先にラピスを心配したのはマリンだった。

だが、ラピスはそんな暗い顔をする彼女に微笑んで見せた。


「大丈夫よ、マリン。大丈夫だから……」


ラピスの口元は微笑みながらも微かに震えている。

そして、彼女の瞳は金色の髪に隠されていた。

目元に落ちる影は、彼女から表情の一部を奪って行く。


「澤留先輩……私、先に戻って練習してますね」


「……ああ…」


そう言って、ラピスは一人先に玄関の戸を破って外へ飛び出す。

不意に駆け足となってその場を去る彼女を止めることは誰にもできなかった。


そして、一人先に練習に戻ると出て行ったラピスは、自らの異能“念力”を使い、自身の身体を浮遊させ、別荘の屋根上で腰を下ろした。


「……どうして、私にばかり意地悪するの…………パパ…」


ラピスは、ふと幼い頃の父親の呼称を口にし、赤子のように寂しい涙を(こぼ)す。

誰にも見せることのできない弱い自分を、彼女は屋根の上で吐き捨てるのだった────

すみません、少し投稿が遅れてしまいました///

今回の部で第3話に関する内容は終わります。


*ラピスの妹の名前の変更

 (before)ヒズリ → (after)ラズリ

 以上のように変更させて頂きます。

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