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憧れちまえば、そりゃあ勝てねぇよ

「いや、その気持ちはよく分かるよ」


「えっ?」


ラピスはカップを口に付ける前に不意を衝かれた声を漏らす。

対して弥鶴(みつる)の顔付きは、いつになく真剣なものへと変わって行った。


そして、今度は弥鶴が口を開き、物を語り出す────


「俺の場合は全くその逆で、姉貴が単純に最強すぎるんだよ。何をやっても俺は姉貴より下だし、親もそっちにべったり状態。俺はいつも姉貴の前座役だったなぁ…」


「────ッ!!」


(先輩も同じなんだ、私と……)


無意識の内にラピスは、己と彼を照らし合わせる。

それと同時に、同調から生まれる安堵が芽生え、何故か言葉に表せないほどに胸が締め付けられる。


弥鶴は過去を今一度振り替えるような溜めを作り、再び口を動かした。


「だから、俺もいつか姉貴に下剋上を叩き付けてやろうと思って頑張ってはみたけど、結局ダメ。そんで、俺は諦めることにした」


「……どうしてですか?」


問い質すラピスの声色は震えていた。


「あの人に勝てない理由が分かっちまったからさ」


「何ですか、その理由って?」


ラピスは食い付くように質問を繰り返す。


「ふぅ……姉貴のやってることは本当にスゲェんだよ。そんで、それを俺は素直に認めちまってる……憧れちまえば(・・・・・・)そりゃあ勝てねぇよ(・・・・・・・・・)


「────ッ!!」


弥鶴の結び目の言葉は、文字通り稲妻となってラピスの心を穿つ。

暗雲が切り裂かれ、弁解の余地すら認められないほどの一刀が無防備となった彼女の心に突き刺さる。


(私がヒズリに勝てないのは、私がヒズリに憧れているからかのかなぁ…………)


素直な情が(ほころ)びを見せる。

だが、次第にラピスの心は、心象とはまた無縁の奥底へ沈み行ってしまった。


「────」


「ん?ラピスちゃん……」


ラピスからの反応が途絶える。

そのことに弥鶴が気付いた刹那────

既に彼女は可愛らしい寝息を立て、深い眠りの中へ落ちていた。


「あれ?このタイミングでカモミールの効果が利いちゃうか……まあいいか」


カップに注がれたカモミールには安眠効果が含まれている。

それは、目元で(おもむろ)にクマを晒し、寝不足であることを主張するラピスを思っての配慮だった。


椅子に座ったままクッションを抱き、思わず悪戯に頬を衝いても目覚めない完全無防備な彼女を、弥鶴はそっと抱き上げ静かにベッドの上に運んだ。



 ◆◆◆ NEXT ◆◆◆



「んん────」


暫くして、ベッドで横になるラピスの重い瞼が開く。

如何(いかん)せん彼女の瞼はまだ半開きだが、それでも彼女は近くの時計を睨んだ。


(────まだ、10分くらいしか寝てな……)


寝る寸前にラピスは時計を見ていたわけではないが、ふと目にした時の記憶を頼りにおよその時刻を割り出す。

その情報と視認した時刻を照らし合わせると、彼女の中でその誤差は、およそ10分程度のものだった。


だが、ラピスがベッドから上体を起こすと、丁度外の景色が伺える小窓の辺りに顔が持ち上げられる。

見ると、外の景色が暗い────

太陽の明かりは見る影もなく、月光のみが暗闇の世界を照らす。


「えっ、もう夜!!?────ッ!?」


実に12時間以上の睡眠にラピスは唖然とする。


だが、”そんな出来事は些細なものだ”と思えてしまう光景が予兆なくラピスに押し寄せる。


それは、ラピスが目を覚ます以前から微かに聴こえていたピアノの音色────

音色は部屋の壁に反響し響き渡る。


優しい音色がラピスの聴覚をくすぐるように刺激する。


音源は部屋に置かれた漆黒のグランドピアノから────

その鍵盤に指を落とす一人の男性。

彼が奏でるは、今度のコンクールでラピスが演奏する名曲────

上級難易度を誇るショパンの『バラード第1番』。


暗闇の部屋の中で、スポットライトの如く月光が演奏者である彼を照らす。

その姿はまるで、白馬の王子様が武芸を披露するお伽の国の幻想風景としてラピスの目に焼き付いていた。


そして、演奏は終幕を迎える。


「ふう……あ、ごめんラピスちゃん、起こしちゃった?」


そう言って、一つの演奏を終えた弥鶴はラピスと目線を合わせる。

部屋の中が月明かりのみであることに気付き、彼はレトロなランプに明かりを灯した。

『黒子のバスケ』と言う作品で、黄瀬 vs 青峰の試合で黄瀬君の「憧れてしまえば越えられない」という台詞が非常に好きなので、今回その台詞をお借りしました。

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