なんでピアノの音が……
降り立ったラピスの別荘の2階────
そこは必要最低限の家具と肌触りの良い絨毯が床に敷かれたシンプルな部屋だった。
部屋を仕切るための間仕切りもなく、広々としたスペースが贅沢に待ち構える。
そして、外からでも確認できた中央に位置するバルコニーと、そこに出るための窓から吹く風は、自然と彼らの内に爽快感を与えた。
「一先ずこちらが皆様に主としてご利用頂くためのスペースとなり、就寝する際もこちらで用意した物をお持ち致しますので、そちらをご利用下さい。あっ、因みに殿方であるお二方様には屋根裏部屋でのご利用となります」
笑顔で淡々と説明するマリンは、その笑顔の裏に殿方である斬鵺と弥鶴を少しばかり駄犬視するような口調で牽制した。
「えー、きーちゃんズルい!私も屋根裏で寝たい」
「お前は2段ベッドで上に行きたがる小学生か?」
一息吐いた斬鵺たちは、気の抜けた普段と変わらずの他愛もない話を始める。
そんなやり取りを何処か微笑ましい様子で眺めていたマリンだったが、一つ伝えるべき事項を思い出す。
「あっ、そう言えば一つお伝えし忘れたことが……当別荘におかれましては、お嬢様の父である旦那様或いはそのご友人方に配慮し、数々のレジャー施設を完備しております。建物の裏側にはテニスコートとプール。少し山を下りられますと、ゴルフ場も御座いますので、滞在期間中はそちらで満喫して頂くのも良いかと……この建物が建っておりますこの山は、全て黒崎家の所有地で御座いますので……では、ごゆっくりと────」
「────」
先程のマリンの口から語られる規模の広さを凡人である斬鵺たちが理解に至るまでには時間が掛かった。
その間に彼女はそっと一礼をした後、凛とした佇まいで1階フロアへ下ろうとする。
「お嬢様、例の部屋の清掃は既に済んでおりますので……」
「ありがとう、マリン……」
マリンが螺旋階段を駆け下りる前に、彼女は直ぐ近くに立つラピスへと耳打ちをする。
「じゃあ、私も少し席を外しますが、皆さんもゆっくりして行って下さい」
後ろで腕を組み金色に輝くツインテールを靡かせ、ラピスは笑顔で口を開く。
その後、彼女も螺旋階段を下って何処かへ行ってしまった。
◆◆◆ NEXT ◆◆◆
別荘2階に斬鵺たちは荷物を置くと、勢い余る星蘭を筆頭に各自独断で散らばり始める。
そんな中、斬鵺は滅多に体験することの出来ない豪邸に訪れたにも関わらず、別段やりたいことがあるわけでもなく、1階リビングのソファに腰を下ろし、怠惰な時間を貪り尽くす。
そんな彼を見かね、ある人物が彼に声を掛けた。
「よう、斬鵺。ちょっと辺りを散歩しにでも行かないか?折角こんな広い敷地があるんだからさ」
そう言って、斬鵺に声を掛けたのは、常に愉快犯のような不敵な笑みを浮かべる弥鶴だった。
「別に構いませんが……」
「よし、じゃあ行くぞ」
弥鶴に言われるがままに斬鵺は頷き、そっとソファから起き上がる。
二人は玄関で靴を履くとそのまま別荘周辺を探索に出掛けた。
二人は行く宛もないまま別荘の裏側へと向かう。
マリンの言っていた通り、別荘の裏側にはテニスコートやプールが完備されていたが、先導を行く弥鶴は特に深く見入ることもなく通り過ぎ、そのまま二人は別荘の周囲を囲む森林内部へと進んで行く。
森林の中は弥鶴が想定していたものとはやや異なり、雑木林のように見えながらも道なりは確保され、整備が行き届いていた。
木漏れ日が射し、鳥たちの声を耳に二人はそのまま宛もなく彷徨う。
「あの弥鶴さん?今何処に向かって……」
「────ッ」
斬鵺からの問いを口封じするようなタイミングで弥鶴は片腕を横に伸ばして立ち止まる。
彼の合図に従い、後方を歩く斬鵺も自然と足を止めた。
二人の足音が止むと、風が木々を揺らす音が波立つ。
そして、そんな森の中で不思議な音が二人を誘った。
それは、紛れもないピアノ音────
その音に斬鵺も気が付き顔付きを変える。
「なんでピアノの音が……」
珍しく弥鶴は不思議そうな顔付きをし、音がするこの先の道なりへと足を運び続けた。
整備された道なりを進み行くと、やがて視界は徐々に開ける。
別荘を囲む周囲の森林の中を探索する二人の前に忽然と姿を見せたのは、一軒のウッドハウス。
数段程度の階段が取り付けられた高床の作りに、外装は完全に丸太で積み上げられ、奥行きなどから10畳ほどのスペース。
この建物内から綺麗なピアノの音色が流れて来ていた。
二人は好奇心任せにそっと足音を殺して建物へと近づき、窓越しから中の様子を伺った。
中の様子は、壁二面に本棚が置かれ、中で明かりを灯すのはレトロなランプのみ。
例えて言うならば、英国、そして世界に名の馳せたシャーロック・ホームズの部屋に類似していると言えるだろう。
そして、二人が覗き見る窓のすぐ近くでは、漆黒のグランドピアノの鍵盤に指を添えて華麗に演奏をするラピスの姿があった。
二人は息を呑んでその音に聞き惚れる。
だが、二人が立ち聞きをして直ぐのこと────
「あっ!?」
ラピスは突然意表突かれたような声を漏らす。
すると、彼女は演奏を即座に辞めて勢いよく立ち上がると、歯を力強く食いしばって10本の指全てを同時に鍵盤の上に落とす。
力の込められたその乱暴な扱いはピアノから不協和音を生み出す。
その行為に驚いた斬鵺と弥鶴は、即座に窓から顔を覗かせるのを辞め身を隠した。
(やべ、気付かれ……)
「今さっき半音ズレた。ああ、もう!!コンクールまで時間がないのに」
建物の中からは、そんなラピスの苛立ちや焦りを含んだ怒号が鳴り響いていた。
(コンクール?)
そっと横目で二人は懲りずに窓越しから再び中を見詰める。
二人の視線の先では、ピアノの上でラピスが酷く項垂れていた。
「……行くぞ、斬鵺」
そう言って弥鶴は立ち上がると、ばつが悪そうにしてその場からの退散を提案する。
そして、彼は斬鵺を連れ、“転移”の異能を使いその場から速やかに退散した。
元々、ラピスはダンスの練習をしているという設定でしたが、ダンスにおいて私が何も分からないド素人なので、上手く表現ができないと思い至り、ピアノの演奏という設定に変更しました
まぁ~、ピアノも弾いたことないんですけどねw
ダンスよりは見掛ける機会が多かったので、そんな感じです///