この子も異能力者なんですか?
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校門を出て暫く登り歩いた滑かな曲線を描く登り坂。
そこからは遠目に学校が小さく見える。
登るまでに掛かった時間は徒歩で20分ほど。
そこから暫くすると、建物との間に抜け道が幾つか存在する。
やはりここも登り坂だが、段違いに建物が並ぶため、その抜け道には階段と踊り場が交互に存在する。
斬鵺は時間短縮のためによくこの抜け道を使っている。
その抜け道を抜けると、今度は登り切るまで徒歩10分ほど掛かる一直線の坂に出る。
この一直線の道は歩行者専用となっており、道は綺麗に舗装され、道端には所狭しと住宅や屋台が建ち並ぶ。
だが、そんな坂道も頂上に向かうに連れ、地形に合わせるように道はカーブを描き、次第に建物の数も減ってくる。
そして、その頂上には古い外装の寮が一軒、心許なく佇んでいた。
坂道を登る道中に広がる光景とその寮の在り方を比べるのであれば、それはまるで周囲から隔離されたような風景だった。
そして、斬鵺の歩はそんな孤立する寮を目指していた。
そこは、“TERCES(仮)”と呼ばれ、現在斬鵺が暮らしている場所である。
何故、(仮)か────
その理由は、斬鵺がこの寮を訪れる前に住んでいたとある入居者が、名前のなかったこの寮のために潰れた喫茶店の看板を勝手に持ち出したことが始まりだ────
しかし、その入居者はもうこの場所にはいない。
他にもここの住人は一癖も二癖もある問題児達ばかりが集い、そして、それぞれが人には言えない心の傷を負っている。
それこそが、この寮がここに在り続ける存在意義のようなものだった。
そんな問題児達に混ざって斬鵺もこの寮で暮らしている。
「ただいま」
玄関の戸を横に引き、斬鵺は無愛想に帰宅の言葉を玄関に響かせた。
それに対する返答はなく、彼はそのまま廊下を進み1階にある自室104号室を目指した。
「よっ、お帰り」
その軽はずみな声調は、一度斬鵺が通り過ぎたダイニングから聞こえた。
一歩下がり彼はダイニングの方に顔を出す。
そして、およそ10畳半のダイニングで彼を呼び止めたのは、斬鵺と同じくこの寮に住まう現在大学3年生の澤留弥鶴だった。
去年二十歳を迎え、年齢的にも大人として見られる年頃ではあるが、思わず手が入っているのではと疑いたくなるほど大人びた美形に180センチ近くの長身スタイルが一層彼を大人びて見せた。
だが、髪色は明るい茶髪とまだ大学生らしい茶目っ気が残っている。
「あれ、弥鶴さん?今日は彼女さんと泊まりだからこっちには帰らないって……」
「それが今朝になってドタキャンされてさぁ。仕方ないから急遽、他の女の子達にも電話したんだけど、平日でみんな都合がある、ってフラれちゃった」
現在弥鶴は彼女持ち。
だが、彼が相手にしている彼女の人数は1人だけではなく計4人存在する。
無論、彼女の前では他に彼女がいることを他言無用としているが、これは決して容易にできる話ではない。
だが、彼は手品師の如く女性を欺き、4対1という状況の駆け引きを楽しんでいる。
これが、まず一人目の問題児の素性である。
一方、この年になって未だ彼女と呼ばれる存在に巡り合えていない斬鵺にとって弥鶴の話は、贅沢な話であると溜め息を吐くばかりだった。
そんな二人がダイニングで談笑をしていると、古い建物特有である床材の軋む音が階段の方から響き渡る。
2階から誰かがゆっくりと段を踏む足音と共に材が軋む音が響き、次第に音は床を這う音へと変わり、斬鵺達のいるダイニングへと近づいてきた。
床の軋みは二人に妙な緊張感を与え、ダイニングで話しをしていた二人の口は自然と塞がっていた。
「はあ、ようやく書類がまとまったわ……あら、天宮城君お帰りなさい」
少し疲労を顔に浮き立たせ、2階からダイニングを訪れたのは、弥鶴と同期で彼と同じ大学に通う大学3年生の篠宮涼風だった。
疲労が顔に少し見られるとは言え、彼女の腰辺りまで伸びた黒髪のストレートロングからは依然として艶と仄かな甘い香りが漂っていた。
彼女のスタイルを見ても文句の付けようがなく、膨らむところは膨らみ、引き締まるところは引き締まった理想の体格。
おまけに身長も160センチ半ばと日本人女性としては長身とされる背丈。
彼女が着こなす春向きのゆったりとした服装からもそのラインは目を凝らすまでもなくはっきりと見える。
これほどの美人が街中を歩けば、誘いの手を出す男性は大勢いるが、まるで心まで見透かされているような彼女の鋭い視線に世の男達は必要以上に近寄らないのだ。
そして、その風格に見合うことながら、彼女は今ここTERCES(仮)の寮長を務めている。
そんな役所を背負っている以上、彼女の身に触れる負担や疲労というのも必然と言わざるを得ない。
「天宮城君、少しお遣いを頼まれてくれないかしら?」
「えっ?あ、はい」
突然の振りに斬鵺は歯切れの悪い返事で返す。
咄嗟のこととは言え、承諾してしまった以上彼にはお遣いを果たす義務が生まれた。
ダイニングに立ち寄った涼風は、台所に立ち湯を沸かし始め、コーヒーを淹れる準備を始める。
そして、ポットの湯が沸くのを待つ間に彼女は手に持つ数束の書類を斬鵺に渡した。
無言で差し出された書類を斬鵺が受け取ると、その書類にはある少女の顔写真が添えられ、その少女のことに関する記述が事細かくまとめられていた。
斬鵺は渡された当初まとめられた文に目を通そうとしたが、10秒と経たずに読むのを辞めてしまう。
「その子、今日からこの寮に住むことになったから、迎えに行ってほしいの」
ポットの湯が沸き、ゆっくりとコーヒーにお湯を注ぎながら、涼風は斬鵺にお遣いの内容を口にする。
「……一応涼風にも電話したんだけど」
何か根に持つような言い草で唐突に弥鶴が口を挟む。
彼は斬鵺とのやり取りのなかで、他の女子にも電話を掛けたと口にしていたが、そのなかに涼風も含まれていたのだ。
「ごめんさない、仕事が忙しくて弥鶴君からの電話だと分かった瞬間に切ったわ」
「それ絶対悪意あるよね!もし、緊急の用事なら……」
「もし、緊急の用事なら、2回でも3回でも掛け直してくるでしょ。私が意図的に切ったということは私が電話のコールを確認している証拠なんだから」
「……」
弥鶴の口から返す言葉はなく、彼は完全に論破された。
否、反論することは弥鶴にもできたが、これ以上の語り合いは無策であると、実に空気を呼んだ彼なりの配慮であったと訂正しよう。
会話が一区切りついたところで、今度は斬鵺が涼風と会話を始める。
「あの、涼風先輩…」
「何?」
「ここに住むということは、この子も異能力者なんですか?」
「ええ、そうよ」
様々な問題児達が暮らすTERCES(仮)────
而してその正体は、斬鵺同様に全員が異能力者としての一面を持っている者達だった。
斬鵺の篠宮涼風を呼ぶ際の呼び方
修正前:「篠宮先輩」
↓
修正後:「涼風先輩」
以上のように変更させていただきます。