この世界での兄さんは、優しすぎます!
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「さて、どうしたものか?」
斬鵺は自室104号室に籠り、机に寄り掛かって項垂れていた。
その机の上には、軽く包装された小包が置かれていた。
これは、今日兎雪が下着コーナーで買い物をしている間、斬鵺は3階フロアの家電製品売り場に赴き、彼女へのお詫びの品として購入した物だった。
だが、直後に例の一件が絡み渡しそびれ今に至る。
(安全策なのは、兎雪を俺の部屋に呼び出すのが一番だが、万が一、あいつが俺の部屋を出入りしているところを弥鶴さんに見られでもしたら、確実に弄り倒される……)
異性の壁とその合間を縫うようにして立ちはだかる弥鶴という2枚壁が斬鵺を苦しめる。
幾つものシュミレーションを重ね、斬鵺が出した苦渋の決断────
「よし」
そうして斬鵺は用意した小包を持って部屋を飛び出して行った。
◆◆◆ NEXT ◆◆◆
TERCES(仮)2階、通称“女子階”の205号室────
ここは兎雪の自室である。
風呂上がりの兎雪は、今日一日縛っていた白銀の髪をドライヤーで乾かし、そのまま縛ることなくストレートに伸ばした状態でいた。
そして、そのまま彼女は自室の机に向かって腰を下ろす。
『日曜日、今日は兄さんと近くのショッピングモールに出掛けた。少しお洒落しての外出は初めてだったから少し緊張してソワソワしてた。ちょっと残念だったのは、兄さんから服の感想を貰えなかったこと、かな…』
兎雪が愉快そうに笑みを浮かべ、今日購入した日記帳にペンを走らせる。
文字で綴る彼女の感情は、口で語るよりもずっと豊かで何処か子供っぽさを含んでいた。
『今日起きた出来事が全て、この世界で異能力者と呼ばれる存在が懸念されている事実を肯定してくれた。でも、分からない────どうしてこの世界で、異能力者という存在が確立されてしまったのか。幸いなことに、兄さんは私の存在について深く言及して来ない。本当にこの世界での兄さんは優しい。もうしばらく観測を続けてみることにする』
兎雪は頭に過った感情をそのまま文章化させていった。
この世界で感じたことを紡ぎ、この世界の“観測者”としての役目を全うしようと心意気を奮い立たせる。
「はぁ…」
今日の日付分の行が全て文字で埋め尽くされるほどに書き留めると、兎雪はふと溜め息を吐きページを閉じた。
そんなタイミングを見計らったかのように突然と兎雪の部屋にノックの音が鳴り響く。
「……ッ!?」
予期しなかった突然の来訪者に兎雪は少し焦った表情を浮かべると、直ちに日記帳を引き出しに閉まった。
「はーい」
兎雪は小走りでドアへと近づき、ドアの向こう側にいる人物が誰かと問うことなく、それを内側に引く。
「……」
引いたドアの先にいた相手に一瞬兎雪は絶句する。
「……よ、よう」
「兄さん!?」
「シ────」
兎雪の部屋の前に立っていたのは、照れ隠しに頬を掻く斬鵺だった。
TERCES(仮)2階は男性厳禁のため、彼の登場は兎雪には息を呑むほど予想外の展開だった。
「……一先ず私の部屋に入りますか?」
少し恥じらいを見せながらも、兎雪は斬鵺の事情に察しを利かせ、自分の部屋に入るよう促す。
その言葉に甘える形で斬鵺は彼女の部屋へとお邪魔する。
まだこの部屋で暮らし始めて日も浅いため、部屋の中で展開される物の数は少ないが、それに相反し、兎雪が使うピンクの毛布が敷かれたベッドが際立って見えた。
「それでご用件は?」
恥じらいを隠すために兎雪は顔をやや前のめりにすると、俯き様に垂れる彼女の前髪の隙間から覗くその視線は、卑怯なまでの上目遣いとなり、斬鵺の口を無意識に封じた。
「ああ、えっと……その、蒸し返すようで悪いけど、お前がし、下着を購入する時、誤解させちまっただろ」
「うっ……は、はい」
「それで、こういう時はやっぱりお詫びしないといけないと思ったんだ。だから、買ってきた!」
「……ッ!!」
「渡すのが遅れたのと、その他諸々含めてごめん」
「いえ、そんなのもう気にしてませんから!でも、あ、ありがとうございます……」
初々しい空気に包まれる中、斬鵺から渡された小包を兎雪はそっと受け取る。
小さく見えてしっかりとした重さがあり、彼女は中身が少し気になっていた。
「別に開けてもいいぞ」
「……では」
緊張で僅かに震える手で兎雪は小包の封を破り包装用紙を剥ぎ取って行く。
「ッ!?これって」
小包に隠された正体────
それは、兎雪が単身で家電製品売り場に向かった際に一度手に取った外観レトロな雰囲気を残した一眼レフのカメラだった。
「ま、待って下さい!こんな高いのどうして買ったんですか!?」
「仕方ねぇーだろ!それしか思いつかなかったんだから」
兎雪の中に積もる反論は幾つもあった。
だが、彼女はその言葉を全て殺し喜びの感情へと書き換える。
「本当に……この世界での兄さんは、優しすぎます!」
「……」
兎雪は頂いたカメラを両手で抱きしめ、感極まって今にも涙が零れそうな表情と共に優しい笑みを浮かべる。
その言葉を斬鵺は感謝の言葉として受け取った。
照れ臭さを滲ませ頬を掻かく斬鵺だったが、兎雪の笑みにふと安堵を覚え、彼の顔にも微笑んだ表情が浮かび上がる。




