異能力者だと悟られていないうちはな…
「すまない、この中に医療に知識のある者はこちらに集まって感電状態にある彼らの介護を手伝ってほしい」
少年をゆっくりと床に寝かせた芥川は、周囲に群がる野次馬たちに声を掛ける。
彼の呼び掛けに答え何名かの買い物客が集う。
彼自身は現場の指揮を取りながら倒れ込む男性とその家族のもとへと寄り添っていた。
斬鵺たちが立つ2階フロアに居る人々の口からも安堵の言葉が漏れる。
そして、一種の現代病とも言われているように、斬鵺たちの周囲の人間は揃ってスマホを眺めながら階段へと進行し始める。
「はぁ、事が収まればみんなスマホかよ…まぁ俺もバスの時刻表を見るのに使うけどさ…………ッ!?」
「ん?兄さんどうかしましたか?」
「あ、いや、別に……」
斬鵺はスマホの画面を開くと、ネットを介してこのショッピングモールのホームページから循環バスの時刻表を閲覧しようとした。
だがその手前、ネット上で急上昇中のある掲示板がピックアップされていた。
不自然なほどに斬鵺はその内容に興味をそそられた。
それを開くまでの彼は、先程周囲のスマホを弄る人々を皮肉に思っていた自分に前言撤回を申し込んでいた。
そんな軽い気持ちで斬鵺がある掲示板を開くと、そこに綴られていた内容は、つい先程このショッピングモール内で起きた事件についてのコメントだった。
『イキり異能力者瞬殺でワロタ』
『学生服着てたし、特定されてオワタなアイツ』
『最初にやられた男の人死んでないよね!!』
『あんなの見せられた母親と子供が可哀想過ぎる』
『窮地を救ったあの警察の人、マジ神!!』
『右目打ち抜くとか、ちょっとやり過ぎじゃね』
『被害からして等価交換、セフセフ』
『ホント、異能力者とか早く消えてほしい────』
そこに綴られていたのは異能力者に対しての誹謗中傷の嵐。
辛辣なコメントばかりが寄せられ、完全に異能力者は蚊帳の外に追いやれていた。
斬鵺はこのコメントを他人事として受け流すことができず、言葉一つ一つが自分のことのように刺さった。
そして、こういった真相を兎雪に伝える勇気などもとより彼にはなかった。
◆◆◆ NEXT ◆◆◆
「本日は営業終了とさせて頂きます。またのご来店をお待ちしております」
電気系統の復旧の目途が立たず、ショッピングモールの運営側も強制的に営業終了せざるを得ない状況だった。
それに伴い必然と敷地内の交通機関は麻痺を起こす。
バス待ちの大行列を耐え抜き、二人は嵩張る手荷物を抱きバスに乗り込む。
当然席は満車状態だった。
今度は兎雪を窓側に座らせ斬鵺はその隣に腰を掛ける。
バスが走り出して数分ほどが経つと、斬鵺の隣に座る彼女がぴくりとも動かなくなる。
ふと気付いた斬鵺は彼女に視線を向けると、そこには静かに寝息を立てた無防備な兎雪の姿があった。
「………」
落ちる夕日の輝きが照り付ける兎雪の寝顔に斬鵺が見入っていると、彼女の顔がゆっくりと彼の肩へと傾く。
狙ってやっているのであれば大層小悪魔な性格だと感心するほどあざとく、無意識な彼女のそれは斬鵺から言葉を抜き取る。
少しときめくバス旅も普段より大幅な遅れを伴って海城駅の到着と共に終わりを告げる。
声を掛けても目覚めない兎雪へのボディータッチに渋った斬鵺だったが、嵩張る荷物と気怠い体を持ち上げ、二人はゆっくりと下車する。
その時の兎雪は小さな欠伸をして目元から涙を溢していた。
駅の時計台の針は夕方の5時前を示す────
「はあ~」
斬鵺は等々溜め息を溢してしまった。
両手に握る大量の荷物を持ったままでTERCES(仮)に続く坂を登るのは、彼の気怠い体には堪えた。
そんな時、斬鵺を呼び止める声がする。
それに彼も自然と足を止めた。
「よう、斬鵺の坊主じゃねーか?」
景気づけるような声で斬鵺を呼び止めるのは、既に店を閉店する準備に取り掛かっていた鮮魚店を営む意気のいい男性店主だった。
「この前はありがとな、店番手伝って貰ってよ」
「あっ、いえいえ俺の方こそ、バイトでもないのに給料まで貰っちゃって…」
斬鵺は先日、この鮮魚店に勤めるアルバイトの人の代わりに店番を買って出た時のことを思い出す。
「ちょっと、待ってな……ほら、今日はもう余ったから持って行きな!」
そう言って鮮魚店の店主は、店の棚から魚を何匹か袋に詰めたものを差し出す。
「えっ、いいんですか?」
「いいんだよ。余った物は結局処分しちまうんだし……何たってウチは“鮮度”を売りにしてるからよ」
力強く斬鵺の肩を叩く店主。
それに一歩引き気味の斬鵺が微笑を浮かべる。
「おーい、斬鵺くん!!」
又しても彼を呼ぶ声がこの通り内で響き渡る。
声に導かれ彼は向きを180度回転させると、店の中から手を振る陽気な女性の姿が目に映る。
その女性もこの通りで店を出す店主であり、主に生肉を扱っていた。
「はいこれ、お宅の星蘭ちゃんに渡して」
「あ、どうも……こんなにたくさん」
「ほらほら、斬鵺くんもウチが“鮮度”を売りにしているのは知ってるでしょ」
「あ、はあ…」
全くもってデジャブだと些か呆れた様子の斬鵺。
そこへ先程の鮮魚店の店主が近寄ってくる。
「おいおい、ウチの売りを横取りしないでくれるかなぁ?」
「はあっ!?横取りしたのはそっちでしょ!!」
合い向かいの店の店主同士が通りの真ん中で歪み合いを始める。
「ちょ、待った、待った!いいじゃないですか、同じ“鮮度”が売りでも!店のジャンルは違うんですから!」
「坊主は引っ込んでろ!」
「そうよ、これは店を預かる者同士の戦いなんだから!」
二人の歪み合いはさらにデッドヒートする。
だが、一見危うく感じる雰囲気だが、この二人の店主同士の歪み合いは、この通りではよく見かけるちょっとした名物のようなものだった。
「はぁ……帰るか」
「そうですね」
斬鵺も二人の歪み合いに仲立ちすることを辞め、さらに嵩張った荷物を抱え残る坂道を登り切ろうと前へ進む。
TERCES(仮)までの距離が近づくほどに周囲の人影は姿を消し始める。
すると、周囲の目がなくなったところで唐突に兎雪が口を開く。
「あの通りにいる人たちはみんな優しいですね」
「……俺たちが異能力者だと悟られていないうちはな…」
「……」
茶を濁すことなく斬鵺は真っ直ぐな意見を口にする。
それに兎雪は少し俯くようにして口を閉じる。
「お前も今日見ただろ、異能力者に向ける一般人の眼を────」
「……っ」
「残念だけど、あれが現実なんだ」
自分で口にするその言葉は、既に胸元に刺さっている鋭利な刃物をさらに奥深くへと押し込むのと道理だった。
それに等しい胸の痛みが彼を襲う。
それは兎雪にも言えたことだった。
あの現場に立ち会ったことで、彼女に与える衝撃も大きかった。
そんな今日一日でカルチャーショックを受け沈む二人は、いつの間にかTERCES(仮)の玄関口まで到達していた。
そして、玄関の戸を横に引こうと斬鵺が何とか手を伸ばす。
「だからこそ……」
「……ん?」
その直後に兎雪が再び口を開く。
「だからこそ、こんな現実を覆すために私たちは活動しているんですよね!」
「……ああ」
彼女の真っ直ぐ過ぎる言葉に斬鵺の口からは、それを肯定するものした喉を通らなかった。
彼の心底を探るのであれば、この活動の些細さ故に訝しむ彼もいれば、当の昔に折れている彼もいた。
そこから来る疑いの反論もあった。
それでも斬鵺がここに居続けるのは、この場所で思い出を紡ぎたいと願う────
日常に焦がれ、ワガママを突き通そうとする自分の存在があったからだった。
「ただいま」
そして、無愛想に斬鵺は帰宅の合図を玄関に響き渡らせた。




