努々忘れないことだ
「……」
辺りの不安に満ちる表情に少年は愉悦を覚え、一つ笑った表情を見せる。
「いいかよく聞け、これは聖戦だ!!異能力者である俺がテメェら一般人に向ける報復と知れ!!」
モール内に響く高らかな宣戦布告────
「……くっ」
今の彼に口を咎める者はなく、揃って皆傍観者を決め込む。
この状況を肉眼で捉え生の声を聞き続けている斬鵺も歯を食いしばるだけに終わる。
このモール内に響く耳障りな狂騒曲の演奏を中止させる者など一人もいないと思い込んでいた。
だが────
この狂騒曲は唐突に幕引きを迎えた────
「ふん…」
「ガタガタ店内で騒いでんじゃねーよ────」
「はぁっ?────ッ!!!!!!!!!!」
金髪の少年は背後からする声に耳を傾け、ゆっくりと回れ右をする。
だが、その一時の動作は彼にとっての命取りとなった。
振り向いた先────
彼の右目の先には黒い影に覆われた物体が僅かに視認できた。
だが、彼は視認した直後にそれを見失う。
何故ならそれは、右目諸共彼の内部へとめり込んでしまったのだから────
「……ッ!!」
「うわああああああああああ、ああ、くっ…ああああああああ、うっ、あああああ、あああああああ────」
最初に店内に轟いた少女の母親のものとは比にならないほどの断末魔の叫び────
右目を抑え金髪の少年は豪快に床で転がり回る。
彼の抑える掌の隙間から真っ赤な血液が溢れ出し床へと浸透する。
一瞬の内に起きた目の前の光景に斬鵺も息を呑み言葉を失った。
「見ちゃダメ!!」
近くにいる母親は腕に抱く少女の顔を自分の身体へと埋め込み、耳もできる限り塞いだ。
これまでの人生の中で味わったことのない痛みが少年の脳を支配する中、残された左目で彼は血眼になって目前に立つ人影を視認しようとする。
そして、少年の目の前に立つのは、黒のロングコートを着こなし、銃口から僅かな硝煙を上げるサプレッサー付きの拳銃を右手に持つ50代の男性だった。
その男性はゆっくりと拳銃を下ろし、片目を的確に仕留めた少年のもとへと歩み寄る。
「何…しやがんだ……この野郎!!」
右目を潰されたにも関わらず、金髪の少年の鋭い眼光は死んでいなかった。
そんな彼に冷徹な眼差しを向ける中年男性は、懐に手を忍ばせ何かを取り出す仕草を徐に見せる。
「“異能力者対策部”の副会長を務める芥川泰鷲だ。部署の名前くらいは耳にしたことがあるんじゃないのか?」
そう言って芥川康鷲が懐から取り出したのは警察手帳だった。
「まあ、俺はもう警察を引退した身だったんだが、過去の功績あってか、今はお前たち異能力者を取り締まる役員をしてるんだよ」
そう言って、芥川は少し面倒事のように語りながら警察手帳を再び懐に仕舞い込んだ。
“異能力者対策部”とは、日本に異能力者の存在が観測され、それに伴う問題が多発するようになって以降、新たに改正された法律に基づき、それを専門的に取り締まるよう発足された警察部署の一種である。
その事実に感化された少年は、歯を食いしばりながら立ち上がると、右目に埋め込まれた金色の塗装に血の混じった弾丸を力尽くで引き抜いた。
床に転がる弾丸が甲高い金属を響かせる。
脳に僅かに届いていない程の穴から血液が止め処なく流れ、傷口を抑える彼の右手は血で染まっていた。
「はぁ、はぁ……ッ、クソッたれが!!お前も俺の異能で…………な、なんで、異能が!?」
金髪の少年は先程同様に“雷電”の異能を使用しようと構える。
だが、彼の残された左目が赤に染まることはなく、結果、彼の慢心する最大の武器である異能は発動しなかった。
叫び散らしたいほどの悲痛に耐えながら、彼の内に困惑の思考が根付く。
そんな少年の様子に見るに堪えることができなかった芥川がそっと口を挟む。
「最近の研究で異能力者は、両方の瞳が開花した状態時にのみ異能を発動することができると判明した。異能力者当人たちも片目を失明すると言った経験は殆ど持たないため、この事実はあまり浸透していなと踏んでいたが、どうやら本当のようだな。つまり、異能を失ったお前は、手負いの一般人と同じということだ」
「────くっ」
突きつけられた現実に少年は又しても歯を食いしばる。
先程の慢心から一転、強者の風格は弱者よりも下へと落下して行く。
だが、一度味わっていしまったその頂きの余韻に縋るようにして、彼の言葉は打製の牙を研ぐ。
「これが……これが、お前たち大人の……警察のすることか!!まだ成人にもなっていない身分の人間に異能力者というだけで銃を発砲する……テメェらにとって俺たちは害虫とでもいいたのか、ああ!!」
彼の姿は哀れと呼ぶ価値もないほど惨めに周囲の人間には映っていた。
そんな実ることもできない淡い果実を芥川は摘み取ろうとする。
「はぁ……また随分と勘違いしている上につくづく甘いことを言うな、お前」
「……」
「例え異能力者であろうが、なかろが、成人だろうが、未成年だろうが、人に危害を加えた時点でそいつ等は皆裁かれる対象であり、それに応じた対応を俺たち警察は取っているだけだ」
「その結果がこれか!!」
「人間よりも凶暴な動物への対抗策として、人は麻酔薬を打ったり、牙を抜いたりするのとこれは同じことだ。お前たちは平穏だった人々の日常世界に迷い込んだ外来種であるという立場を努々忘れないことだ」
冷徹な眼差しで芥川はそう語った。
店内に鳴り響く彼らの会話は2階フロアにいる斬鵺の耳にも届く。
その言葉に彼自身も胸を痛めた。
そして、ほんの少しだけ、目の前で傷付く金髪の少年と同調する感情を抱いたことを彼は否定しないだろう。
そっと歯を食いしばる仕草の裏には、異能力者の存在を否定する芥川の言葉に憤りを覚えていた。
「それが警察の────うッ!!」
反論的思考を変えない少年との平行線状態を強制的に断ち切るようにして、芥川は彼の腹部に一撃強打を加える。
急所に入った少年は一時的に気を失い事態は沈静化を迎えた。




