店員さんにお尋ね下さい!!
兎雪が買い損ねた物を求め、二人は再び2階フロアへと向かう。
このフロアでは、主に洋服や靴などのファッション系統の店舗が並んでいるフロアだった。
既に二人はこのフロアで兎雪の洋服を購入しに訪れている。
そして、このフロアを一度訪れた際に彼女はこれから向かう店に足を運ばず、最後に残した理由が斬鵺の腑に落ちないところではあった。
案の定、これから向かう店も買う物も兎雪は口を噤んだまま彼に教えることはなかった。
ファッション系統の店が立ち並ぶだけあり、周囲の店舗からはマネキンが至るところで顔を覗かせる。
そんな周囲の店に斬鵺が気を取られている中、数歩前を行く兎雪が立ち止まる。
「……ここです」
「ん?………げっ!!?」
兎雪の声に導かれるようにして斬鵺も彼女と同じ方角を向く。
その場所こそ彼女が最後に訪れたい店だったのだが、目の前に広がる光景に斬鵺は思わず絶句せざるを得なかった。
斬鵺の目の前に広がる光景とは、男子として非常に目のやり場に困る“女性用下着”の数々────
店内は白地を基調とした壁にライトが反射し、店内を彩る色鮮やかなレディースの下着やランジェリーが商品棚を埋め尽くしていた。
この光景を目にすれば兎雪が何を買いに来たのかも自ずと見えて来た────
「じゃあ入りますよ、兄さん…!」
「はっ!?入るって、俺も!?」
「えっ…だって一緒に行くって……」
「事情も内容も知らされていない身でこの状況をどう予知しろと言うんですか、あなたは!!」
斬鵺のその一言は兎雪の胸の内で強く響き一瞬鼓動が跳ね上がる。
「────────うっ…」
兎雪は言葉を詰まらせる。
そして、顔から火を噴く勢いで彼女の白い肌は一瞬で真っ赤に染まり、目元には僅かな涙が浮かんでいた。
「な、なんですか、それは!!こ、これじゃあ、へ、変に緊張していた私が馬鹿みたいじゃないですか!!!もう知りません!!」
斬鵺との食い違いを察し、それに憤りを覚えた兎雪は頬を真っ赤に染めたまま、勢いで一人店内へと踏み込んで行ってしまった。
店の外で一人立たされる身になった斬鵺はそっと頭を抱えていた。
同時に、この店を最後に一人で訪れるという彼女の筋書きの意図も完全に理解するに至った。
「いさん……兄さん!」
女性用下着を転売する店の前で項垂れる斬鵺。
そこを通行する人の目は、無慈悲に彼を攻撃する。
そんな彼を呼ぶ声が店内から聞こえ、彼はふと頭を持ち上げる。
頭を持ち上げた先にはマネキンの背後から顔を覗かせる兎雪の姿あった。
「あの……ブラって、何を基準に選んだ方がいいんですか?」
「聞いちゃいます!?それ、男の子である俺に聞いちゃいますか、兎雪さん!!ここで俺が的確なコメントを口にしてたらどう思いますか!?」
「えっと、控えめに言って”変態”だと思います」
「でしょうね!!だからそういうのは俺じゃなくて、店員さんにお尋ね下さい!!以上!!」
斬鵺の代名詞である渾身のツッコミが兎雪目掛け炸裂する────
◆◆◆ NEXT ◆◆◆
「ははは、血気盛んで何より何より」
「笑い話じゃないですよ…」
兎雪が店内に籠っている間、斬鵺は近くのベンチに腰を掛けて待機する。
一人でいることに虚しさを感じた斬鵺はスマホを取り出し、親しみのある弥鶴に何気なくして電話を掛けていた。
「で、どう?反り返った?」
「ええ、反り返りましたよ、もちろん。女性の下着を見て反り返らない男子高校生とかいると思いますか?今ならリンボーダンスでどんな高い場所に棒を置かれても当たって落としてしまえる自信があります」
「エベレスト級でもか!?お前も立派になったな」
「あの…俺冗談で言ってるの通じてますよね?どっちの意味で言ってます?それ…」
「両方」
スマホを片耳に当てふと斬鵺が吐いた溜め息は微笑混じりの安堵の溜め息だった。
どんな内容であれ、弥鶴との会話に彼の心は安心感を覚えていた。
「でも、まあ、この状況を打開したいなら、無難だけどプレゼントでも買って渡すことだな」
「本当に無難ですね。でも俺、あいつが今欲しがってるものなんて知り…………ってます」
「ほう~ならそれでいいじゃん……おっと、俺もそろそろデートの時間だから、また後でな。土産話帰ったら聞かせてくれよな」
弥鶴からのアドバイスを最後に彼との通話は途切れる。
斬鵺はスマホをポケットに仕舞い込みベンチから立ち上がる。
手に持つ荷物が疲労でより重く感じ始めてはいたが、彼はゆっくり歩を進める。
そして、彼は近くのエスカレーターを上り、3階フロアの家電製品売り場に再び足を運んだ────




