待っていて貰えますか?
◆◆◆ NEXT ◆◆◆
「やっぱり、カナダ産の豚肉が安いよな」
「兄さん、卵と簡単なお惣菜取ってきました」
「サンキュー。悪いな、俺が頼まれた星蘭のお遣いなのに手伝って貰って」
「いえ、私も見るだけで済ませるはずだった服の買い物に付き合って貰いましたから」
2階フロアで既に兎雪の洋服の購入を済ませた二人は、1階フロアのスーパーに立ち寄っていた。
ここに寄った理由は、出入り口で斬鵺が口にしていた星蘭からのお遣いを済ませるためである。
「星蘭の奴、料理は上手いんだけど、進んで買い出しには行かないんだよな」
「でも私、星蘭さんの作る料理は美味しくて好きですよ」
「まぁ…俺もあいつの作る料理は好きだけど……昔からの付き合いだから、今更面と向かってそんな風に言うのもなんか気恥ずかしいんだよな……」
「……」
斬鵺は無意識のうちに首裏に手を当て視線を泳がせ、照れを隠す仕草を見せる。
「おっと、レジ通り過ぎるところだった」
少しばかり上の空だった斬鵺は、ショッピングカートを転がし慌ててレジに並ぶ。
今日最後の買い物と思い、斬鵺は袋目一杯に品物を詰め込むだけの買い物をスーパーで済ませる。
時刻は丁度1時を迎え、二人の腹の虫も鳴り出す頃────
1階フロアは主に飲食関連の店が立ち並ぶ。
時間帯なだけにこれから込み始める店、逆に空いてきた店など様々だった。
そんな中、二人は三方に飲食店が立ち並ぶ食堂コーナーを訪れる。
席取りは全てフリーの早い者順。
特に苦悩することなく二人は空席を見つけ食券を購入すると、数分の耐久を得て空腹の二人は熱い湯気の立つラーメンを取りに向かう。
胃袋を刺激する空腹感をいち早く満たしたい斬鵺は豪快に麺を啜るに対し、兎雪は髪に汁が飛ばないよう垂れる前髪を耳裏に掛け、目の前にいる彼を意識してか、蓮華を使い汁が跳ねないよう配慮するに加え、彼女の麺を啜る音は殆ど聞こえないに等しいほどに静かなものだった。
食事中に二人が会話を交わすことはなく、無言で麺を啜っていた。
そんな二人が再び口を開いたのは食後になってからだった。
「ふう~、ご馳走様」
「ご馳走様でした」
トッピング多めのラーメンを注文した斬鵺と、並サイズの普通のラーメンを注文した兎雪は、ほぼ同時に完食し終わり、揃って手を合わせ食後の挨拶を告げる。
「じゃあ、バスが出る時間も近いし、そろそろ出るか?」
「あっ、はい」
ラーメンを完食し終え早々に立ち去ろうと席を立つ斬鵺に促され、兎雪も慌てて席を立つ。
「ありがとうございました」
空になった器をお盆ごと返却口に返し二人はそのまま食堂コーナーを後にする。
手荷物の重圧に辛抱しながら、斬鵺は来た道を進み出口を目指す一方、その背後を歩く兎雪の様子は些か妙な反応を示していた。
その様子は、胸に手を当て視線を泳がせるなど、比較的人が悩み事を抱いている時に現れる仕草だった。
そして、遂に彼女はその歩く足を止めた。
「あの、兄さん……」
「ん?」
兎雪の呼び掛けに斬鵺はふと振り返る。
「あの……私、まだ買っていないものがあったのを思い出しまして、すぐに買って来ますから、兄さんはこの辺りで待っていて貰えますか?」
兎雪はそれを今思い出したかのように口にする。
だが、彼女の反応には突発的に脳裏に過った際の焦りを含んだ予備動作がなかった。
今の彼女の反応は、事前に用意された台本を読み上げているに等しい。
斬鵺もその手の異能を司るが故か、手探り状態ではあるものの、彼女のその僅かな心理に気が付いていた。
「いいよ……でも、一人で大丈夫か?」
「はい、大丈夫です!たぶん……」
「たぶん、って……じゃあ、俺も付いて行くよ」
「だっ!?……それはダメです!!」
「えっ!?」
兎雪は急に声を張り上げる。
彼女のその反応を予期できなかった斬鵺は思わず言葉を詰まらせた。
否定的な言葉を口にした後の彼女は妙に頬を赤くし、それはまるで恥じらいの情を抱いているように見えた。
「あっ!いえ、その……」
斬鵺の反応を見た兎雪は、即座に冷静に戻るも修正の言葉が思い付かない。
「少しでも場慣れしている奴が一緒に居た方が買い物する上ではセオリーだと思うんだけど……」
「ううっ…」
兎雪の中で斬鵺の言葉が甘い誘惑のようにして刺さる。
そんな彼女の反応に斬鵺の心も悪戯に働く。
そして、決断を迫られる兎雪は口を噤み暫く考え込んだ。
「……分かりました……よろしく、お願いします」
兎雪は半ば諦める形で斬鵺の提案を呑んだ。