作り話と変わりませんから……
海城駅をバスが発車してから15分ほどの道のり。
ようやくバスは目的のショッピングモールの敷地内へと到着した。
斬鵺と兎雪が下車するや否や駐車場は満車状態に加え、辺りは大勢の人で賑わっていた。
そして、二人が店内に入ってもその光景は変わらなかった。
「兄さん、これからどうしますか?」
「そうだな……俺も星蘭に買い出しの用事を頼まれてるし、1階にスーパーがあるけどここで荷物を増やすのは得策じゃないだろうから、先に3階の日用品売り場から降りて来る感じかな」
「分かりました」
兎雪の二つ返事であっさりと店内を循環するルートは決まった。
行先が決まった二人は軽快な足取りで近くのエスカレーターを上り3階を目指す。
3階フロアには、家具類や家電製品などの日用製品を取り扱う店舗が並んでいた。
まずエスカレーターで3階に到達すると、目先にある文房具屋に立ち寄り、兎雪は至ってシンプルな大学ノートと筆記用具に加え、日記帳も手に取り手早く購入に移った。
続くキッチン関連のコーナーでは、兎雪が二つの茶碗を手に取り悩ましい表情を浮かべていた。
「……兄さんどっちがいいと思いますか?」
彼女が手にする二つの茶碗は酷く対称的なものだった。
右手に持つのは、薄くも鮮やかなピンクの花弁が描かれた和風そのものに対し、左手に持つのは、中学生の年頃の少女が手にするには少しばかり幼さを抱く緩い小動物が描かれた茶碗だった。
対極に位置する二つのデザインの良さに斬鵺も本気で頭を悩ます。
「う~ん……花柄の茶碗だと涼風先輩と被るから、こっちの方がいいんじゃないのか?」
そう言って斬鵺は彼女が左手に持つ茶碗を指で示す。
深く考えたところで結局行き着く先は単なる消去法だった。
「……分かりました」
兎雪は今一度左手に持つ可愛らしい絵柄の茶碗を見詰め直すと、優しく微笑み買い物籠の中へと入れた。
そのまま二人は時間が経つことも忘れ買い物に明け暮れる。
残る箸とコップ、店の出入り口に展示されたエプロンや台所スリッパも購入に移るまで時間は取らず、次に二人が向かった入浴剤・洗剤のコーナーにおいても滞在時間は然程長くは掛からなかった。
3階フロアを回っただけで、だいぶ兎雪の買い物リストにチェックのマークが付いた。
昼を迎えるにはまだ早いと踏んだ二人は続く2階フロアに足を運ぼうとしていた。
この頃には斬鵺もだいぶ緊張の糸が解れていた。
彼の隣を歩く兎雪も周囲の華やかな店通りに視線を向け、笑みを絶やさないことから高揚しているのが伝わった。
そんな周囲を見渡す兎雪が突然足を止めた。
「ん?どうした兎雪」
2階フロアへ下るエスカレーターを前にして立ち止まる兎雪の数歩先を行ってしまった斬鵺は、必然と彼女に倣って足を止めた。
「ちょっと寄ってみてもいいですか?すぐ済みますから……」
「ちょ…」
道を外す兎雪に声を掛け損なう斬鵺。
彼女が小走りで向かったのでは家電製品売り場のコーナーだった。
仕方なく斬鵺も彼女の後を追って店内へと入って行く。
彼女が進んで行った通路の一角を右に折れて進むと、その先で兎雪は目先の高さに展示された一つの商品を手に取り立ち尽くしていた。
「ううっ……ちょっと高い…」
兎雪はその商品の価格を見てふと愚痴を零す。
彼女が今手に取っている商品とは、外観レトロな雰囲気を残した一眼レフのカメラだった。
「カメラなんて好きなのか?」
足音を殺してふと兎雪の背後に立つ斬鵺は心底意外そうな表情で彼女に問い掛ける。
「いえ、特別好きというわけではなく……ただ、私の異能が形あるものをあるべき形のまま残す異能なら、思い出を形として残してくれるものはカメラかなと、単純にそう思っただけです。誰とも共有できない思い出なんて、作り話と変わりませんから……」
「……」
兎雪が時折口にする不鮮明なモノクロの話────
彼女が口にするそれは、物の例え話と呼ぶには余りにも感情移入する一面があった。
そして、それを語る時の彼女は決まって異常なまでの繊細さを帯びる。
華奢な彼女の身体に触れただけでそれは繊細なガラス細工のように壊れてしまいそうなほどだった。
その繊細なガラス細工の扱い方に戸惑う斬鵺は掛ける言葉を失い、その場で立ち尽くしていた。
「けど、私には少し背伸びし過ぎた買い物だったみたいです。結構デザイン的には好みだったんですけど……」
そう言って、兎雪は思い残す悔いを口にして手に取るカメラを元にあった棚へと戻す。
「すみません。ちょっと寄り道に耽ってしまいましたが2階に行きましょう、兄さん」
首から上だけを後ろに回し兎雪は優しく斬鵺に促す。
先陣を切ってその場から立ち去る彼女の後を斬鵺はただ無言で付けて行った。