掌で転がして楽しんでる悪魔、か
久々の投稿になります
兎雪がTERCES(仮)を訪れて早くも一週間の時が過ぎた土曜日の夜────
本日の家事当番である彼女とその監督役の斬鵺は夕飯後の食器洗いをしていた。
狭い台所で二人は適度な距離感を保ちながら作業する。
そんな中、食器が擦れる音の他に二人の会話する声も台所に響いていた。
「ショッピングモール?」
「はい、私こっちに私物をあまり持って来れなくて、そろそろ補充もしたいので明日ショッピングモールに行こうかと……」
「ふ~ん」
半ば他人事だと思い、斬鵺は兎雪の会話を片耳で聞き流す。
「……ところで、兄さんは明日予定とかは?」
作業の片手間横から呼ぶ声に斬鵺が振り向くと、白銀の髪をポニーテールに結ぶ真っ直ぐな瞳をした兎雪が彼のことを見詰めていた。
「はあ!?俺?」
自分に矛先が向けられているものと理解した斬鵺は、不意を突かれたとばかりに声を上げる。
兎雪の方を向いたまま一瞬の硬直を有した彼は、そっと視線を外すようにして食器洗いの作業に戻る。
そして、無愛想な声色で口を開いた。
「……特にないけど、そういうのは女子同士の方がいいんじゃないのか?」
「私もそう思って声を掛けてみたんですけど、皆さん用事があるみたいで……」
「一日中暇そうにしてる星蘭がいるだろ」
「勿論、星蘭さんにも声を掛けましたが、確か駅前のゲームセンターに新しい楽曲が追加されたので、それをAP?しに行くとか、なんとか……兎に角用事があるみたいで…」
(あのゲームオタク!!)
「ん?」
斬鵺は無言で怒りの拳を握る。
その行動が兎雪には理解できず、彼女は小さな疑問の声を漏らす。
斬鵺の幼馴染みに当たる星蘭は、自他共に認める二次元・ゲームオタク。
彼女が手に取るジャンルは多岐に渡るが、事ゲームに関して彼女は妥協を嫌う。
“ゲームは本気でやってこそゲーム”というのが彼女の格言だった。
そんな八方塞がりの手前、斬鵺はこの状況を安易に断れるはずもなく、彼は又しても自分から折れる道を選択する羽目になった。
「はぁ……場所、何処かもう決まってるのか?」
「い、いえ、まだ……」
少しの間沈黙を決め込んでいた斬鵺が突然口を開く。
その唐突さに兎雪の反応は少し遅れる。
「だったら、北区にあるショッピングモールでいいか?あそこなら星蘭と何回か行ったことがあるから……」
「……一緒に付いて来てくれるんですか?」
「まあ、一応俺がお前の監督役だからな……」
「はっ、ありがとうございます!」
兎雪は斬鵺に一礼をする。
素直に喜ばれていることに斬鵺は照れ臭さを覚え、思わず頬を掻く。
二人の会話にも区切がついたところで流し台にあった食器が全て片付く。
「兎雪、お風呂どうする?」
「あ、私あとで入りますので、兄さん先にどうぞ」
「了解」
ダイニングでの仕事を終えた斬鵺は、兎雪に言われた通り一足先に風呂場へ足を運んだ。
仮にも集合住宅の部類に分けられることから、この寮の風呂場の作りは広く、洗い場が4か所、浴槽の広さが男性の大人4人は入れるほどの正方形の作りだった。
そんな大浴槽に湯が張られておきながら、未だに斬鵺は洗い場に腰を掛けている状態だった。
変哲もない黒の地毛に泡が纏わり付く。
斬鵺はそれを桶に注いだお湯を被って洗い流す。
それから彼は暫く目を瞑ったまま天井を仰ぐようにして顔を上げていた。
そして、水が流れる音の余韻に少しばかり浸りながら彼はそっと小言を呟く。
「買い物か……ショッピングモールに行くのなんて結構久しぶりだなぁ」
「へぇー、誰と行くだ?」
「兎雪とですよ…………ッ!?」
意識が宙に浮き過ぎた斬鵺は、自分以外の声が聞こえたという事実に気付くのが遅れただけでなく、あろうことかその声に反応までしてしまった。
斬鵺はその異変に気付き勢いよく瞼を持ち上げる。
すると、彼の隣には以前からその場に居座っていたかのような自然さでバスチェアに座る弥鶴の姿があった。
斬鵺は思わず片手を顔に当て項垂れる。
「嵌められた……」
「大丈夫、お前の処女膜は破られてないから」
「すぐ話を下ネタに持って行くなぁ!!!」
斬鵺は渾身のツッコミを弥鶴に叩き付ける。
弥鶴はそれをいつもの如く軽く遇って笑い退けた。
お互い身体を洗い終えた二人が湯舟に浸かって暫く経つ────
弥鶴の体は、服の上からの外観では縦に細長い虚弱な印象を抱かせるが、いざ服を剥ぎ取れば、岩のように堅い胸筋とくっきりと割れ目が浮き出た腹筋が露わになる。
対して斬鵺の体は虚弱そのものだった。
腹筋の割れ目も胸板も形すらなく、強いて挙げるならば、TERCES(仮)の依頼を熟す過程で重量の荷物を持たされることから、肩と腕に僅かな筋肉の膨らみが見えることくらいだった。
そんな体格差においても弥鶴に劣っている斬鵺は、小言を彼に聞かれてしまった時点で既に観念していた。
吝かではあったが、彼は弥鶴に明日のことを相談するような形で語り聞かせる。
「なるほどね……まぁ、頑張れよ」
弥鶴からの返答は斬鵺には意外なものだった。
「えっ、それだけですか?もっと茶化されるものかと……」
「そりゃあ、お前が今回の兎雪ちゃんとの買い物を“デートみたい”だって意識してれば全力で弄り倒したさ」
「何気に酷いこと言いますね…」
「でもまあ、今回はまだこっちに来て日が浅い兎雪ちゃんにいい思い出作りをして貰いたいから、今回は茶化さずにいてやるよ。なんせ俺は女の子の味方だからね!」
「女の子を掌で転がして楽しんでる悪魔の間違いでしょ」
「……ふん、その返しができるうちは上手く行くかもな」
弥鶴は瞼をそっと閉じたまま口元をにやつかせ斬鵺を軽く鼓舞する。
それに引き付けられるようにして斬鵺も苦笑すると、彼はそっと浴槽から立ち上がった。
「じゃあ、俺そろそろ上がりますね」
その一言を言い残し斬鵺は風呂場を後にする。
波立つ浴槽に一人残された弥鶴は、優雅に湯舟に浸かり天井を仰いで一息吐いた。
「掌で転がして楽しんでる悪魔、か」
不意に弥鶴は斬鵺の一言を思い出す。
斬鵺本人は、弥鶴の素性を皮肉に思い謳ったものかもしれないが、その一言は彼の内心を酷く抉るほどのものだったということに斬鵺が気付くことはなかった。
最近下ネタの頻度が高くなっているようなwww