魔法使いさん、バイバーイ
道中、三毛猫のポジションは案の定斬鵺の頭部だった。
二人と一匹は、少女の辿った記憶を頼りに移動した。
川沿いや大人一人分ほどの細道、交通量の多い道路など、子供一人では危険と思われるルートの連続だった。
時刻はもうすぐ3時を迎える頃────
歩くこと20分が経つと、少女の顔に晴れた笑顔が滲み出た。
「あっ、あれ!あれ!」
少女が指差す白い外壁の建物。
それを視界に捉えると、少女は斬鵺の隣を一緒に歩くことを止め、一人で駆け出してしまった。
「あ、ちょっと…」
斬鵺の忠告も聞かずに少女は家の扉を開け中へと入って行ってしまった。
遅れて斬鵺が家の前に辿り着くと、玄関前で少女が立っていた。
「ミイちゃん、ご飯だよ」
少女からの甘い誘惑の言葉に斬鵺の頭上にいる三毛猫は、疑うこともせず彼の頭上から飛び降り少女が手にする餌に釘付けになる。
「はは、そりゃあ、ここまでになるわ……」
目の前の光景に斬鵺は呆れた感想を口にする。
玄関前の階段上で食事に有り付ける三毛猫に斬鵺もそっと近づく。
「こんだけ飯貰ってるだから、もう脱走なんかするなよ。外食禁止な」
丸々太った三毛猫の頬を斬鵺は悪戯顔で突く。
すると、その言葉の書名に判子を押すかのように、彼の鼻にその三毛猫は肉球を押し当てる。
それに満足した斬鵺はそっと立ち上がり少女の家を後にした。
「魔法使いさん、バイバーイ」
少女の言葉を手振りで流すと、斬鵺はスマホを取り出し位置情報を確認する。
「えっと、現在地は……」
斬鵺は画面を覗き込んだまま歩を進める。
すると、通り掛かった電柱の影から突然足が飛び出し斬鵺は一瞬躓きそうになる。
「うわぁ!!……おっ、とっとっと」
辛うじてスマホを落とすこともなくその場をやり過ごした。
「歩きスマホは危険ですよ~」
「あ、すみま……」
電柱の影からする声に斬鵺は振り返り、反射的に謝罪の言葉を述べようとしたが、その声の持ち主を知ると唖然として声を詰まらせた。
「よっ」
「弥鶴さん!?……何してるんですか?」
「暇潰し」
今日の仕事に不参加の弥鶴は淡々とした口調で語った。
「……もしかして、尾行とかしてませんよね」
「尾行だけじゃないぞ」
そう言って、弥鶴は手に握るスマホの画面を斬鵺に見せる。
そこには先程の公園で少女の頭部に手を置く斬鵺の姿がしっかりと収められていた。
「盗撮もかい!!今すぐ消して下さい!」
「え~嫌だよ、斬鵺を揺するネタがなくなっちゃうじゃん」
「アンタは俺に何をさせる気だ!!」
道の真ん中であっても、この二人の会話はTERCES(仮)にいる時と然程変わらなかった。
「ところでさぁ斬鵺、この子とは何処まで進んだんだ」
「ブ────、どうしてアンタはもう!!……その画面に映ってるのが全てですよ!」
「ええ、まさかあの斬鵺さんが、少女を目の前にして興奮しないとか……」
「いつから俺はアンタの頭の中でロリコンにシフトチェンジしたんですか!!」
男二人が和気藹々と談笑するなか、二人の視界に女子の集団が目に留まる。
「あ、いたいた!おーい、きーちゃん」
満面の笑みで手を振るのは依頼を終えた星蘭たちだった。
「あら弥鶴君もいたの?それなら、ちょっとTERCES(仮)まで飛んで貰えるかしら」
「俺の異能は“どこでもドア”じゃないんだけど……」
「仕事、してないでしょ」
「あれは、ほら、俺猫アレルギーだし」
「はいはい、前にもその言い訳は聞いたわよ」
「いや、ホントなんだって」
先程斬鵺のことを揶揄っていた弥鶴も涼風の前では形無しだった。
「ねえねえ、今日“お疲れ様会”ということで餃子パーティーでもしない?」
「明日は学校なので、ニンニクはちょっと……」
星蘭の提案にラピスが冷ややかな返答を返す。
女子が一気に5人も加われば、そこにあるのは何の変哲もない若者の日常。
彼らに限って言えば、いつものTERCES(仮)だった。
だが、彼らの持つ秘密はその日常を一瞬で崩壊させる危険性を秘めいていた。
異能力者であることを彼らは隠し続けなければならない────
故に彼らは傍観者を演じなくてはならない────
だからこそ、この卑屈な世界は何も変化しない────
だが、もしこの世界が変わる時があるとしたら、それは────
この世界を嫌いになった時かもしれない────
「斬鵺さん、置いていかれますよ」
「えっ?」
周囲に人がいるときは、彼の呼び名を変える。
それが二人の交わした約束だった。
兎雪に声を掛けられた斬鵺はその唐突さに間抜けな声を漏らす。
視線を前に向ければ、弥鶴を中心に残りのメンバーが一塊にまとまって待っていた。
「……あぁ」
目の前の光景に斬鵺は口元を歪ませた。
斬鵺から兎雪に提案した約束ごとがあるように、兎雪から斬鵺に提案された約束ごとが彼の脳裏を過る。
それは、天宮城斬鵺に笑っていて欲しいというものだった────
その約束を守るかのように、彼は優しい微笑を浮かべる。
そして、彼は帰るべき場所に向けてその歩を進めるのだった────




