本当は魔法使いさんなの!?
「こんにちは、君迷子かな?」
優しい声色で話掛ける。
その声に気が付いた少女は、ふと目の前で丸々太った三毛猫を抱き抱える斬鵺を見て、きょとんとした表情を浮かべていた。
顔を上げた少女は、その可愛らしい顔を涙と鼻水で歪ませ、呼吸が整わず絶え間なくしゃっくりを繰り返していた。
「……それ……」
「えっ?」
「……それ……私のミイちゃん……」
少女は小さな人差し指を斬鵺に向けるがそれはどちらかと言えば、今彼が抱き抱えているだらしない腹を見せ付け、眉間に寄る皺で目元が完全に埋もれてしまっている三毛猫の方だった。
「この猫、君の家の猫なの?」
「……うん……私……帰ってこないミイちゃんを探してたの……」
斬鵺の問い掛けに涙の枯れた少女はその経緯を教えてくれた。
「……お前、さてはこの子の家の飯だけじゃ飽き足らず、あのばあさんの屋敷に通ってたなぁ」
斬鵺の推理にこの三毛猫は、欠伸混じりの鳴き声を発した。
「はぁ……ところで君はこの辺りに住んでるのかな?」
「…………わかん、ない……」
周囲を見渡しながら不安を募らせる少女。
再び泣き出しそうな雲行きを見せ、それに斬鵺も眉間に皺を寄せ身構えた。
「……はぁ……仕方ないッ」
斬鵺は何か吹っ切れたような小言を呟くと、腕に抱き抱える三毛猫を地面に下ろし、片膝を突き少女と同じ目線になった。
「ちょっと、目を瞑ってて貰えるかな?」
「……うん」
斬鵺の頼みに少女は素直に受け答えをし、両手で目元を抑えた。
その間、斬鵺は少女の頭部にそっと手を置く。
瞳を一度閉じ、集中力を研ぎ澄ませる────
僅かに持ち上がる瞼。
その隙間から覗かせるのは紅色の眼球────
即ち、異能発動の兆しだった。
斬鵺は、触れる少女の頭部から自分の意識を流し込み、神経を伝い海馬へと辿り着く。
斬鵺の異能“記憶”により彼が探し求める情報は、少女が辿って来た経路だった。
少女の視点から描かれる情景、音や感情が斬鵺の脳内へと共有される。
この異能の欠点としては、能力使用後に膨大な情報が脳内へとインプットされるため、脳への負荷が大きく急激な疲労や睡魔、頭痛や立ち眩みなどの症状が少なからず現れる。
描かれる心象は、ついに少女が家を飛び出す過去まで遡った。
そこに至るまでの経緯を彼の異能は記憶し続けた。
「………うっ、もういいよ……」
少女の頭部から手を放して異能を解くと、斬鵺はふと前のめりに倒れ掛ける。
反射的に地面に手を突き踏ん張るものの、立ち上がるまでに数秒時間を有した。
「うん、分かったよ、君のお家の場所」
「……ホント!?お兄ちゃんって、本当は魔法使いさんなの!?」
「……魔法使い、って言えるほど大層なもんじゃないけどね、はは……」
斬鵺は照れ臭そうに頬を掻く。
「じゃあ、行こうか。ついでにこいつも……」
そう言って、斬鵺は三毛猫を抱き上げる。
すると、彼の背後から様子を見に兎雪がゆっくりと足を運んで来ていた。
「兄さん、大丈夫ですか?」
「ん?ああ、兎雪か。悪りぃ、ちょっとこの子迷子みたいだから、家まで送って来るわ」
「え?家までお持ち帰り?」
「一言も言ってませんけどぉ!!」
「ふふ、冗談ですよ。分かりました、星蘭さんには私の方から伝えておきますね」
「お、おう……」
真面目な顔付で冗談を言う兎雪に斬鵺は面を食らった。
そして、会話が途切れても尚、兎雪は斬鵺を強く見つめていた。
「…………」
「な、なんだよ……」
「……兄さん、さっきベンチに座っている時に何か話し掛けてきませんでしたか?」
「……ッ!?」
まるで中途半端に食べ残した物の後始末を任されたようだった。
彼女の言葉は完全に斬鵺の虚を衝いた。
「いや……なんでもない……」
「……そうですか」
今更一から話す勇気は斬鵺の中から掻き消えており、彼はそっと水に流した。
兎雪の心配そうにする表情が彼の心に釘を刺す。
そして、誤魔化し混じりの引き攣った笑いを浮かべ、斬鵺は少女と猫を連れ公園を後にした。




