俺たち、昔何処かで……
日も南下し始めた少し遅めの昼休み。
斬鵺と兎雪は近くの噴水公園のベンチで羽を休め、その間に星蘭は自販機で飲み物を買いに席を外していた。
涼風たちのチームとも連絡を介し、残す猫もあと僅かと迫っていた。
彼らがここへ来る道中も迷い猫と遭遇し、後ろ脚を怪我した黒の縞模様が際立つアメリカン・ショートヘアを兎雪の異能“原初”で治癒すると、その猫は完全に兎雪へ心を許し、今もベンチに座る彼女の柔らかな太股の上で陣取り、彼女も微笑みながらその猫の毛並みを優しく撫でていた。
一方、斬鵺と気の合う猫にも遭遇した。
その猫は、今兎雪の上で寛ぐ猫の一回りほど丸々太った悠々自適な三毛猫だった。
加えて、その重圧が太股ではなく斬鵺の頭上に掛かっているため、項垂れる彼の首はそのまま折れてしまうのではと心配になるほどだった。
ここまでの経緯に特別なものはなく、彼らは老婦の言う脱走した猫の内、唯一の野良猫とされている三毛猫に道路脇で遭遇した。
ところが、その三毛猫は一歩も動く気配がなく、その猫と目線を合わせるように斬鵺が地面に這いつくばると、遠慮する気など毛頭なく、その三毛猫はそっと彼の頭上に乗ったまま居座ってしまった。
以降、その重量級の三毛猫は斬鵺の頭上を拠り所とし、怠惰な散歩を高台から嗜んでいた。
「はぁ~お前さぁ、そろそろ降りてくれない……」
頭上に居座る三毛猫に斬鵺が語り掛けても、その三毛猫は気持ちよさそうに欠伸を返すだけだった。
「はぁ~」
再三の溜め息が斬鵺の口から漏れ、荷重の掛かる頭は骨格の軌道が許す範囲で項垂れる。
斬鵺の隣に座る兎雪との間に依然として会話はなく、ひたすらに吹き上げる噴水の音が無音な空間を壊していることに彼の心境は緩和されていた。
だが、それでも気まずさが解消されたわけではなかった。
斬鵺の視線は焦点の定まらない横目だが、隣に座る兎雪を意識していた。
以前とは違い今日の兎雪は、艶やかな白銀の髪をポニーテールに縛り、比較的動きやすい服装、髪型にセットしていた。
微かな喉の渇きを満たすように緊張の唾を飲む。
すると、話題を模索する斬鵺の脳裏に、平常思考時の斜め上を行く話題が飛び込んで来る。
それは、ここまで数少ない時間の中で垣間見た兎雪の素性────
自分の見ている情景と彼女が見ている情景の明確な温度差を斬鵺はその肌で感じていた。
自分には見えていないもの、欠けているものを兎雪は持ってると、不明確な直観が彼の中で囁いていた。
幸いにも星蘭は席を外しているこの状況に、斬鵺は意を決して震える口を開き切り込む。
「あのさぁ、兎雪……俺たち、昔何処かで……」
斬鵺は兎雪と直接目線を合わせることなく、けれども一度開いた口を押えることもできなかった。
彼は勢いに身を任せ、大胆な一太刀を切り込む────
そんな時、斬鵺の頭上に居座る怠惰な三毛猫に動きが見られた。
それは突然体勢を整えるようにして体を揺らすと、彼の頭部をジャンプ台のようにして勢いよく蹴り上げ、地面に見事な着地を決める。
その瞬間、斬鵺は首に激しい激痛を覚えた。
「痛っ……なんだよいきなり……」
結局、斬鵺が勇敢に踏み込んだ一刀は、切れ込みを入れた直後に刃毀れしてしまったかのような鈍な切れ味に終わった。
そんな斬鵺に同情を顧みさせない態度で重量級の三毛猫は前方を行く。
斬鵺だけでなく、隣に座る兎雪もその後ろ姿を目で追わずにはいられなかった。
「何だ?」
「……兄さん、あれ!」
その猫の進路先を先読みすると、噴水の音で掛け消されていたが、幼い少女が両手を目元に当て涙していた。
「……俺ちょっと様子見に行って来るわ」
「あ……」
身軽になった斬鵺は勢いよくベンチから立ち上がると、兎雪を置き去りにし前方に向かって駆け出す。
道中、亀ようにゆっくり歩く三毛猫を抱き抱え斬鵺は少女の前に駆け寄った。
私は猫アレルギー持ちなので、特に猫が好きというわけではありません///




