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その猫はまた後にしよ

 ◆◆◆ NEXT ◆◆◆



週末の日曜日────

TERCES(仮)(ティラシス)に届いた一通の依頼書を持ち、斬鵺(きりや)たち一行(いっこう)は海城駅から少し外れた区域にある古い屋敷を訪れていた。


「まあまあ涼風(すずか)ちゃん、いつも遠いところからありがとうね」


屋敷から姿を見せたのは、絵に描いたような丸まった腰に杖を突いた老婦だった。

この老婦は、この街でも有名な“猫主”として知られ、その名に()る事ながら屋敷の至るところに猫の姿が見受けられる。

その数は自分の愛猫(あいびょう)と野良猫の両方を含め、およそ100匹を越えていた。


この老婦から依頼を受けるのは今回に始まったことではなく、TERCES(仮)(ティラシス)に寄せられる依頼の内、ペット探しの依頼の半分はこの猫主からのものと考えていいだろう。

そのため、涼風とは縁があり自分の孫娘のような目で見ていた。


今回、老婦から聞かされた詳しい依頼内容とは、自分の愛猫である猫29匹と、野良猫である猫1匹、計30匹の猫が屋敷から脱走したため、これを見つけ出してほしいというものだった。


自分の愛猫は分る話だが、野良猫にまで気を揉むという実にお人好しな愛猫家老婦からの頼みだったが、特別断る理由もなく、彼らは速やかに作業に取り掛かった。


今回の参加者は、寮長の涼風を始め、斬鵺、兎雪(とゆき)星蘭(せいら)、ラピス、千冬(ちふゆ)の計6人。

涼風の判断から、星蘭の異能“観測”を駆使し、二手に分かれての捜索がスタートした。


涼風率いるラピス・千冬チームは、動物に好かれやすい千冬の体質と星蘭からの情報を照らし合わせ、順当に仕事を(こな)していた。


一方、余った斬鵺・兎雪・星蘭チームも、(そよ)ぐ春風と(たわむ)れながらも仕事に精を出していた。


「きーちゃん、あそこの木陰のところ……」


「はいはい」


小さな土手を下り、斬鵺は木々を掻き分け星蘭が指摘した周囲を見渡す。

すると、茂みの影から眼光を光らせる猫と目線が合う。

目線が合うや否や、身を縮こまらせたその猫は(うな)り声を上げ警戒を促す。


「お前そんなところで何してるんだよ」


(おもむろ)に斬鵺はその猫に手を差し伸べる。

すると、茂みの中に隠れるその猫は、躊躇(ためら)うことなく斬鵺の指に噛み付いた。


「痛ってぇ!」


反射的に斬鵺は手を引っ込める。


「大丈夫、きーちゃん!」


慌てて星蘭も土手から下り斬鵺のもとへと駆け付けた。

斬鵺に変わり今度は星蘭が茂みの穴を覗き込む。


異能を使った状態で猫と30秒ほど見つめ合った星蘭は、そっと茂みの穴から顔を出し、その場から一度離れるようにして歩き出した。


「きーちゃん、その猫はまた後にしよ」


「なんで?」


「多分、その猫は出産を控えてるんじゃ(・・・・・・・・・・)ないかなぁ(・・・・・)


「出産?」


その話を聞くと、あの猫が異様なまでに警戒していた理由に斬鵺も納得した。


「だから部外者である私たちは、早々に退散だよ。私だったら、見知らぬ赤の他人に見られながらの出産なんて、即死したくなるもん」


甘栗色のサイドテールから覗かせるその表情は、何故か自慢するかのように得意げな表情を浮かべていた。


「……ッ」


彼女の思い描く情景に何故か自分を当て()めてしまった斬鵺は、同情して彼女に代わり恥じらいの頬に染まり言葉を失った。


「どうしてきーちゃんが照れるの?もしかして、私で変なこと想像した?それとも、きーちゃん子供産みたいの?」


「んな訳あるか!!」


「シ──ッ、きーちゃん声が大きいよ」


「……ああ、悪い」


星蘭の揶揄(からか)う言葉に斬鵺は踊らされ、大声で叫ぶことでしかその恥じらいを払拭(ふっしょく)できずにいた。

この場合、その大声さえもダメ出しとなってしまった。


「取り敢えず、移動しようか」


そう言って星蘭は斬鵺に促し、土手の通りで待つ兎雪のもとへと戻って行った。

その後を斬鵺も続こうとする。

だがその前に一度、土手の頂上で待つ兎雪と視線が合う。


意図して視線を向けたわけではなく、ほんの偶然だった。

その間、斬鵺は特に何かを思う訳でもなく、適当な合間を見つけ視線を横に逸らした。

だが、斬鵺は視線を合わせていた間に感じた些細な感情────

それを表現できぬままに自然消滅させてしまったことに自身が気付いていなかった。


「きーちゃん登ってこないの?」


斬鵺の見せる一瞬の揺らぎは、ただ立ち尽くすばかりの案山子(かかし)と引けを取っていなかった。


「……ああ、今行く」


斬鵺は颯爽(さっそう)と土手を駆け上がり兎雪の真横を通り過ぎるも彼女との間に会話は生まれず、彼は星蘭の背中を追い歩を進めた。


そして、そんな無愛想な彼の背中を兎雪は静かに見据え、彼の足跡に沿うように自分の足底を重ね、同じように歩を進めた。

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