世界を彩る手伝いをするの……
────ご馳走様でした
一同両手を合わせ、息の合った食後の挨拶を交わす。
鍋も余す物はなく綺麗に空となり、兎雪の歓迎会は閉幕を迎えようとしていた。
「ふう~柳楽さん、お腹いっぱいになったかしら」
「はい、この後体重計に乗るのが怖いくらいです」
涼風からの問いに対し、自分のお腹に手を当てながら、兎雪は苦笑いを浮かべていた。
「満足して貰えたのならなによりだわ」
そう言って涼風も五体満足そうな笑みを浮かべ語っていた。
「さて、柳楽さん。今日からあなたもTERCES(仮)の一員となって貰ったわけだけど、ここに入った以上、ここでのルールは守って貰います。これから説明するからよく聞いていてちょうだい」
夕食後の怠けた空気を正すかのように、涼風は真剣な眼差しで語り始めた。
兎雪もこれまで以上に背筋を正し、表情には少しばかり緊張の色が伺えた。
────1つ、私達が異能力者での集まりであるということは他言無用とすること
────2つ、家事当番に当たった人はその職務を一日全うすること
────3つ、一人で物事を解決しようとせず、全員で協力し合うこと
────4つ、道は違えど各々の理想を尊重し合い支え合うこと
────5つ、ここで過ごした日々を生涯忘れないこと
「そのために私たちは……それぞれが思い描く世界を彩る手伝いをするの……」
何処か思い詰めるようして涼風は優しく語り聞かせる。
語っている間、彼女の瞳はそっと閉じ、最後の言葉を語る際にその瞳はゆっくりと開いた。
この規則は何も兎雪から始まったわけではなく、この寮を訪れた者全員が一度は耳にした内容だった。
クラスの学級目標のようなものだと笑うかもしれないが、彼らはそう思われても恥とは感じなかった。
何故なら、ここに集うのは血気盛んな問題児たち────
子供たちの静かな秘密基地ごっこの延長戦に過ぎない────
他人からの視線など気にせず、ただ自分たちだけが楽しければいいという、子供特有の独創的世界を彼らは描いていた。
「分かりました」
兎雪は簡単な一文を述べた。
だが、それを語る彼女の瞳は何処かときめいているかのように、淡い涙の輝きをその瞳に宿していた。
「その他で分からないことがあれば、お隣の天宮城君に聞いて。天宮城君、お願いね」
「あ、はい、分かりました」
この寮では、今右隣に座る人間────
つまりは、自分の一つ前にこの寮に入った人が、その人の監督役に就く習わしがある。
そのため、兎雪の監督役は自然と右隣に座る斬鵺へと一任された訳だ。
因みに、斬鵺の時も右隣に座る響夜に監督役になって貰うはずだったのだが、相手がニートだったため、一先ずメールアドレスの交換は行ったものの、その後のやり取りは殆どない。
そのため、斬鵺の監督代理人を立てる必要があり、その役目を弥鶴にして貰い、以降斬鵺のいじられ寮生活がスタートしたのだった。
「よろしくお願いしますね、にぃ…………斬鵺さん」
「ッ……お、おう、よろしく……」
思わず兎雪は、斬鵺のことを“兄さん”と呼び掛けるところだった。
彼女がこのような対応をしたのには訳がある。
それは、斬鵺と兎雪がダイニングに顔を出す前────
玄関から廊下を伝い、先を行く兎雪を斬鵺が呼び止めた時に遡る────
────一つだけ、俺もお前にお願いしたいことがあるんだけど
突然の斬鵺からの呼び止めに兎雪は少し動揺の表情を浮かべていた。
そして、彼は目を瞑り両手を鳴らして手を合わせ、彼女に懇願する。
「俺を兄って呼ぶのは、二人だけの時にして欲しいんだ!」
その言葉の裏に複雑な駆け引きはなく、単純に斬鵺自身の気恥ずかしさ、周囲の目線を気に掛けての頼みだった。
この手の頼み事は、恋人同士であれば相手からの独占的・支配的欲求から来る言葉としてときめくものがあるが、そんな駆け引きに斬鵺が鈍感なことを兎雪は見抜いていた。
「分かりました、二人っきりだったらいいんですね」
兎雪はちょっぴり意地悪な口調で唱えた。
「……俺としては、なるべく控えて欲しいだけど……あんまり慣れない響きだし……」
人差し指で頬を掻きながら斬鵺は照れ臭そうに口を挟む。
そんなやり取りの末、二人だけの約束が生まれた────
こうして、兎雪の歓迎会は無事お開きを迎える。