これは目立ち過ぎですー!!
柳楽兎雪の異能“原初”────
触れることを大前提とし、視界に捉える大凡のものをあるべき形、或いはあった形へと戻す異能。
しかし、この異能には曖昧な点が存在する。
まず、この異能はタイムリープ系の異能には分類されない。
この異能が指すあるべき形とは、異能の所有者である兎雪の記憶に一任される。
兎雪は今しがた窓の割れたガラスを修復して見せたが、割れた窓ガラスの残骸はそのまま残されている。
触れた窓ガラスの時間軸を遡ったのであれば、その残骸は過去へと戻り消滅する。
この原理が肯定されていない以上、彼女の異能はタイムリープに関する異能とは定義されない。
この異能は言わば彼女の想像によって成り立っている。
修復した窓ガラスにおいても、それは飽くまで外観での問題であり、ガラスという概念を兎雪が想像した結果論に過ぎない。
その材質は、過去の物とは異なる場合が存在するという意味である。
また、彼女の異能を用いれば傷の手当ても可能だが、彼女が視認できるのは傷口のみであるため、外観の皮膚を繋ぎ合わせ止血することは可能だが、内部の損傷については彼女の管轄外となってしまう。
兎雪の異能を体感した斬鵺たち────
TERCES(仮)のダイニングは、これまで類を見ないほどに静まり返っていた。
「雲雀さんの言う通りだったわね」
沈黙を破ったのは涼風の一言だった。
「ん?ああ、兎雪ちゃんの異能の話?私も上手く説明できない点が多々あったけどね……そんなことより、はーいお待たせ!!星蘭秘伝!特製鍋ができたよー!!」
何やら独り言を呟きながら星蘭は熱々の鍋を持って台所から姿を見せる。
そして、円卓の上に置かれた巨大な鍋の中には、ネギや白菜など鍋料理の王道とも言える食材に加え、大きめのロールキャベツが鍋際に敷き詰められていた。
コンロ上に鍋を置き、再び火を付け煮込み始めると、具材が踊り出し食欲をそそる音を立てる。
星蘭においても、ここTERCES(仮)に住み着いている以上、例外なく異能力者の一人である。
雲雀星蘭の異能は“観測”────
人間だけに限らず、物体には固有の周期が存在する。
さらに人間の人体からは微量な電磁波なども発せられている。
それらの視認できない次元の周波を彼女は観測することができる。
だが、観測と言っても実際に彼女の目に無数の波が見えているわけではなく、その感覚は殆ど直観というレベルに近い。
彼女が観測した周波は直接彼女の脳へと伝わり、キャッチした周波によって人、或いは生物と物体に識別する。
そして、人の中でも特に異能力者の場合は周波が異なるため、今彼女の異能は異能力者の保護活動を行うTERCES(仮)の大切な眼として役立てている。
今回の兎雪の件も、彼女の異能の結果から計画されたものである。
星蘭特製の鍋ができたところで、兎雪のTERCES(仮)歓迎会もそろそろ始まる。
「それじゃあ、柳楽さんも加わって夕飯にしましょうか。本当にありがとうね」
「いえいえ、大した事はしてませんから」
そう言って兎雪は一段遜る形で両手を振る。
「とろころで柳楽さん、その恰好で大丈夫かしら?」
夕飯を迎えるに当たり、兎雪の着物姿に支障が出ると読んだ涼風は彼女に疑問を促す。
「……流石に着替えた方がいいですよね……」
「そうしましょうか。柳楽さんの部屋も後で案内する予定だったし……」
承諾の上、一先ず兎雪の着替えが優先された。
「女性寮は2階だからキャリーケースは私が持つわ」
「いえ、そんなご足労を掛ける訳には……」
「その恰好じゃ上手く階段も上がれないでしょ」
「……すみません」
「いいのよ、私が壊した窓ガラスを直してくれたお礼と思えばね」
そう言って、涼風と兎雪はダイニングを後にしようとする。
「じゃあ、俺たちは先に席に着いているとしますか…………あれ?」
一人寒い夜空の下に取り残されていた弥鶴が室内へ入ろうとするもその窓は開かず、明らかにロックが掛けられている音がした。
「あの~涼風さん鍵外して貰っていいですか?おーい!」
弥鶴には鍵を掛けた犯人が分かっていた。
その犯行時間も彼女が窓にガラスが填め込まれていることを確認した時だということも────
そして、迷わず涼風の名前を外から叫ぶが、涼風は徐に反応を示すことなくそのまま2階へと上がって行く。
「暫くそこで反省してろ、ってことですよ」
彼の法螺話で迷惑被った斬鵺も彼の敵に回った。
◆◆◆ NEXT ◆◆◆
暫くして2階の方で声がした。
「あ、あの寮長さん、いきなりこの格好はちょっと……」
「大丈夫よ、とってもかわいいから…」
そんなやり取りが階段を降りる足音と共に聞こえると、ダイニングに涼風と着替えた兎雪が姿を見せた。
兎雪の恰好は、先程の堅苦しい着物姿から一変、女子学生らしいゆったりとした寝巻姿となって登場した。
淡い紫色と白の二線が縞模様を描き、上は兎耳付きフードの長袖に対し、下はショートパンツに同じ配色のサイハイソックスを纏う。
その恰好に恥じらう兎雪────
今日のなかで一番頬を赤く染め、それは耳にまで伝染していた。
「それ兎雪ちゃんの私物?」
星蘭の呼び掛けに兎雪は俯いたままそっと首を縦に振った。
「……ッ、やっぱり着替えて来ます!!」
「駄目よ柳楽さん。今日はあなたがメインなんだから一番目立たないと……」
「これは目立ち過ぎですー!!」
(いやいや、着物姿の時から結構目立ってたから……)
斬鵺の内で語るその言葉は、完全に兎雪の恥じらいを根底から論破するものだった。
涼風に捕まった以上逃れる術はなく、兎雪はしぶしぶ斬鵺の隣の席へと座る。
涼風も自分の席に座り、腕に留める髪留め用のヘアゴムを口に加え、両手で長い黒髪をポニーテールに縛ってようやく準備が整った。
円形を描く卓上には大きな鍋が一つ────
それを取り巻くのは、9つの用意された席に座る7人の異能力者たち────
「それでは、柳楽兎雪さんの歓迎会を祝しまして、乾杯」
────乾杯!!
7つのグラスが宙で接触する。
心地よい宴の音が鳴り響く────




