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……これが私の異能、“原初”の異能です

弥鶴(みつる)たちは作業に没頭するあまり、斬鵺(きりや)兎雪(とゆき)がダイニングに顔を出していることに未だ気付いていない。


「ダメです澤留(さわとめ)先輩、どんなに頑張っても完全には防ぎ切れませんよ」


「やっぱダメか……」


ラピスは長方形のパネルを縦や横に向きを変えながら試行錯誤したが、修復作業は難航していた。

その光景を斬鵺も兎雪も声を出さずただ静かに見守っていた。


すると、廊下側の方から階段が(きし)む音が再び聞こえる。


「はぁ~ごめんさない、ちょっと寝過ぎちゃって……」


そう言って斬鵺と兎雪の背後からした声の持ち主は、夕方の一連の騒動の後、自室で仮眠を取ると部屋に戻ってしまった寮長の涼風(すずか)だった。

彼女は目元を軽く擦り、口元に手を当て小さなあくびをして登場した。

髪も少しばかり乱れていた。


「……あら、天宮城(うぶしろ)君、と……柳楽(なぎら)兎雪(とゆき)さんでいいのかしら……」


「…あ、はい」


兎雪を視線に捉えた途端、涼風は一気に眠気から覚める。


「ん?よう斬鵺、そんなところにいたのか」


「えっ?うわっ!?先輩そんなところにいたんですか!?」


「あっ、斬鵺さんお帰りなさいです……」


「すみませんね!空気キャラで!!」


作業を進めていた3人も斬鵺の存在にようやく気付く。

万年、この寮内で斬鵺の扱いが雑なのはいつものことだった。


「ところで、如何してそこの4枚窓だけガラスがないんですか?」


斬鵺のツッコミの残響が掻き消えた頃、兎雪が今目の前に広がる光景に純粋な疑問を口にする。


「ああ、それは斬鵺が“俺はいつになったら童貞卒業できるんだぁー”って、ガラスに向かって、こうヘッドバットを……」


「何勝手に話を捏造(ねつぞう)してるんですか!!元はと言えば、アンタが()いた種でしょうが!!」


弥鶴の作り話に斬鵺は脊髄(せきずい)反射並みの返しを見せる。

その返しに最早(もはや)年齢差の壁などなかった。

だが、周囲の視線は斬鵺を厳しく攻撃した。


「え~、先輩それはちょっと……救急車呼びます?」


「どう……てい…………」


まるで汚物を見るような視線でラピスが斬鵺を見詰め、制服のポケットからスマホを取り出す。

千冬(ちふゆ)に関しては童貞という言葉に敏感に反応し、白目を向いたまま頬を赤く染め、何やら良からぬことを想像していた。


「なんで、二人して弥鶴さんの話を信じるんだよ!誰か俺の味方はいないのかよ!!」


ダイニングで騒ぐ斬鵺────

すると、今まで台所に潜んでいた星蘭(せいら)が、ここぞとばかりに声を張る。


「私はきーちゃんの味方だよ!!」


「うん、お前は黙ってろ!!」


周囲の敵の多さに斬鵺の言葉は、味方だと告げた星蘭にさえ厳しい咆哮(ほうこう)(とどろ)かせる。


弥鶴が吹いた法螺(ほら)話は現場をカオスへと導いた。

斬鵺が強引に修正しようとすればするほど、余計に傷口が開く(あり)地獄と化した。

感覚としてはできた瘡蓋(かさぶた)を剥いでいるようなものだった。


「はぁ、天宮城君は何も悪くないわよ……壊したのは私なんだから」


ふと、呟いた涼風のその言葉に辺りは静けさを取り戻す。


「えっ、篠宮(しのみや)先輩が……でも、なんで?」


一人の女性として涼風に憧れの情を抱くラピスは、疑問が拭い切れなかった。


「ちょっとあそこの法螺吹きの安い挑発にね……」


涼風はその法螺吹きである弥鶴を鋭く睨み付けた。

それに続き一同が彼に視線を向ける。

視線の先で弥鶴は、周囲から注目を浴びているこの状況に満面の笑みで返し、陽気にも手を振っていた。


「まぁ、窓の件は後で私が責任を取って発注掛けておくから、今は新メンバーの柳楽(なぎら)さんの歓迎会に移りましょ……あれ、柳楽さん?」


先程まで斬鵺の隣にいたと思い込んでいた涼風は、向けた視線の先に兎雪がいないことに狼狽(うろた)えた。

すると、少し視線の先で兎雪は歩を窓側に進めており、彼女の行く手に立つラピスと千冬も自然と道を開けた。

そして、彼女は一人寂しく外に立つ弥鶴に目線を合わせることなく窓の手前で立ち止まった。


少し長めの袖から彼女は右を出し、そっと窓枠に触れる。

続いて彼女の視線は横に逸れる。

彼女の視線の先にあったものは、夕方に斬鵺と弥鶴が片付けたガラスの破片の残骸。

袋の上から中に入るガラスの破片の一部が視界に捉えられる。


袋に入るガラスの破片を一見した彼女は、直ぐ様視線を右手で振れる窓枠へと移すと、彼女は目を大きく見開きその瞳は夜の世界で一際輝く赤い瞳へと変色した。

そして、彼女は呪文のように一言唱えた。


 ────ガラスよ、あるべき形に戻りなさい


たた、一言────

彼女がそう呟いただけで、窓にガラスが取り付け(・・・・・・・・・・)られていた(・・・・・)

それは外の暗さと相反し、内側の景色が鏡のように反射して見えるという視覚が捉える事実を語るだけで事足りしまった。

目の前で唐突に起きた現象に、一同は唖然としていた。


「これで大丈夫でしょうか?」


振り返り様に兎雪は確認を促す。


「……本当に直ってる」


直ぐ様涼風が立ち寄り、本当に窓枠にガラスが()められていることを自分の手で確認した。


「……これが私の異能、“原初”の異能です」


兎雪はそっと微笑むようにしてそう告げた。

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