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送りものに花束を  作者: うなぎ
8/10

08 まっしろな光

8話です。このはなし、10話で完結なのであと2話ですね。



「次に目指すのはどこなの?」

ふぅ、とため息をついて今は3日目の野宿。

特に水質汚濁もない温泉に着いたので、ひとみは一風呂浴びたいと今は温泉に浸かっていた。

おれはというと、ひとみから背中を向けてひとみのその問いに答えた。

「戦争で壊れた街、おれたちの国から生物を奪った国に行こうと思う。」

あの国は、思った以上におれたちの国から近いのだ。電気だけは馬鹿にできない隣国へと赴き、それからあの国を目指そうと思っているを

「大丈夫、なの?」

「なにがだ。」

背中を向けたままではひとみの表情は分からない。けれどきっとおれの思った通りの不安げな顔をしているにきまっている。

「あなたが。」

すん、とおれは肩を竦める。

大丈夫か大丈夫じゃないか、ではなく、あの国がどのくらいの傷を負っているのかでおれの気持ちは揺らぎそうだ。

「向こうだって、人が死んでいることに変わりはない。戦争を起こした国だからという理由で訪問を躊躇うわけにはいかない。」

もしあの国で誰かが生きていたとしたら、おれは見捨てることはできない。

それだけははっきり言える。

それきり、ひとみはおれになにも聞いてこなかった。目をつぶって、と言われてそれを素直に聞き入れていたうちにひとみは着替えを終えたらしい。真っ白なワンピース、見るのは久しぶりだ。

「ひとみは、白が好きなのか?」

「いいえ。どちらかと言うと嫌いかな。」

「なんで?」

「白って何色にもなれるじゃない。

それを可能性だと言う人もいるけど、私にとって見ればそんなの周りに流されてるだけって感じで嫌なの。」

「まぁ、そう考えることもあるかもな。」

「それに、白はのけ者って感じがするから。」

「そうか?」

ええ、とひとみは力強く頷く。そういう考えもあるか。考えもしなかった。

「じゃあ、なんで白を着るんだ?」

そこまでの嫌う理由があって、なぜ。

「私がのけ者だから。」

「は?」

「私、のけ者なの。昔からずっとあそこにいたのに誰も気が付いてくれないの。」

仲間外れにされた…、もしかしてそういうことなのだろうか。けれど、ひとみの言い方としては、気が付いてくれないというより、初めから無視されたというニュアンスにも感じた。

「やだ、そんなしんみりしないでくれる?

友達ができて、私は嬉しかった。私はひとりじゃないってみんながそう言ってくれた。

それのどこに、しんみりする要素があるの?」

「でも…ひとみは。」

ひとみの友達の話を聞くと、嬉しい気がするのに胸がグサリと何かが貫通したような感覚になる。おれ自身、罪の重さを自覚したのか、それともまだ把握しきれていないからこんなふうに錯覚するのか。

「いいの。だって、来てくれたじゃない。」

「誰が?」

「あなた。」

ひとみはおれを指差すと、にやりと口角を上げる。

「おれと、昔会ったのか?」

そんな言い方をしているひとみ。どこかで会ったのかと思えば記憶はない。

ひとみはゆっくりと首を振って「そうじゃないの」と言って、おれの手を握った。

おれの前に膝をつき、ゆっくりと目を閉じる。

「私にとって、人はみんな友達なの。

だからあなたも友達。会った時からね。

私に、会いに来てくれたでしょう?

だから、いいの。失ったものもあったけれど、得るものだってあったんだから。」

そう言うひとみが、おれには眩しかった。

おれは過去に固執したままで、ひとみは過去も大切にしながら前を見据えている。

世界が壊れてから初めて純粋な煌めきを見た。

「変だな、おれが友達なんて。」

込み上げてくるあたたかいなにか。

とても懐かしくて、零れ落ちそうなくらい大切なもの。きっとそれはおれがあの街を出た時に置いてきたものだった。

「変じゃない。あなたはいい人だもの。

本当のあなたを知れてよかった。」

視界がぼやける。目の前のひとみの顔も薄らとしか把握出来なくなった。

ぼろぼろと溢れる涙に驚きながら、おれはひとみに「ありがとう」と言った。

その間も、ひとみはおれの手を振り払うわけでもなくそっと握りしめてくれていた。

決して幸せとは言えない状況。

光の見えない世界。それでもここには大切なものが残っていたらしい。

おれがひとみを守り抜こう。なにがあっても見捨てない。人を探し出すその時まで、おれはひとみを守る。

そう心に誓った。今は決意は弱いかもしれないけれど、強くなって行こう。

ひとみのために。大切な友達のために。



「さぁ、元気だしていくよ!」

やけにハイテンションなひとみは、乾いた大地をどんどん進んで行く。

歩みからほぼ小走りに変わったところで隣国の入口が見える。無人のゲートは遮断機が折れて手入れが行き届いていないことがわかった。

「街も見て行く。人がいたらいいけどな。」

そう思ってもいたことは一度もない。

裏切られ続けた希望を何度も持ち直し、ゲートから一歩足を踏み入れた。

街の全体は自分のところよりもそう変わらない。崩れて壊れて、手の施しようがない。

そんな絶望的な状況はどこでも同じだ。

「誰かいないの?」

ひとみの声が街に響く。けれどそれは反射することなくただ風に乗って遠くに行くだけだった。


街全体を歩き尽くした。けれどどこにも人の姿は見当たらなかった。

動くものはおれたちくらいで、あとはあの日のままの姿をそこに留めているように見受けられた。

「また誰もいないね。」

「ああ。でも、他の場所にはいるはずだ。」

そうだ。誰かいるはず。ひとみがいたのだから他の人だっていなくてもおかしくはないのだ。

「電車に乗ろう。」

そう言ってひとみがおれの袖を引っ張った。

おれもそれに応えようとひとみの隣を歩く。

おれはひとみを守る。そう決めたんだからな。


駅に着いても電車はなかった。

仕方なく、浮かぶ電光パネルに行き先を入力するものの電車はいつまで待っても来なかった。

「どうしたのかな?」

「前回が奇跡だったんだな。」

「奇跡ね…。」

こんなこと有り得なくて、でも起きてしまったからあるものだと思い込んでしまった。

よく考えれば、今ままでが奇跡に溢れていたような気がする。

「じゃあどうするの?」

「どうするって言ったってな。線路を歩いて行くしかないだろう。」

ひとみはホームから少し身を乗り出して、線路の先を見つめた。おれも見習うが先はただ真っ暗なだけでなにも見えない。

「暗いのはいや。」

「わがままだなぁ……。おれが前を歩くからひとみには関係ないことじゃないか。」

「そうかな? 私も一緒なんだから怪我をしたらお互い様だと思うけど。」

つまり一心同体だ、ということを言いたいのだろう。

「それじゃあ、行くぞ。」

幸いにも、線路の端には人間がふたり通れるくらいの細い道がある。もし仮に電車が来ても轢かれることはないだろう。

鞄の中から懐中電灯を取り出し、線路の先を照らした。多少の瓦礫と、あとは見てはいけない世界は見せないように。

おれたちは線路へと降りて、歩き始めた。



「ねぇ、新しい詩はできた?

私あれからずっと楽しみにしてるの。」

そういえば、そんな約束をしていた。

あんな紛い物の詩でも楽しみにしてくれている人がいるのはありがたいが、なにも思いつかないのだ。

「まだなにも。思いついたら話すな。」

「なーんだ。残念。」

こつこつ、とふたりぶんの足音が響く。

思ったよりも線路は三年前の姿を留めているように見えた。損傷も少ない。

ここだけは守られたのだろう。だからみんなここに逃げてきた。

きっと助かると願いながら、最期を迎えて行ったのだろう。

光を奥に照らすと、人間の骨が壁際に座っていた。またしてもあった。おれはそれをひとみの目には移さないようにどかそうとしたが、その行動に気がついたことひとみがおれを制した。

ゆっくりと骨の方へと歩き始めると、目線を合わせるようにして片膝をつく。

すると、おもむろに手を合わせた。

おれもひとみに倣って同じことをする。

戦争、雪、兵器、そして誰かの死。

知っている人の、知らない人の死。

なにがよくて、なにが悪くて、そんなことはなくて。ただひとみは彼、もしくは彼女の安らかな眠りを祈っているのだろう。


再び歩き出す。今度は、ひとみはおれの隣を歩く。白い髪の毛が薄暗いなかで揺れている。

ひとみの足取りは先程よりも重いように感じたが、それほど沈んでいるわけでもなく。

ただ、さっきのことが気になるのだろう。

懐中電灯を持つ手が緩む。ぴりっと張り詰めていた緊張感は氷のようにじわじわと溶けていた。

無言で歩き始める。なにか言葉を交わした方がいいのかと思いもしたが、話をしても返って無駄になるだけだと分かって諦めた。

それに、この状態はあまり嫌ではない。

逆に心地がよかった。

人間が滅びる。仮ではあるが残ったのはおれとひとみのふたりだけ。

そんな絶望的な状況すらもなにかの夢物語にすら思えてくる。

もしかしたら人間は全員生きていて、おれたちをからかっているだけなんじゃないか?

実は今までのことはただのドッキリ企画のようなもので、おれたちは掌で踊らされていただけなんじゃないのか。

それとも……ここは…。

「ねぇ、あれ見て!」

その結論を出す前に、ひとみの声がした。

おれはぶるぶると頭を振った。

そんなことない。みんな滅びているんだ。

おれの足下にだって、ひとりそれを物語る証拠がいるのだから。

「光だよ。これで外に出られるね。」

今まで自分が下を向いていたことが分かって、前を見る。

自分の持つ懐中電灯とは明らかに違う光が前方にあった。それは紛れもない太陽の光。

「どのくらい歩いていたのかな?」

寝起きのような違和感の残る体に伸びをして、おれは「考えない方がいいな」とだけ答えた。

前に進む。だが光になかなか辿り着けない。

寧ろ、おれたちが置いていかれているような感覚がする。小走りで進んでいるのに距離が縮むことはなく、遠ざかっている。

「どういうことなんだ?」

咄嗟に飛び出した言葉はそんな疑問で、独り言のようなものだった。

おれは足を止める。これ以上進んでも無駄なような気がした。

けれど、ひとみは歩き続けていた。

この先に何があるのか、お前には分かるのか?

そう聞くと、ひとみは「分からない」と答え、だけどと続けて言った。

「だって、進むしかないじゃない。前に光が見えているのに私は立ち止まるなんていや。

私はこの先の世界を見てみたいの。」

あまりにもひとみらしい、人間らしい答えが胸を打つ。あの先を抜けたらきっとここよりもっと酷いところだとか、ここよりもっと暗いとかそんな理由は初めから考えていないようだった。

ただ、光があるから進む。それだけでひとみは進んでいた。

立ち止まっていた足が動き始める。懸命にひとみを、その先の光を追いかける。


それは眩しくて、奇麗で、幻想的で。

そして……そして…………。



どうしようもないくらいに、まっしろだった。

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