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送りものに花束を  作者: うなぎ
7/10

07 新しい感情

7話です。ラッキーセブンですね。



おれは全てをひとみに話した。

なにもかも包み隠さず。初めからこうしなければいけなかったのに、できなかったのはおれが臆病者で自分勝手だから。

そこも交えて、ひとみに語って聞かせた。

全部を聞き終えると、ひとみはぽかんとした表情を浮かべて、それから窓に近づいて外を見ている。また雪が降りはじめていた。

「変だなって思ったの。」

ひとみは開口一番そう言った。

なにが、と聞き返すとひとみはおれに背を向けて「誰も来ないから」と答えた。

おれはすぐに彼女の言いたいことを察することができた。それでもなにも言葉が思いつかない。

「でもこれで謎が解けた。三年間も誰も私のところへ来なかったのは私のことが嫌いになったんじゃなかった。みんな、死んじゃってたからなんだね。」

その言葉を聞いたとき、おれはがくんと膝をついていた。

「ごめんなさい。」

口から零れ落ちたのは謝罪の言葉。いつぞやのあの人の代わりに、全ての人々の代わりに、ひとみにそう謝っていた。

「どうして。あなたはなにも悪くない。

夏目さんって人だってそうよ。」

「じゃあ、おれはどうすればいい。」

「え?」

「おれはどうすればいいんだ。おれは世界中の人を殺してしまった罪をどう償えばいい?」

本当に情けないやつだ、おれは何度もそう思っていた。でも、今日に勝るものはないだろう。

ひとみはなにも言わずに、会議室を足早に出ていった。

おれは、ただ、頭がぼうっとして。それでもひとみを追いかけようと立ち上がり、懐かしさと苦しみが渦巻く会議室を飛び出した。



ひとみは、研究所のロビーのソファに座り込んでぐったりしていた。おれはその隣に座る。

拒絶されるかと身構えていたが、ひとみはそんなことはせずにおれを受け入れた。

ソファの前には、そこから庭に出られる大きな窓があり、そこから街の様子を見ていたことを思い出した。

「罪を償っても、もう人は戻ってこない。

私の友達も、あなたの尊敬していた夏目さんって人も。」

ひとみはゆっくりと事実を口にした。

その通りだ、彼女はなにも間違ったことを言ってはいないのに胸が苦しくなった。

「罪ってなんだろう。」

その苦しみから溢れた疑問は一生解けない哲学的なものであった。聞き流すかと思ったら、真面目に拾い、そしてひとみは考えていた。

「おれは、なにが正しくてなにが悪いのか、あの戦争があって分からなくなった。

おれがやったことは正しいと自分で思っていたのに、いつの間にかそれは悪いことに代わっていたんだ。」

人を救おうと思っていたことは悪いことだったのか。間違いだったのか。

そんなことばかりをずっと自問自答しては分からないまま日付は変わるだけだった。

「…おかしいよ。」

ひとみは不機嫌な物言いをした。

え、と底から実に情けない声が零れる。

「そんなのおかしいよ。」

強調するように二回同じことを言うひとみ。

顔を覗き込めば、今にも泣き出しそうだった。

「あなたは悪くないし、みんなも悪くない。

けど裏を返せばそれは誰もが良い人になっちゃう。善悪の判断なんて、人間が勝手につけたもの、その判断に則っていいこと悪いことって言い張るのはおかしいよ…。」

それきり、ひとみはなにも言わなかった。

人はいつまでも誰でも勝手で、勝手だから色々なことを決め付けることができた。それも三年前で突然切れてしまったけれど。

おれは席を立つと、もう一度会議室へと訪れた。昔は賑わっていた場所も今は静かなだけで自分の足音くらいしか聞こえない。

おれに涙を流すことができたら、いくらだって楽になれたはずなのに。おれはなにを思っても泣くことができなかった。

完璧に心が磨り減ってしまって、もう人の形もいつか無くしてしまうのかな。



「もうそろそろここから出よう。」

おれはロビーにひとみを呼びに帰った。

ひとみはソファに座って、あの建物から持ってきたカーネーションを見つめていた。

ここからではカプセルが反射していてよく中身が見えない……。

「ひとみ。」

おれはひとみにどうしてほしいのだろう。

ひとみは、どうしたいのだろう。

これからひとみはどうする、そのたった一言すら聞けなかった。

視線は大きくひとみの元から外れて、自分のブーツのつま先に落ちた。

もうぼろぼろに壊れている。この街みたいに。

「ねえ、あなたの詩。新しいものは作らないの?」

突然ひとみが重い口を開いた。

「え、作らないけど。」

「作って。今度はハッピーエンドだよ。

神様はもういらないから。あなたの詩、とっても素敵だった。他の人にもし馬鹿にでもされたのだったとしても、私は好き。」

俯きながら溢れているひとみの声はどこか弱々しく。そして美しい、鈴のなる声とは在り来りな表現だけれど、正にそれであった。

「ああ。必ず。その時は一番に聞かせる。」

「約束だよ。今度は必ず守ってよね。」

久しぶりに勝気な一面を見せたひとみは、にっと歯を見せて笑った。屈託のない、純新無垢な、まさにその姿形にぴったりと当てはまるくらいの爽やかな笑顔であった。

こうしてまた、おれに約束ができた。



「私、これからはあなたと一緒に生存者を探す。」

静まり返った空間の中で突然ひとみがそんなことを言い出した。一緒に。おれと共に来てくれるのか。

「危険だ。」

心とは裏腹にそうおれはひとみを諭した。

けれど、ひとみは何も臆することなく「それがどうしたの。」と高飛車なことを言った。

「あなた、一緒にここまで来る時もそんなこと言ってたよね。でも危険なんて一度も起きなかったじゃない。」

危険なときは、確かにひとみと一緒だと何もかもことが淡々と進んでいる気がする。

どうしてだ。おれがひとみと出会う前は様々な災難が降りかかっていたのに。

「私と一緒にいればあなたは危険な目に合わない。あなたは危険を侵さなくて済むし、私は街を転々と移動できる。

それって私にとってもあなたにとっても一石二鳥じゃない?」

天然なのか。それとも怖いもの知らず?

今まであんなものを見ておいてよくそんなことを言える。

「危険な目に合わないって、どこからその自信が来るんだよ。」

呆れにも近い笑い。するとひとみは大真面目な顔で言い放った。

「だって私は神様を信じているから。」

どうしたものだろうか。ひとみはこんな思考を働かせる女性だっただろうか。

神様を信じている、それで危険な目には合わないという根拠になるのか。

「宗教に入っているってこと?」

神々の教えとか救済とかそういうのがあるのか。ひとみはそのことを言っているのか?

「ううん。違う。私の中に神様がいて、その人を信じてるってこと。」

「…うん、よく分からないな。」

「とにかく、私と道中一緒ならあなたは危険な目には合わない。」

勢いよくおれを指差す。まるで犯人が分かった探偵のようだ。

「おれは何かあったとき、ひとみのことは守れないぞ。」

「守れなくて結構。自分の身くらい自分で守るから。」

強気だな。だが、これがひとみという感じだ。

「危険な状態になったらすぐにおれを見捨てて逃げるって、約束できるのなら。」

「いいよ。約束する。あなたを見捨てて逃げるから。」

でも、あなたは大丈夫だけれどね。とも付け加えたひとみ。

一体、ひとみは急になんでこんなことを言い始めたんだ。


荷物を全て背負い、ひとみはカーネーションの入ったカプセルをリュックサックの中にしまった。外は雪が止んでいる。

今出かけるには丁度いい頃合だ。

「いくぞ。」

「ええ。」

ひとみはおれの隣を歩く。

この街を出た時とは全く違った感覚だ。

あの時は、悲しみ、哀れみ、憎悪にも近いなにかを抱いていたはずなのに。

ひとみが隣にいるだけで、なんだか頬角が上がっている。彼女は、おれの中ではとても大きな存在になっていたんだ。

愛とも友情とも結びつけることの出来ない新しい感情が渦巻く中、おれはひとみと共に街を出た。

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