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送りものに花束を  作者: うなぎ
5/10

05 街

5話。

私は仮面ライダーなら555が一番好きです。



ひとみは全身から力が抜けたかのようにへなへなと膝をついた。おれは咄嗟に我に返ると、ひとみに目の前の骨を見せぬように自分の背中で覆い隠す。

そのままひとみを立ち上がらせると、別のルートから向かおうと歩き出した。

ひとみはさきほどの骨に放心しているのか、足取りが覚束無い。おれが支えていなければ倒れてしまうのだろうか。


少しの間大地を歩き続けると、小高い丘がおれたちの目の前に現れた。

ひとみはおれの支えを離れ、丘の頂上に向かってゆっくりと歩みを進ませる。

おれもひとみを追った。

風が吹き、ひとみの白い髪がふわふわと揺れていた。なにも言わないひとみの心を察してひとみの隣に立つ。

そこからは、へし折られたようなビルや、大きな穴が開いた家、潰れた巨大な建造物、現代を象徴するような建物がいくつも点在していた。

この街は、多分三年前までは大都市のひとつであったのだろう。大きな街全体が灰色の空気に覆われている、おれにはそんなふうにしか見えなかった。

「行こう。」

か細い声でひとみは、おれの袖を引っ張り街まで進もうと丘を降り始めた。

「行ってどうするんだ。」

ここからだって結果は見えたはずだ。

ならもう自分の心を滅ぼすようなことはやめていい。おれは袖を引っ張っているひとみの手首を掴んだ。

けれどひとみはそれを、振り切った。

「本当にそうなのか確認するの。」

おれに背を向けたままそう答えると、ひとり歩き出す。おれもその後を追った。



街の内部はやはり、ぼろぼろに壊れていた。

道路は人の手が行き届いていないので、でこぼこで歩きにくい。止めっぱなしの車も横に倒れていた。電気はなぜかまだ動いているらしく、浮遊する大きな電光掲示板からは誰もいない報道局が移されていた。けれど通信も悪いらしく、ところどころで砂嵐が入った。

店や家のガラスは割れて、それだけでは飽き足らず壁も壊されている。

ところどころの血痕は、ひとみに見せぬように隠して歩いた。

街の都市部から離れて郊外へとやって来る。

開きっぱなしのシェルターらしき銀の扉を見つけると、ひとみの先におれは中を覗いた。

そこにも人の骨が散乱している。腐敗しかけている人もいて、見るも無残だ。

「ここは見るのはやめておこう。」

なるべく声色を優しくしてひとみに言うと、彼女はおれの手を握ってきた。なんのことだ、と半ば混乱していると、突然ひとみは悲しそうに呟いた。

「人が死んでいたの。」

疑問形、それとも独り言か。

ひとみの手を握り返す。その答えを聞いてしまいひとみが怖がることが一番恐ろしかった。


ひとみの手を握ったまま、おれは来た道を戻る。途中で地下鉄を見つけたが、ここから下はもっと酷いのだろうなと思いながら素通りしようとした。けれどひとみはそこで足を止めた。

「どうしたんだ。」

「電車に乗った方が移動が楽じゃないかなと思って。」

笑顔もなく、けれど表情を変えるわけでもなく、ただ淡々とロボットのようなことを口にするひとみ。電気は動いてるんでしょ、とも付け加えた。頑張って笑顔を作ろうしているのか、けれどそんなことはできるわけもなくまた黙り込んでしまった。

「無理するな。」

おれはただこうして声をかけることしかできなかった。それが悔しい。他になにも言葉が思いつかないものなのだろうか。

ふと、空を見上げる。

雲がひたすら空を覆っているだけで、他になにも見えなかった。

「無理なんかしてない。ほら、早く行きましょうよ。」

地下鉄の階段をひとみに引っ張られながら降りて行く。その前にひとみを追い越し、ホームに着く前にひとみの歩みを一旦止めた。

予想通りそこにも骨や血痕だらけであった。

ここも、シェルターのように使われていたのだろう。電車は既に止まっていた。

ひとみに目隠しでもさせるか、その方がショックを受けなくて済む。

ひとみを連れ戻しに行くと、彼女は別に何も気にしていないような様でホームへと向かった。

「これが電車?」

くたびれ放題の電車を見て、ひとみは一言。

「ああ、都市部の電車は早いぞ。一駅間隔がかなり短いけどな。」

「そうなんだ。やっぱりすごいのね。」

また本で得た知識だろうか。今更だが、彼女の知識は田舎に凝り固まっている気がする。

電車の扉で、半分だけ開いているドアを見つけてそこをこじ開けた。中に入ると、そこだけは被害が少ないらしい。

やや荒れていたが、骨や血がないだけマシだろう。

「で、どうやったら動くの?」

そうひとみが聞いた時、目の前には浮遊する電光パネルが現れた。おれは戸惑うひとみに説明する。

「行き先を選ぶんだ。」

「行き先ね。私は街のことは分からないから、あなたが選んでよ。」

ひとみの前のパネルをいじる、おれの住んでいた街の名前も乗っていた。

あそこはどうなったのだろう。気になった。

「ここで、いいか。」

好奇心に駆られて、つい自分の街をクリックしてしまった。パネルが消えると同時に、席に座るかどこかに掴まるような抑揚のないアナウンスが流れた。手っ取り早く近くにあった座席にひとみと座ると、電車がゆっくりと動き始めた。

「私、電車に乗るのは初めて。」

「そうだろうな。ひとみはあの場所から出たことなかったんだろ。」

「ええ。でも、役目が終われば出られるの。」

「役目?」

「どうしてか知らないけど、喜寿を迎えたら次の世代に交代なんだって。」

「ひとみはなんであの場所にいなきゃいけないんだ?」

「よく覚えてない。小さい頃に、おばあちゃんから聞いた気がするけど私は真面目な子じゃなかったから忘れちゃった。」

「じゃあ、本当に言いつけだけであそこにずっと住んでいたのか。」

うん、とひとみは頷いた。すごいな、おれなら絶対になにがあっても出て行く気がする。

「でも、先祖代々そうらしいの。」

「今回は出て行ってよかったのか?」

おれがそう聞くと、ひとみはかぶりを振って「本当はよくないと思う」と言った。

「いくらご先祖様が続けてきた風習だからって変でしょ。古くさいし伝統とか掟なんて阿呆みたい。」

「おい、いくらなんでもそこまで言うことないだろう。」

「だっておばあちゃんもそう言ってたんだもん。」

「自分の役目は覚えていないくせに、おばあちゃんの愚痴は覚えてるのな。」

苦笑するとひとみは、子供っぽい顔で笑った。

この間に見た、久しぶりの笑顔だった。

いつの間にか地下鉄は地上に出ていた。

朝日もなにもない、くらい雲だけを見つめるのはあまりにも退屈だった。

「ねぇ、これからどこに行くの?」

寝落ちしてしまいそうだったところを、ひとみの声で引き戻された。

「おれのいた街だ。」

「じゃああなたの故郷ってこと?」

「故郷とは少し違う。引越し先というところかな。」

「そんなの故郷じゃない。」

「まるでひとみはなにもかも分かっているような言い方をするんだな。」

ひとみは、なにそれ、とやや不機嫌な顔になった。おれは付け加える。

「悪い意味じゃない、いい意味ってことだ。

人の気持ちがよく分かるんだなってこと。」

「そうかな。私って結構めんどくさい人な気がしない?」

「自分で自覚しているうちなら大丈夫だ。」

ひとみはおれが思う限りではめんどくさい人ではない。世の中にはめんどくさいやつなんて星の数ほどいたのだから。

「あ、また雪…。」

外の景色に異変を感じたひとみは、それをぽつりと呟く。ここにいる限りは安全だ。

おれはほっと胸を撫で下ろした。

「ひとみ、あの雪には絶対に触るな。

地面に落ちたら自然に消えるから大丈夫だけどもしも歩いている時に雪が降ったら、どこか建物に入るか、それもない時は布かなにかで全身を覆え。肌を絶対に出すな。」

ひとみはおれの忠告を素直に聞き届けてくれるだろうか。自由奔放なところがあるのはお互いだが命に関わることは避けたい。

「分かったけど…。」

あれはなに、と聞きたいのだろう。

それを聞かれる前に、おれはじっと黙った。

ひとみはその空気を察したのか、その先はなにも言わなかった。


ひとみは、おれと一緒にいる方が可哀想なのかもしれない。



既に二時間は経過した。地下に戻った電車はがたごとと目的地に近づいている。あと数分であの街に着く。

隣のひとみは、おれの肩に寄りかかってすやすやと眠っている。それなりの速度で走っているので、もうひとみの家からは相当遠くだ。


おれは深呼吸をする。あの街はどうなっただろう。きっと誰もいないことは明白。

それでも緊張してくるのはなぜだろう。

あの街には未練しかない、いや他になにも感情が思いつくはずもない。

アナウンスが聞こえてくる。この電車に乗っていて一度も開かなかった扉が開く時だ。

ひとみがアナウンスで目を覚ます。

扉が開いた。どうやら雪は止んでいる。

荷物を持って立ち上がり、ひとみとともに電車から降りた。

無人の電車はその場で止まっている。次の乗客を待っているのだろう。


この街も、駅のホームはシェルター代わりとなっていた。こちらの方が人の数は多かった。

地下鉄の階段をひとみの手を取って上る。

これからどんなことがあっても取り乱さないように心のスイッチを切ってしまおう。


外に出ると、こちらも同じような状態だった。

寂れた街なんて見たくない、こんなところは早く通り過ぎてしまおう。

ひとみの手を引き、街の中心部へと歩く。

おれに声をかけようか迷っているのか、ひとみはどこかたどたどしくあった。

怖いから一緒に来てもらうなんて、やっぱりおれは彼女の言うとおり自分勝手なんだ。

そう思いながらも。

街の中心、それは大きなタワーであった。

白と水色の混ざったそれは、見るものに威圧感を与える。ここは前からそういう場所だったはず。

それでも、自分の意識がそうさせたのかおれは気がついたらタワーの中へ入っていた。

ひとみはさぞ不思議そうにあたりを見回してから、おれに「ここはどこ」と聞いた。

それを聞こえないふりをしてタワーの中核を目指そうと歩き始めた。ひとみは今頃疑心暗鬼になっているのだろうな。

それでも着いてきてくれた。


中核部は、特に重要な役割が振られていた。

何度も入った場所には、埃っぽい独特のにおいが立ち込めている。

大きな円形の部屋に、長方形の窓がひとつ。

そこからは外の建物が見える。

部屋の中心部には丸い、コンピューターが一緒になったテーブルが置かれている。

そこに、まだ残っていた。あの時の証拠が。

「なにこれ。」

ひとみは気になったのか、テーブルからそれを取り上げると興味深そうに目を通し始めた。

「…自己再生能力を持った生物の開発?」

あの日のおれはなにを思っていたのかもう忘れて。それでなにをしたのか忘れて。

忘れて忘れて忘れて、忘れた振りをし続けて。

そして今ここでも、まだそれをやり続けている。

「どういうことかのかな、これ。」

ひとみが不安がる声を上げて、おれに聞いた。

何も答えられなでいると、ひとみはおれに言う。

「どうしてさっきから、なにも言ってくれないの?」

どうして、口が開かないし。開けない。

おれの体はここにいた時からぼろぼろに崩れかけていたのかもしれない。

思えば、おれはこのためにここに来た。

仮にひとみに嫌われようと、なんであろうとおれは全てを話さなければならない日がくると初めから分かっていたのだ。でも、もう少し。

もう少しだけ、ひとみと仲良くしていたかったかな。

「ひとみ、話さなきゃいけないことがある。

聞いてくれるか?」

おれはそう声にしていた。

ひとみは、うん、とか細い声で応えた。

ひとみの真っ直ぐな視線がおれを捉える。

おれはひとみに、心のうちをすべて話すことにした。



あれは七年前。

全てが鮮やかな赤で染まった、白い日々の、懐かしい記憶。

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