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送りものに花束を  作者: うなぎ
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01 天使の庭

初投稿です。

よろしくお願いします。


拙い文章や構成ですが、読んでいただけると幸いです。



趣味の範囲で書いているので、誹謗中傷等おやめください。



奥深く緑色をした森を抜けると、白い大理石がふんだんに使われた大きく古い建物と遭遇する。人気はなく、無論周りは木々しかないので大変静まり返り、むしろせいせいするくらいに神々しい雰囲気を発していた。

ただ、ここは別段特に神がいるわけでもなくこの建物の主の完全なる趣味であった。

この場所に訪れるのは実に三日ぶり。今回は仕方がなかった。諸般の事情があった、とだけ伝えればこの建物の持ち主はそこまで怒ることはないだろう。そもそも連絡を入れたからその必要は無いのではないのか。

はぁ、と息なんぞ一つついて建物の中へと足を踏み入れる。ここは所謂神殿風の建物なので扉はなく入口は完全なる吹き抜けであった。それでも中には家としての機能を発揮すべくプレハブ小屋なるものが臨時に置かれていた。それは自分の所有物に他ならないのだが、主は景観が崩れると怒りを顕にしていたっけな。相変わらず他人に対して甘いのかきついのかよく分からない。

柱と柱で支えられた廊下を通り、建物の中庭に到達する。緑色の人工芝が敷き詰められた庭は開放的でありとても美しい。筆舌に尽くし難いというのは正にこのことである。気になるなら自分の目で確かめてほしい。ここで言ってしまうのはとても勿体ないことであった。

バラのアーチや噴水、ふたりがけのベンチはここへ来た時からずっと自分のお気に入りだ。この楽園には季節を問わず様々な花が咲くらしかった。一人の白い女性が花壇の前に佇んでいた。

「なにをしていたんです?」

まるで独り言のような言葉を発する。

「もう約束を三日も破ったんです。なにか言うことはありませんか?」こう付け加えて。

今すぐにでも手をついて頭を下げたいところだが、こちらとて毎日ここにはいられないのだ。「諸般の事情がありまして。」

先程に考えた下らない言い訳を告げる。

すると、彼女はこちらの方を振り返りきりっと自分を睨みつけた。

「あなたは暇人だから雇われたんです。お金に困っていると言うからこうしてここに置いているのに。」

ぶつぶつぶつ、電波の悪いラジオのように言葉を紡ぐ。しかめっ面をされてもこちとて年中無休で暇があるわけではないのだ。そこは分かってほしい。仕方ないと言いながらもいやに機嫌の悪い顔で近づいてくる。

「あなたのせいで庭の掃除が大変でした。」彼女はそう言うと建物内部に入っていく。

着いていかなければ戻ってきて、来てくれと言わんばかりの顔で見てくるので一応重い足を動かす。もう一度廊下に戻る。

ここは壺の回廊と呼んでおり、丁寧に並べられた壺たちが壁のくぼみに置かれている。彼女はこれらに名前を付けているらしいが自分は名前を覚えていない、というか覚えられない。

そういうことだけはいつまで経っても不器用なまま大人になってしまっていたのだ。


自分の前に歩いている彼女の姿をじっと見つめる。彼女との出会いは約三ヶ月前。

所在不明の男を世話係として雇う彼女もどうかしているが、その誘いに易々と乗った自分もかなり金に目がなかったのだ。



「一夜だけでいいので泊めてもらえませんか。」

その時はおれは雨風を凌ぐ場所さえ恵んでもらえれば別に廊下で寝てもよかったのだ。けれど彼女は快くどこの馬の骨とも分からないおれを建物へと招待した。手厚すぎる保護を受け、廊下で寝てもいいと告げたのも束の間、彼女は客室を貸してくれた。もちろんその中にあった風呂もベッドもだ。

これはなにか下心があるのか。金ならない。

けれど困ったら逃げればいいと物騒なことをおれは考えていた。

翌日、目が覚めるとベッドの脇の小さなテーブルに淹れたての紅茶が準備されていた。これはとうとう金を取られるなと思った。

ここは窓から立ち去るのが吉、と窓枠に足をかけたとき。突然扉が開いて彼女が俺の姿を見つめた。やばい。逃げようと思って見られるという最悪に運のない状況。

どうしようもない、けれど彼女はすぐに口角を上げた。

「外に出たいのですか?」

「えっと、はい。」

そう短く答えると、彼女は少し思案したあとおれにこう告げた。

「なら、こちらのベランダから出た方が簡単に外に出られるのではないのでしょうか?」

ああ、哀れ。自分の愚かさと女性の親切さを嘆きながらおれはどうもと言ってベランダから外に出る。美しい空気が体内に流れ込む。

とても綺麗な景色だ。緑色の芝生があたり一面に敷き詰められている。花壇や噴水、花のアーチなどが置いてある。どれも彼女の趣味だろうか。ならとてもいいセンスだ。

「いい眺めでしょう。」

「はい。ここにはあなたひとりで住んでいるんですか?」

「ええ。ここには私しかいません。」

「それでは庭の世話が大変でしょう。家の掃除や飯の用意などもあなたがひとりでしていたわけですか。」

「はい。でもひとりでもとても楽しいです。たまに心細くはなりますが。」

おれはその話を聞いて思った。

金なしの我が身、そして心細い女性と森の奥の建物。ここはおれが一役買うべきだろう。

「じゃあ、おれがここであなたの手伝いをします。」

「そうですか。」そう呟いてまた考える女性。

少しの間のあとに「ごめんなさい」と言葉にした。おれがなぜですか、と聞く女性はおれにこう説明した。

「見ず知らずのあなたに仕事を押し付けることなんてできません。私はひとりでも大丈夫です。」

「けれど一宿一飯の恩義があります。おれはあなたの役に立ちたいのです。」

そういう意志だけを伝えると、女性は目を見開いておれをじっと見た。観察しているようだ。

おれの観察を終えて、女性は先ほどの困ったような表情から笑顔を取り戻した。

「じゃあ、そうしてもらおうかな。」

鈴の鳴るような声で女性は言った。

「ここに住み込みで働いてください。お給金は少ないですけど毎月支給させていただきます。」

「いいんですよ、金なんて。」

元々一銭もなしで生活していたおれには金というのはどこか贅沢品た気がしてしまう。銅の塊なんてそれこそやっぱりブルジョワっぽい。

「いえ、働いてもらう分には必要です。

それと食事は自分で用意なさってください。」

「分かりました。」

「庭の手入れは雑草を取るとか、花に水をやるとか掃除とかそのくらいで大丈夫です。」

「はい。」

流れ作業のような女性の説明におれは耳を傾けた。この家の構造や庭に咲いている花と採ってはいけない雑草のこと。様々なことだ。

そして女性はそれを説明し終えたあとに、自己紹介をしてくれた。

「私はひとみです。全部平仮名です。」

なるほど、全身白い彼女らしい素敵な名前だ。

「あなたは?」

そう聞かれるといつもおれは困ってしまう。

偽名を使って生活していた時もあった。ただそれは周りの人がふざけて呼んでいたくらいで本名は大半の人が知っていたものだ。

そもそも名前なんて俺にはもう必要の無いものだけどな。

「おれに名前はないんです。父も母もおれが生まれてすぐに死にました。だから名前をつけてもらえなかったのです。」

おれは平然とそう嘘をついた。



ひとみは淹れたての紅茶をおれに差し出した。

この趣のあるテーブルも古くさいくせに座り心地だけは天下一品のソファも三日ぶり。そしてこの日が落ちて行く夕日の部屋も。

反対側にひとみは腰掛けるとおれに言った。

「自分から雇ってほしいと言ったのに仕事を放っておくとは何事ですか。」

「一報は入れたでしょう。仕事を放ったのではなく休暇をいただいたと言ってください。」

彼女と出会った時はただ猫を被っていただけだったので、本当の彼女はこんな強気な口調で話すはきはきとした女性であった。会った時からなんか妙だな、という気はしていた。

頼み込んだ時は上から目線だったからな。

かく言うおれも、彼女と交流しているうちにどこか強くでるようになっていた。

「まぁ今回は仕方ありませんが、今度は書き置きでも残しておいてください。」

「はい、善処します。」

そう言うと安心したらしい。にこりと緩やかな笑顔を見せてくれた。

けれどすぐ後に、おれの困らせる質問の種が投げかけられた。彼女はおれの顔色を伺うような声でおれに聞く。

「あなたはどこから来たのですか?」

彼女はここから一度もここから出たことはないという。それは家族からの教えだと前に聞いたことがある。

「聞かれても困ります。」

「なぜですか?」

「自分がどこから来たのか分からないからです。物心ついたらずっと旅をしていました。

おれには父もない、母もない、家族もいません。金もなければ帰る家もありません。おれには名前すらもないのですから当然です。」

ひとみはおれの顔をじっと見つめては、会った時のように観察をしていた。悲しい顔も哀れそうな顔もせずにただずっと。

「そういう理由ですからおれには自分の故郷も分かりません。」

どこか冷たげな言葉が響く。自分で言って自分で後悔しそうだった。

「そうですか。」

それだけ告げるひとみの顔はどこか恐ろしくあった。元々肌は白い。髪も白い、全身が白い彼女は別の意味で存在感がある。

おれはそれきり黙った。なにも言えなくなってしまった。彼女の要望なら聞いてもいいと思ったけれどやはり自分のことは答えられない。

少しの沈黙の間、先にこの静寂を破ったのはひとみの方だった。

「なら旅をしてきた街のことを教えてください。あなたのことが聞けないのならあなたの気に入った街のことを私に聞かせてください。」

「長いですよ。いいのですか?」

「私、人の話を聞くのは好きですから。

それにいつか私がここを出ていく時にどの街に行くかの参考にします。」

確かにたくさんの街を回ってきた、けれどどこにもいい思い出なんてひとつもない。

いい街なんてひとつもなかった、そう言える。

だってどの街だってそうなのだから。

「すいません、やはりおれには難しいです。」

「話を逸らしてますね。どうしてあなたは私に外の世界の話をしたくないのですか?」

なぜだろうか。それは考えたところで延々と続く長い螺旋階段のようなものだ。

おれはいつまでも、この外の世界という遠い街や都市に憧れを抱き続けるひとりの女性の夢を壊したくないからなのか。それとも自分でそれを認めてしまうのは寂しいからなのか。

「あなたの世界はここの庭の中で充分だからです。」

そう思ってつい強い言葉でひとみを諭してしまった。彼女はショックを受けたような顔をしておれの顔を睨んだ。彼女の瞳の奥が揺れている、そんな気がした。泣きそうな顔をすると彼女はソファから乱暴に立ち上がり部屋の外へと飛び出してしまった。

「待ってください!」そう叫んでも彼女には届かなかった。飛び出す時の彼女の顔は涙を必死に堪えているようだった。

ひとみが部屋を飛び出したあとおれはなんともいえない後悔の念に駆られた。別にあそこまで言うことはなかったのだ。誰だって他人からお前の世界はここでいい、なんて言われたら腹が立つのは当然の結果になるだろう。

ましてや、ここではない世界に憧れを持つ人にとっては侮辱にあたるのではないだろうか。

けれど、本当におれには街のことを話すことはできないのだ。おれがさっき発した侮辱のような言葉よりももっと重い真実なのだから。



星が瞬く夜になっても、ひとみはまだ庭のベンチで黄昏ていた。ここには明かりはほとんどないのでいちめんの星ぼしが空を覆い尽くしていた。いつか降ってきそうな星にちらりと目をやりすぐに目線をひとみに移す。

近づくと彼女は逃げも隠れもせずそこにいたままであった。

「ひとみ。」そう声をかけた。

一瞬の戸惑いも見えたが彼女はおれに視線を向けるとおれの言葉を待つような顔をした。

それに応えるべくおれは先程までに考えた謝罪の言葉を述べた。

「ごめんなさい。あなたの気持ちを踏みにじるつもりはありませんでした。」

我ながらつまらない言い訳だ。こんな下手なことを言って何度彼女を呆れさせたのだろう。

けれど、予想に反して彼女は首を横に振った。

「あなたにはなにか事情があるのですよね。」

そう言うひとみ。

「だから私には話せない。」

はい、と頷く。

「なら、私もごめんなさい。」

ゆっくりとひとみはおれに頭を下げる。

おれも一瞬困ってしまったけれど、ここはお互いに謝ることにしようとおれはもう大丈夫だ、と言った。そうふたりで不器用ながらも仲直りをする。顔をあげるとひとみは、自分の上にある星空を見渡した。

「今日は星のはしごが見られるかもしれません。」

「星のはしご、とは?」

「私にもよくは分からないんです。ただ昔から見られるのです。見ればわかります、とても綺麗ですから。」

そう言うとひとみは顔をあげて空をまた見上げた。おれもつられて空を見上げる。

満天の星空が目の前に広がり、今でもとても綺麗だ。けれどそれ以上な光景を見られるのだろうか。

「あ、そろそろですね。」

そうひとみの声が隣から飛んだ。

すると、星の光が一点に集まり始める。世にも奇妙な光景に息を飲んでいるとその集まった大きな光が一直線に地面に向けて真っ直ぐな煌めきを飛ばした。それはゆっくりとこちらに近づき、やがてひとみがその光にすっぽりと収まった。

「ね、美しいでしょう。」

跳ねるような楽しげな声が聞こえる。

白い洋服の裾がきらきらと星の光によって宝石のように見えた。周りの庭の至るところにも同じような光が当たるとひとみと同じように輝き始めた。

「どうですか、綺麗ですか?」

彼女は自慢げな顔をでおれに聞いてきた。

花園と光が当たったひとりの女性。

その光景は…


「とても綺麗です。まるで天使が庭に降り立ったようだ。」


とくん、と高鳴る鼓動を感じながらおれは彼女にそう答えた。



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