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やっぱり本物には敵わない

真理子の担当マネージャーである桜井は『アイドルDREAM』のオーディション前、歌のレッスンを多く組んだ。また真理子も仕事の合間にカラオケボックスに行き熱心に練習した。

『アイドルDREAM』全アイドル中でトップの歌唱力を誇る三之宮雪役を掴むため必死である。三之宮雪を本来演じた樋口輝美は真理子の前世でトップクラスの女性声優であり歌手。二度目の声優人生を生きる真理子の方が芝居は上であろうが歌唱力は輝美の方が上と言わざるを得ない。睡眠時間を削ってもレッスンに励んだ。真理子は決めていた。

『三之宮雪役を掴んだら、ヤスさんに結婚を申し込む』と。


そして、待ちに待ったオーディションの日。会場に来た真理子は思いのほか参加者は少なく安堵している。後に『アイドルDREAM』が一大コンテンツに化けると知れば、何十倍もの数の声優と椅子取り合戦をしなくてはならないだろう。

しかし、現時点で『アイドルDREAM』の華々しい未来を知るのは真理子だけだ。つくづく反則だなと真理子は思う。


オーディションには、すでに主人公アイドルの村枝薫を演じることが決まっている中山詩織は来ていない。他の8人のアイドル役を巡りオーディションは開催される。ゲーム会社幹部と演出家などが審査員席に座る。

真理子は横目で本来三之宮雪を演じる樋口輝美を見た。真理子が知る彼女より若いが、すでに大物になるであろう雰囲気を醸し出しており、やはり三之宮雪役を希望していた。

アイドル一役につき、2人から4人の声優が役を取りあう。後に若手女性声優の多くが壮絶な椅子取り合戦をする役になるとは誰も想像もしていないだろう。

「次の方、どうぞ」

審査員が椅子に座っていた真理子を呼ぶ。

「イーストN所属、村上真理子です!よろしくお願いいたしますっ!」


資料を見る審査員が

「ロゼアンナでキャサリンを演じた方ですね。ほか、多くの作品でモブと端役を演じておいでのようですが……本作ではどのアイドル役を希望いたしますか?」

「はい、三之宮雪役を希望いたします」

「立花桜役が良いのでは?キャサリンとキャラクターがそう変わりませんよ」

監督が希望する役を変更するよう勧める。立花桜は財閥令嬢で高飛車お嬢様、主人公のプロデューサーと親密度を上げると態度を和らげて可愛らしいところを見せる。いわゆるツンデレだ。

「私も桜役を考えました。しかし芸域を広げたいとも思いました。まして、アイドル役ならば声優として一度は演じてみたいものです。確かに三之宮雪ちゃんは演じるのが難しそうですが、だからこそ挑戦したいのです」

キャサリン役の高評価が効いているのだろう。おおむね審査員の反応は良好だ。真理子の後ろに座る樋口輝美は真理子の背を見つめている。その視線を背中に感じる真理子。

猛特訓して臨んだオーディション、歴代のアイドルアニメなども研究し、本物のアイドルのライブにも行き勉強した。本来三之宮雪を演じた樋口輝美から反則みたいな経緯で役を奪うのだから真理子も真剣である。

「では課題の寸劇と歌をお願いいたします」


課題の寸劇は作中で実際にあるシーン、歌は童謡である。

「~♪」

寸劇を終えたあと真理子は歌う。審査員たちも聴き入る。

やるだけのことはやった。三之宮雪役を希望する他の声優たちは青くなっていた。村上に及ばないと思っているのだろう。

次は樋口輝美の番である。真理子に一瞥もくれず審査員の前に立つ。彼女だけ真理子の芝居と歌にまったく動じていない。席に戻る真理子は輝美とすれ違った時に気付いた。あのクールな物腰態度…

(三之宮雪そのものじゃない…!)


そう、樋口輝美はこの時点で三之宮雪になっていたのである。審査員の問いかけに答えている口調や態度もそうだ。『アイドルDREAM』の制作プロデューサーが審査員席にいるが、輝美がすでに三之宮雪そのものになっていることに気付いたのだろう。感嘆して輝美を見ている。輝美は、まだ少ないゲームの資料から三之宮雪のキャラクターを読み、そして正確に掴んでいた。さすがは三之宮雪を本来演じた声優と云うべきか。寸劇を経て歌う輝美。


「……!」

真理子は圧倒される。輝美がどれほど今日のためにレッスンをしてきたか分かる。これだけのレッスンを積んだのだからと自分が思っていても、ライバルはそれ以上のレッスンをしているのだ。

審査員の反応が真理子の時より上なのは明らか、真理子は敗北を悟った。

(悪いことは出来ないものね…。本物には敵わないか……)

そう苦笑するしかなかった。


◆  ◆  ◆


数日後、イーストNの事務所でホワイトボードを眺めていた真理子に担当マネージャーの桜井が歩み

「村上さん、三之宮雪役、落ちたよ」

「…そうですか」

敗北は分かっていた。それほど樋口輝美の芝居と歌は素晴らしかった。そして改めて三之宮雪役に相応しいと思った。

「それじゃ、私は午後の現場に行きますので」

まだチャンスはある。『アイドルDREAM』は一大コンテンツとなり、新シリーズを2つ出している。『アイドルDREAM-歌姫伝説-』『アイドルDREAM-百花繚乱-』と。後発2本も爆発的な人気を誇る。今回『アイドルDREAM』で真理子と同じくオーディションに落ちた声優の何人かは、この後発2本でアイドル役を掴んでいる。私もそうすれば良いのだと考え落選からすぐに立ち直った。


「まあ、待って。続きがあるんだよ」

桜井は封書をカバンから出して真理子に渡した。

「これは?」

「へっへーん、君の担当マネージャーは有能ということだよ」

「……?」

封書を開けて、中の資料を読んでみる。

「西本道子…?」

真理子の前世では『アイドルDREAM』にこのキャラクターは存在しなかった。

「まさか…!?」

「そう!クラン社が村上真理子に演じてもらうため、新たに作ったキャラクターだよ!」

キャラクターデザインを見ると、名前の通りと言っては何だが地味な感じの少女だ。眼鏡をかけていて座敷童のようなオカッパの髪型。設定は元々声優志望でプロダクションに属したが眼鏡を外すとかなりの美少女で、かつ歌唱力もあったためアイドルとして起用されると云うもの。負けず嫌いな性格で、演技力は全アイドルの中でトップを誇る。

「わ、私が演じるために作られた役…!生まれたアイドル…!」

真理子は道子の資料を胸に抱いたまま、両膝を床につけて泣いた。こんな嬉しいことはなかった。

「クラン社は村上さんを落としたくなかったそうだけど、やはり三之宮雪のキャラクター性から樋口さんを選ぶしかなかったそうでね。で、その話を聞いた時に俺が…」

得意気な顔を真理子に見せる桜井。

『ならばウチの村上にぴったりのアイドルを作って下さい』

と、その場の思いつきで言ったらしい。クラン社は『その手があったか』と言わんばかりに、真理子に合うキャラクターを作る。これが後に“ミッチー”と呼ばれる大人気キャラクター西本道子の誕生であった。


◆  ◆  ◆


そして初収録の日。主人公アイドル村枝薫役の中山詩織、三之宮雪役の樋口輝美と改めて顔合わせだ。

「「よろしく、お願いしまーす!」」

オーディションの時と異なり、輝美も笑顔だ。詩織以外のキャストは18禁ゲームなどを経て、ようやく掴んだ大役に胸を躍らせている。

「貴女が村上真理子さんね。父と姉から話は聞いているわ」

中山詩織が話しかけてきた。真理子は

(考えてみれば、私がヤスさんと結婚したら香織と詩織さん、私の娘になるのよね…)

そう思うと何か可笑しくなってくる。

「ロゼアンナではお姉さんの香織さんと、こちらでは妹の詩織さんと共演出来て嬉しいわ」

「長い付き合いになると思うよ」

「…え?」

詩織はニコリと笑い

「この『アイドルDREAM』絶対に売れるから。続編も出ると思う。だから私も村上さんも役を長く演じることになると思うのよ」

驚く真理子。その通りになると知っているのだから。

「私もそう思うわ。演じる私たちがライブやるのも夢じゃないと思う!」

輝美が言うと、他のキャストたちも大喜びだ。


「そうねぇ、次々と続編や新シリーズが出来て…アイドルを演じる私たちもライブやって…。でもさ、長く演じられるのはいいんだけど、おばちゃんになってもフリフリの衣装着てステージ立つのって抵抗が無い?」

真理子の言葉に控室は大爆笑だ。大いなる夢の話だが実現するとなると少々恥ずかしい。

「望むところよ。ババアになってもフリフリの衣装着てステージで歌って踊ってやるわ!」

詩織が言った。そう、彼女たちは40歳近くになってもフリフリの衣装を着て、さいたまスーパーアリーナのステージに立つのだから。

次回、最終回です。

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