アイドルDREAM
『キャサリン、あなたはこれから…?』
最終ボスの大魔女ヴァルキリーを倒したロゼアンナとキャサリン。長き戦いの旅を終えて2人は帰途に着き、やがて文字通り分かれ道に立った。右はロゼアンナの母国ラクシュミー王国、左はキャサリンの母国ヴィーナス帝国。両国とも英雄となった姫を大歓迎で迎えようと式典の準備をしていると2人の使い魔から知らせが入った。キャサリンはロゼアンナの問いに応える。
『ふう、父上の顔を潰すくらいどうということはないが、我が帝国の民に顔を見せねばなるまいの…。妾の無事がヴァルキリーを倒した証であるし』
『それもそっか…。私も父上はどうでもいいけど王国の民に顔を見せなくちゃ…。あ~あ、しばらく学校にも行かないで休みたいのに…』
『これだから甘やかされた田舎娘はのう…。皇女と王女の違いはあれど人の上に立つと云う自覚がない』
『はあ?田舎娘はアンタでしょ?』
『なんじゃと!もう一度言ってみぃ!』
『むう~!』
互いに顔を突き出して睨みあうロゼアンナとキャサリン。
『『…………』』
『『あっはははははは!』』
『結局こうなるのね…。ふふっ、アンタとはさ』
『そうじゃな、まだ決着はついていないぞロゼアンナ!』
『いつでもお相手するわ、キャサリン』
分かれ道、ロゼアンナとキャサリンは固い握手をして、それぞれの道を歩いていった。そして再び人間界で…
『性懲りもなく私に嫌がらせばかりして!キャサリンなんて大嫌いよ!』
『ホーッホッホッホッ!奇遇じゃな!妾もそなたが大嫌いじゃ!さあ、いざ尋常に勝負いたせ!妾の最高の宿敵ロゼアンナよ!』
◆ ◆ ◆
「収録完了!お疲れさまーッ!」
監督が言うと、スタッフと他のキャストがロゼアンナ役の中山香織とキャサリン役の村上真理子に祝福の拍手と花束を贈る。魔女っ娘アニメとして歴代3位の視聴率を誇った『魔法のお姫様☆ロゼアンナ』の収録すべてが完了した。感極まった真理子と香織は互いを抱きしめた。
「真理子、ありがとう…!最高のキャサリンだったよ…!」
「礼を言うのはこっち…!香織の敵役を演じられたのは私の誇り…!ありがとう!」
真理子の前世では、水準と云える人気だった『魔法のお姫様☆ロゼアンナ』であったが、ライバルからパートナーになったキャサリンの魅力が多くのファンを生みだした。歴代3位の視聴率は現在に至るまで破られていない。
二つとない当たり役となり、真理子にとって飛躍となるキャサリン役。真理子は見事『声優は3年目が勝負』を勝ち抜き、本格的に声優として生きていくことになるのである。
そして『魔法のお姫様☆ロゼアンナ』の最終回が放映された日。
相変わらず東京郊外の安アパートに住む真理子はその夜に夢を見た。しかし不思議なことで睡眠中にも関わらず意識がしっかりしている。40歳の村上真理子が20歳に戻らされた、あの時と同じ。
『ホーッホッホッホッ!ほめてつかわすぞ眼鏡大根!見事に妾を演じたのう!』
真っ白い空間、そこに真理子とキャサリンがいた。当たり前だが両方とも真理子の声だ。
『ありがとう、キャサリン…。もう一度チャンスをくれて』
『礼を言うのはこっちじゃ…。おぬしが妾を演じてくれたこと心から嬉しい。誇りじゃ!』
演じた役から、この言葉をもらうことが出来る声優などおるまい。感極まり真理子は泣いた。
『ふむふむ、で、真理子よ。もう一方のチャンスは妾の魔法があっても、どうにもならんぞ』
『もう一つのチャンス?』
『愛しい男と添い遂げることじゃ』
『え…?えっ、えええええええええええ!?』
『妾はおぬし、おぬしは妾じゃ、おぬしが心にある恋、妾が気付かぬと思うたか?』
『ヤ、ヤスさ…康臣さんと…そんな…』
『ホーッホッホッホッ!これ元眼鏡大根、妾は康臣と言っておらぬぞ!ホーッホッホッホッ!』
『ぐ…がっ…』
『あの男も娘と同年と云うことに抵抗があろう。おぬしからアタックするしかないぞ』
『…そ、そうよね』
『と…そろそろお別れのようじゃ。妾を最高に演じたおぬしに一つ褒美をやろう』
『ほ、褒美?いいわよ、そんなの!こうして二十歳に戻してくれただけで!』
『さっきも言ったが、妾はおぬし、おぬしは妾じゃ。おぬしが大望も分かっておる』
『え…?』
『おぬし、気の毒なほど音痴じゃな?』
『ぐ…がっ…』
『それでアイドル役がやりたいなどよく思えたものよ。図々しいにもほどがあろう』
『い、いいのよ!声優なんて図々しいくらいじゃないとやっていけないんだから!』
『ほんの少し、歌が上手くなる魔法じゃ。あとは自力でどうにかせい』
キャサリンの魔法が体を包む。
『もう、会うこともあるまいが…達者での真理子』
『貴女も。村上真理子はキャサリンを演じられたことを心から誇りに思う』
『妾もじゃ』
朝、目覚めた真理子。部屋の壁に貼られているキャサリンのポスターをしばらく見つめる。
「ありがとうキャサリン…」
そして、隣室に響かない程度に歌を歌ってみる。
「…これも夢じゃなかったんだ……」
明らかに歌唱力が上がっていた。
しかし、それを生業に出来る領域では無い。音痴がそこそこ聴けるようになった程度だ。キャサリンの言う通り、これ以上の高みを目指すなら芝居のみならず歌も稽古を積まなければならない。
「そして…」
携帯電話の待ち受け画面を見る。康臣と真理子が仲良くVサインをして笑顔で一緒にいる大切な写真。キャサリンの言った『愛しい男と添い遂げる』は、まさに2度目の声優人生における真理子の大願だ。
「ヤスさん…。私、必ず貴方のお嫁さんになるよ。ふふっ」
◆ ◆ ◆
イーストNの事務所内のカレンダーを見つめる真理子。彼女の知る展開では、そろそろアイドル育成ゲーム『アイドルDREAM』の制作が始められているころだ。
アイドルを主人公にした漫画とアニメは過去にいくつかあるものの、アイドル育成ゲームと云うジャンルのゲームは存在していない。初の試みであるうえ、第1作目のグラフィックはあまり見栄えが良くなく、製作段階では話題にもならなかった。
主人公アイドル村枝薫に人気声優である中山詩織を起用するが、他のアイドルはジュニアランクの無名声優ばかりだった。
ちなみに真理子の前世では、この『アイドルDREAM』の制作すら知らず、知った時にはすでに配役が決まっていた。このゲームのアイドル役を掴めていたらと前世何度思ったか分からない。『アイドルDREAM』は爆発的な人気コンテンツとなるのだから。
そして、演じた声優たちもまたスターダムへと登りつめ、ついには、さいたまスーパーアリーナのステージに立つのだ。それを外から眺めているしかなかった悔しさは忘れない。
話は戻るが、担当マネージャーである桜井も真理子の前世と同じく『アイドルDREAM』の制作を掴んでいない。出社してきた桜井に真理子は歩み
「桜井マネージャー、クラン社が現在制作中の『アイドルDREAM』のアイドル役が欲しいのですけど」
「クラン社…?」
当時はまったく無名のゲーム制作会社だった。『アイドルDREAM』は社運を賭けてのプロジェクトだったのである。真理子はクラン社のことを含め『アイドルDREAM』のことを話した。
桜井が改めてインターネットで情報を確認すると
「主人公アイドル役が中山詩織らしいな」
「詩織さんが?」
すでに知っていることだが、驚いた様子を見せる真理子。あとで、この大根ぶりは自分にダメ出ししなければと思う。
「キャストは中山詩織しか決まっていないようだが…前評判あまり良くないな」
「アイドル育成ゲームは今までにないゲームのジャンルですし、もしかしたら大当たりするかもしれないじゃないですか。前評判が低いなら、むしろ役を取れるチャンス、挑戦させて下さい!」
「ふむ、で…村上くん、肝心の歌は?」
「歌手、とはいきませんが、そこそこは」
「分かった。じゃあ、オーディション枠は取っておくよ」
「ありがとうございますっ!」
翌日、改めて桜井は詳細な資料をクラン社から取り寄せて真理子に見せて話しあう。
「アイドルは9人…。主人公の村枝薫は中山詩織として、あとの8人はオーディションみたいだ。どのアイドル役を狙う?」
「そうですね…」
「このお嬢様系のアイドルはどうだ?キャサリンとキャラクターが似ているから演じやすいと思うけれど」
高飛車お嬢様アイドルがいる。確かにキャサリンとキャラクターが似ているが
「制作側に強く求められたら彼女を狙うのも視野に入れますが、私は…」
資料に描かれている笑顔を見せていない少女を指す。
「三之宮雪…か」
攻略がもっとも至難と設定されているキャラクターである。過去、違う事務所で他のアイドルとトラブルを起こしている。気が強く、正論しか言わない嫌われ者。いわゆるコミュ障アイドルだ。
「おい、このキャラ、9人中もっとも歌唱力が高いと設定されているぞ」
三之宮雪は性格にやや問題はあるが、歌唱力は頭抜けて高いと云う設定だ。そこそこ歌える程度では難しいのでは、と桜井は暗に先のキャサリンとキャラクターが似ているアイドルを狙えと勧めるが
「だからこそ演じてみたいのです。挑戦させて下さい」
真理子の前世で三之宮雪を演じた声優の樋口輝美は雪役を飛躍とし、後に歌手デビューもしている。演技力もずば抜けており声優として真理子など相手にもならなかった。しかし今なら勝てる。
(ごめんね樋口さん…。貴女なら、雪役を掴まなくても上に行けると思うし、せっかくの2度目の声優人生、悪いけれど雪役は私がもらうわ)
アイドルDREAMのモデルとなったゲームって、分かりますよね。そうです。アレです。