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夢ってのは呪いと同じなんだよ

話は戻り、練習場では真理子が康臣を見つめ棒立ちの状態であった。

「おい、真理子、どうした?」

「ヤ、ヤスさん」

「お、おう」

「うわあああああああん!」

真理子は康臣の胸に飛び込んで泣いた。康臣もだが、仲間たちも驚いている。そして目で『おい、ヤスさん、何をした?』『犯人はヤス』とか『ありゃあ、真理子、そうだったんだぁ』と無言の言葉を発していたが、康臣は心当たりがないと同じく目で訴えていた。

しかし、邪険に突き放すことも出来ず

「そ、そうか…。親元離れて東京で独り暮らし…。寂しくて泣きたい時もあるよな」

「うん…うん…。うっ、ううう」

「大丈夫だよ。俺は真理子の味方だから」

優しく頭を撫でた。

「うん…。ありがとうヤスさん…。わあああん!」

(会いたかった!会いたかったよおおお!)


◆  ◆  ◆


「うがあああああああ!」

あるレッスンで『自分の思いを一分間話しなさい』と云う課題があった。

康臣は自分の番が来るや叫んだ。

「ミルキスが解散!解散だとおぉぉ!」

(ああ、やっぱり、それか)

と、講師と仲間たちは苦笑した。

「なんでぇ!なんでだよぉ!俺、結局チケット全落ちでライブ行けなかったじゃねえかあ!」

康臣を始め、養成所の仲間たちにミルキスへのコネが出来る前に時間切れが訪れた。人気声優ユニット『ミルキス』は解散し、各々の声優活動に戻ると発表された。

康臣の嘆き悲しみは深かった。

「うおおおおおっ!敦美ちゃーん!」

ミルキスのセンター根岸敦美の名前を叫ぶ康臣。それを生温かい目で見ている真理子は

(大丈夫、ヤスさんはこれから数年後、その根岸敦美と共演するのよ。敦美さん演じるヒロインの父親役で)


共演者にサインをねだるのはマナー違反と言われているので、康臣はグッと堪えて敦美とは普通に共演者として接することに決めた。

しかし康臣が自分の大ファンであることを敦美は人づてに聞いており、収録初日スタジオで顔を合わせた時に直筆のサイン色紙を康臣の名前入りで渡した。それを受け取るや狂喜乱舞して真理子に自慢気に写メを送った。ご丁寧に苦笑している敦美とツーショットで。その時の大喜びの顔は今でも覚えている真理子だった。

(それとさ、ヤスさん、私は知っているよ。今から数年後に大人気コンテンツになる『アイドルDREAM』にあっさり転んで夢中になるの。まあ娘の詩織ちゃんが主役だから無理もないかな)

そして、真理子にも生じる野望。

(で、私も『アイドルDREAM』に出る気満々だけどね。私もアリーナに立ちたいし)


◆  ◆  ◆


月日は流れ、真理子と康臣と同期のメンバーもだいぶ減っていった。

ある者は声優に早々に見切りをつけ就職し、ある者は結婚し、ある者は他の養成所に移ったりと。

真理子は自分に訪れる転機が分かっている。つまり『魔法のお姫様☆ロゼアンナ』のキャサリン役に決まることであるが、それは養成所を卒業してイーストNの所属声優になったあとのこと。真理子が21歳の時に訪れることだ。


真理子は思案のすえ、前世における声優の経験を隠すことにした。急に上達すれば不自然であるし、40歳村上真理子の実力を出せばデビューが早まり、真理子の知るこの後に変化が生じキャサリン役が取れないこともありうる。度し難い傲慢だとは思うがキャサリン役が決まるまでは爪を隠すことにしたのだ。キャサリン役を演じ、そして主役のロゼアンナを食うくらいの人気キャラクターにする。それが自分にもう一度チャンスをくれたキャサリンへの礼儀であるし、何より自分の大願でもある。


一方、康臣は真理子より先にデビューを実現させた。2年の養成期間満了を迎える前にイーストN正式の所属声優となったのだ。

デビューから3年はジュニアと云うランクであり、ギャラは一作品一律15,000円である。このジュニアにいるのはたいてい若い声優であるが、しっかりとした芝居が出来る中年の男がジュニアにいることは出来るだけ安く作品を仕上げたいと思うアニメ制作側にも歓迎すべきことで、デビュー後すぐに役が来たのだ。


養成所のロッカーを片付けて出てきた康臣を真理子が迎えた。

「ヤスさん、おめでとう!」

「ああ、主人公に盛大、かつ無様にやられてくるさ」

康臣のデビュー作はイケメン勇者に無様に倒される荒くれ男である。まだ娘たちのいる場所までは遠いが、少なくとも射程距離には入った。

「真理子」

「なぁに?」

「何を目的として実力を隠しているのかは聞かないが…」

「……!」

「だが時が来れば見せてくれるのだろう?この世界、能ある鷹は爪を出せ、だ」

ポンと頭を軽く撫でて康臣は真理子の横を歩き去った。真理子は苦笑して

「お見通しか。ふふっ、やっぱり敵わないわね、ヤスさんには」


その後、真理子は養成所の母体事務所であるイーストNの採用オーディションを受けて合格。役はまだもらえないものの、晴れて正式な所属声優となったのである。入学時には20人以上いた同期であるが、デビュー、そして所属声優の座を勝ち取ったのは康臣と真理子だけだったのである。前世では、飛びあがるほどに喜んだものだった。ここからが勝負なのだと知らずに。


いなほマート、真理子のバイト先である。

広島から出てきた世間知らずの小娘を雇ってくれた大切な仕事先だ。真理子は晩年の40歳まで店舗こそ違え、ずっとこのマーケットチェーンで働いていた。晩年のころはかなりのベテランとなっており、若い店長や経験の浅いパートのおばちゃんたちにも頼りにされていた。この時のスキルも現在のバイトで役に立っている。

「村上さん、今度の土曜日のマグロ解体ショー、司会いいかな?」

店長の大北が言う。真理子を雇った店長で、もちろん真理子が声優の卵と知っているから

「はいっ、是非やらせて下さい!」

こうして、時に声優としてのスキルを積める役目も与えてくれたのだ。

「いや、助かるよ。みんなこの手の役はイヤがるからね」

「私には、いい勉強になりますから!」


そして解体ショー当日、ショーは大盛り上がりだった。

上京から晩年まで、ずっといなほマートで働いてきた真理子にとってマグロ解体ショーの司会は十八番でもあった。気持ち良くしゃべって解体ショーを進めていると、その客の中に同期の萩原美津子がいて真理子の名司会者ぶりを笑顔で見つめていた。

(美津子…?)


解体ショー後にこの日のバイトを終えた真理子は美津子と共にファミリーレストランで夕食を取ることにした。

「真理子、私…声優やめる…」

「…………」

「いや、なに言ってんだろうね。声優になれなかったのにさ…。ふふっ」

稽古熱心だった。芝居も上手だった。しかし美津子はプレッシャーに弱かった。採用オーディションでは緊張して力を発揮できなかった。オーディションは一発勝負なのだから。

「実家に帰って、しばらく身の振り方考えて出直すよ」

「そう…」

「でもっ、でもさ!実は私、女ヤスさん目指そうかなぁって!」

「それって…。おばさんになってから再挑戦ということ?」

「そう!ヤスさん、消防士しながら市民劇団で芝居していたって言うじゃない。私もそうして芝居続けてさ!結婚して、子育てをひと段落したころに再挑戦よ!そのころにはオバハンパワーで太々しくなってて緊張なんかしないだろうし、いいおばさん役が出来る声優になれるかもしんないじゃん!」

「…………」

「だってさ…。ぐしゅ…あきらめたくないんだよ…本当は…」

「…美津子……」

「私、声優になりたいのよ!」


そのまま泣き続ける美津子を真理子は黙って見つめていた。真理子はその構想が実現しないことを知っている。美津子は実家に帰ったが家族との折り合いが悪かったか、すぐに東京に戻ってきて歌舞伎町の夜の女になり、そして酒に溺れて30歳の時にあっけなく病気で死んでしまう。

それを告げるべきなのか迷う真理子だったが、どう言うべきなのか分からない。『歌舞伎町で働いちゃダメ』『酒はほどほどに』ダメだ。もっといい言葉は思い浮かばないのか。

「あのさ…。イーストNがダメなら他の養成所でやり直したら…」

ようやく出した言葉だが、美津子は自嘲するように笑い首を振る。

「2年と云う約束で親に入学金を出してもらった…。バイト代は毎日の暮らしで使っちゃうし貯金もないから…もう時間切れなのよ」

その選択を考えなかったわけがない。それに!と言い美津子は悔しそうにあまり飲めないビールをあおった。

「あんなプレッシャーに弱いノミの心臓の私じゃさ、続けても見込みないって!稽古でいくら上手く出来ても意味がねぇっての!」

「…………」

「あははは!早く緊張なんか無縁な太々しいオバハンになりたいなぁ!目指せ、第二の中山康臣!あははははは…はは…」

「美津子…飲みすぎよ…」

「ははは…ぐすっ、ぐしゅっ、悔しいなぁ…」


話すべきかどうか迷っているうちに、美津子との別れの時間が訪れてしまった。駅に向かうバスに美津子は乗った。悲しそうに笑いながら真理子に手を振る美津子。

バスを見送ったあと力任せにバス停の時刻表を拳で殴る真理子。

(何て無力なのよ私は…!)

仲間に不幸な未来が待ち受けていると分かっていても何も出来ない悔しさに真理子は涙した。

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