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【外伝】萩原美津子 後編

 私は萩原美津子、元イーストNという声優養成所におりましたが採用オーディションに落ちて声優の夢破れました。

 実家に帰っても父の冷たい言葉、東京に戻ってきて歌舞伎町のキャバ嬢になりました。

 私が働くお店『ゴールド』にたまたまお客として訪れた橋本さん。この方とはアロードカンパニーという声優養成所の説明会で会っていたんです。

 違約金の高額さ、かつ一度支払われたお金は返さないという法的根拠を橋本さんが訊ねてもアロードの担当者は応じず、契約書のサインを急かす有様。橋本さんは怒って出ていきました。無論、私もです。こんな養成所に大切なお金と私の夢は預けられない


 そして再会した橋本さんと席で寸劇をしました。橋本さんは明後日に大事な収録があるらしく、その稽古に付き合ってほしいと。私はアドリブで演じました。演じるアイドル山崎紗奈と自分が重なり泣いてしまいました。

 その寸劇も終えて、橋本さんは言いました。


「僕のバイト先、歌舞伎町の牛丼チェーン吉松屋なのだが、明日の夕方に勤めている」

「ぐすっ、え?」

「USBメモリに外郎売を収録して持ってくるんだ。那由多の僕の上司に見せる」

「ほっ、本当ですか!?」

「ああ、ちゃんとした芝居が出来て、かつ君の美貌なら大歓迎だと思うよ」

「橋本さぁん…」

 また泣いてしまった。ロクデナシのアロードカンパニーだけど、私と橋本さんの縁となってくれたことは感謝しなくちゃ。


 あとで分かったことだけど…『ミリオン☆ハート-虹色のローレライ-』の主人公アイドルの山崎紗奈にアイドルを辞めると言い出すシーンなんて無かった。

 橋本さん、私に声優をあきらめさせないために…。ありがとう。


 私はその夜に外郎売を収録。もちろん動画でだ。正座し背筋を伸ばして一気にまくしたてる。


『拙者親方と申すは、御立会の中に、御存じのお方もござりましょうが、お江戸を発って二十里上方、相州小田原一色町をお過ぎなされて、青物町を上りへおいでなさるれば、欄干橋虎屋藤右衛門、只今は剃髪致して、円斉と名乗りまする……』


 途中で詰まり、記憶したはずの全文が抜けることも。

 しかし、こんなチャンス絶対に逃さない。真理子、私は貴女の涙に応えたい。

 ううん、私に同情する暇あったら芸を磨きなさいよ。

 私ってばライバル事務所で再出発!必ず真理子より上の声優になってやるんだから!


 汗をかくまでやった外郎売、これなら大丈夫だ!初めて私は『自分への信頼』を得た。

 翌日、私は願いを込めて橋本さんにUSBメモリを託した。そして数日後、橋本さんが店に来てくれた。お金が無いみたいで店先で会った。

「うちの社長が会ってくれるよ。あはは、俺も褒められちゃったよ、いい子見つけたなって!」

「あっ、ありがとう!橋本さん!」

「僕が出来るのはここまで。あとは君次第だ。スタジオで君を待っているよ」

「うんっ、必ず私も現場に立つわ!」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 私はその後、那由多プロ所属の声優になった。天にも昇る気持ちだった。

 だけど、ここからが勝負だと分かっている。稽古だ。私には稽古しかない。

 プレッシャーを払うには、それしかない。

 そして、もう一度実家に帰ろう。あんな喧嘩別れしてお父さんも気を揉んでいるだろう。仲直りしなくちゃ。私の夢に協力してくれたんだもの。

 あの冷たい一言があったから私は東京に戻ってきて、そして橋本さんに会えたのだから。


 現在、私は歌舞伎町のキャバクラを辞めて寮も出た。

 事務所近くの安アパートを借りることが出来たけれど、さすが東京23区、高い。

 まだ声優だけで食べられないので、讃岐うどんチェーン店でバイトをしている。

 キャバクラの給料の半分以下だけど、あんなの長く続けるものではない。

 もうお酒もやめた。元々飲めなかったし稽古の害にしかならない。

 ジムに通うお金も無いから、体を鍛えるのはジョギングとネットで見るエアロビ。

 私はプレッシャーに弱い。オーディションは一発勝負、あの日、橋本さんが言ったように、稽古しかない。

 私のような女は、あの挫折がいい薬となったかもしれない。合格出来なかった理由が稽古不足なんて恥だ。だから今はどんな厳しい稽古を自分に課しても苦にならない。


 橋本さん、現在はノブさんと私は呼んでいる。信久という名前だから。

 そのノブさん、『ミリオン☆ハート-虹色のローレライ-』のプロデューサー役が評価され、多くのアニメに出演しています。私はモブや端役を演じて経験を積んでいきます。


 真理子とヤスさんともスタジオで再会した。キャバ嬢になったのを知られたくなくて、ずっと連絡していなかった。那由多プロに属してからは、スタジオで再会したいと思っていたから連絡はしていなかった。

「良かった…。何の便りも無いから心配していたのよ…」

 真理子は私に抱きついてきた。私も抱きしめてしまう。

「一度実家に帰ったんだけどね…。どうしてもあきらめきれなくて…」

「ふふっ、そうだよね。声優って、そう簡単にあきらめられないもの」

「でもよかった。元気そうでな…」

「久しぶりね、ヤスさん」

「いい体つきになっている。相当鍛えたな」

「そりゃね、もうあんな挫折嫌だもん。鍛えまくったよ」

「今日の収録が楽しみだよ。美津子は敵役だな。派手にやりあおう」

「望むところよ。容赦しないからね」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 今日はモブと端役、四つのアニメに出ます。一日に何人ものモブを演じることもあります。声優をやっているという実感が湧いてきましたよ。そして今日、ノブさんが準主役を演じるアニメ『異世界無双』に私も出演します。もう嬉しくて…。


「ついに共演だな、美津子」

「ええ、ノブさんとの共演が私の声優としての第一の目標だったから叶って嬉しいわ」

「君の努力が実ったんだよ。おめでとう」

「ふふっ、ありがとう」


 スタジオ内の椅子で私はノブさんと話した。あの日、彼が私の勤めていたキャバクラに来てくれなかったら、どうなっていただろう。チャンスも掴めず…今ごろ酒に溺れていたかもね…。


「そういえば、面白い話を聞いた。美津子、これに出てみてはどうか?」

 ノブさんは封筒に入った資料をくれた。

「『アイドルDREAM』」

「ああ、クラン社というゲーム会社が開発中らしい」

 正直グラフィックがかなり貧弱だ。ヒットするとは思えない。

「主役は中山詩織で内定しているそうだが、あとのアイドル役はオーディションだ」

「でもノブさん、これグラフィックあまり良くないよ」

「それは僕も思った。しかし目の付け所がいいじゃないか。アイドル育成ゲームなんて」


 確かに、アイドルを題材にしたアニメや漫画はあるが、アイドルを育成するゲームは聞いたことがない。

「前評判は良くない。だからこそ付け目だ。これがヒットしてみろ。アイドルを演じる声優たちでライブなんてこともありうるぞ」

「…ライブ…」

 演じる役を通してステージに立つ。もちろん、それは私の夢でもある。

 ヤスさんが好きだったミルキス、私もファンだった。あんなふうにアイドル役としてステージに立てたらいいなぁって…。アイドル育成ゲームか…。


「ノブさん、いい情報ありがとう。私、これ受けるよ」

「ああ、合格を祈っている。もしライブをやるほどヒットしたなら、チケット都合してくれな」

「気が早いわね、もう。ふふっ」

 まさか、ノブさんの言うとおりになるなんて、この時の私は想像もしていなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 アッと言う間に『アイドルDREAM』オーディションの日が訪れた。

『アイドルDREAM』の主人公アイドル村枝薫はヤスさんの次女、中山詩織さんが演じることが決まっている。あとのアイドル役はオーディションだ。

 この日に備えて猛特訓してきた。歌も芝居もね。

 控室を見渡せば真理子もいる。だけど今はのんきに女子トークなどしているゆとりなんて無い。どんなに稽古を積んでも緊張ゼロはない。


 私が狙う役は稲垣すみれという、おっとりとしたお姉さんタイプの巨乳美女だけど、単に容貌だけがいいアイドルではなく歌唱力はナンバーワンと言われる三之宮雪に匹敵する。そしてアイドルの中で唯一の成人でもある。難しい役だと思うけれど、だからこそ挑戦したい。


「オーディションを始めます。三之宮雪役からです。村上真理子さん、樋口輝美さん…」

 候補生が別室へと向かう。真理子、三之宮雪狙いなのね…。キャサリンと性質が似ている高飛車お嬢様立花桜に挑戦するかと思ったわ…。ふう、でも緊張するわね…。


 しばらく経って、真理子が控室に帰ってきた。何なの、そのお通夜みたいな雰囲気…。相手が悪いよね、樋口輝美じゃ…。私たちの世代の女性声優の中で中山香織と並ぶ実力者だしね…。

「次は稲垣すみれ役のオーディションになります。八木橋乃梨子さん、萩原美津子さん…」

 あああ…。役が被らないでほしいと願ったのに…。よりによって八木橋さんと…。

 八木橋乃梨子…。現在私たちが属するランク『ジュニア』の中では飛び抜けた存在…。特に男の子役が上手で多くの作品に出演している。上手くいかないものね…。



「まあ、そう気を落とすなよ」

 事務所の自販機の前、硬貨を入れながら私を慰めてくれるノブさん。

 稲垣すみれ役は見事に撃沈しました。ううう、真理子は落ちても新たなキャラクターを作ってもらえたのに…私にはそこまでの実力がないってことね…。


「アイドル役欲しいな…」

「男の声優には、あんまりない望みだな。ほら、ココア」

「あんがと。ん、ノブさん、ステージに立って歌いたくないの?」

「僕は声の仕事が出来ればいいさ。まあ、アイドル役が欲しいなら、今後いくつかあるだろう。それ全部受けるのか?」

「もちろん、取れるまで受け続けるわ」


 来春、地方のご当地アイドルの活躍を描くアイドルアニメがある。そのオーディションを受けるわ。

 声優になるのが夢だった。それは運よく叶えられた。だけど、なったらなったで欲も出てくるものよ。私はまだモブと端役がメインだもの。主役やりたい!アイドル役を掴んでステージに立ってみたい!絶対にあきらめないんだからっ!


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


<真理子視点>

 私の携帯電話にメールが届いた。美津子からだ。

『やったー!『シャイニング・スター』の主人公小林ほのか役を掴んだよーっ!』

「美津子…!よかった!」


 どうして美津子の人生に変化が生じたのか、私には分からない。

 私は何もしていないのに。

 ただ、私の前世において美津子が不遇な最期を遂げたのは知っている。いや、見ている。


 親御さんとも縁を切っていた美津子、警察が連絡を入れたのは美津子が元いた声優養成所兼声優プロダクションのイーストNだった。知らせを聞いて私とヤスさん、そして宮田プロデューサーが警察署に赴いた。

 安置室に入るや、すごい悪臭だった。ヤスさんは『真理子は見ない方がいい』と私を安置室の外に残した。ヤスさんと宮田プロデューサーが美津子の亡骸を確認した。


 歌舞伎町の夜の女となり、売春みたいなことをしていたのも聞いていた。

 お酒に溺れて病に倒れた挙句にアパートの一室で孤独死、死体の腐臭から隣室住民が通報、発見された。

 嘘だと思いたかった。警察の間違いだと思いたかった。どうして同期の友達がこんな…。正也は首を吊り、今度は美津子まで。安置室から出てきたヤスさんと宮田プロデューサーの沈んだ顔で死体は美津子なんだと分かった。

 私は安置室前で泣いた。こんなの、こんなの、あんまりじゃないか!ひどいよ!声優の夢が破れただけで、どうしてこんな惨めな最期を迎えなければならないの?悔しい、悲しい!

『美津子の馬鹿…!』


 それが今はどうだろう。美津子は一度挫折したけれど声優の夢を叶えて、アニメの主役に!しかもアイドル役だ。

 私は現在自分が出演している『アイドルDREAM』に新シリーズが二つ出来ることを知っている。『アイドルDREAM-歌姫伝説-』『アイドルDREAM-百花繚乱-』と大人気コンテンツとなるアプリゲームだ。


 今の美津子の実力ならば、そしてアイドルアニメの主役という珠玉の経験を積めば、新シリーズのアイドル役を取ることだって出来る。一緒のステージに立てるかもしれない!私は美津子にメールを返信した。

『美津子と一緒にステージに立てる日を楽しみにしている!』と。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


<そして再び美津子視点>

 真理子から返信が来た。

「嬉しいこと言ってくれて…」

 私はいま、真理子が力任せに殴ったバス停の前にいる。私と別れた後に真理子が拳を叩きつけた時刻表を眺めていた。どうして来ようという気になったのかは分からないけれども。

「ねえ、私…。真理子の涙に応えられたかな…」

 照れくさくて本人には聴けない。おそらく真理子はバス停を殴った時の姿を私が見ていたことも知らないだろうから。

「言っていたよね。『何て無力なのよ私は』って…。どこがよ」


 貴女は涙一つで私を声優にしてくれたじゃないの…。


 バスが来た。私はそのままそれに乗って帰る。

 ふふっ、今日はノブさんとデートだからね。



 それから数年が経ち…私は『アイドルDREAM-歌姫伝説-』のオーディションに臨んだ。

 そして役が取れた!葉月瑠奈という、日輪のように明るいアイドル!私が一生誇れる役だわ!


 さらに数年後、さいたまスーパーアリーナで『アイドルDREAM』三作品のアイドルが集結した一大ライブが開催されることに!


 この時はもう私と真理子も人妻で子供もいたけれど、まだまだ!フリフリの衣装を着てステージに立ってやるんだから!

 お互いそろそろ歳は四十になろうってころ、私と真理子はついにステージで共演を果たした!

 シリーズが違うから、真理子の演じる西本道子、私の演じる葉月瑠奈に公式のデュオ曲はないけれど、何とか二人で歌わせてほしいと頼み込み、それが受け入れられ、私と真理子はデュオを組みステージに立った。


 最高の時間だった。一生忘れないと思うステージ。ステージから降りたくないと思った。

 曲が終わって舞台袖に戻った時、真理子と抱き合って泣いちゃった。


 あきらめないでよかった…!声優になってよかった!

とても楽しく書かせていただきました。真理子の前世と異なり、美津子が声優になるルートに行けたキッカケは本編第四話のラストにある、真理子が美津子と別れた直後、友達に悲惨な未来があると分かっても何も出来ない悔しさのあまり、バス停を力任せに殴ったあとを美津子が見たことだったんですね。これを分岐点としました。

ちなみに美津子さんの旦那様はノブさんだと思います。

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[一言] 久々に 涙を堪えるのが 大変だった
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