【外伝】奇跡
このお話は、あの某大御所声優さんの実話から思いつきました。
これは『魔法のお姫様☆ロゼアンナ』がそろそろ最終回を迎えようかというころだった。
最終回の台本が真理子の手に届き、事務所で読んでいるキャサリン役の真理子。ラスボスのヴァルキリーにロゼアンナと共に立ち向かい、クライマックスはロゼアンナとキャサリンが同時に自分の最大魔法を放つ。
「バトルシーンが続き、その後は必殺技と云う展開ね…。王道の展開だけど、演じるのはすっごく難しいのよね…」
そう言いながらも真理子は嬉しそうだ。本来なら物語中盤の13話で三流の悪役としてリタイアしてしまったキャサリン。しかし二度目の声優人生を生きる真理子の熱演により台本は書き換えられ、最高のクライマックスへと向かっている。
『魔法のお姫様☆ロゼアンナ』は魔女っ娘アニメとして歴代3位の視聴率を誇る人気アニメとなっている。敵役キャサリンを演じる真理子の熱演に主役ロゼアンナを演じる中山香織も芝居が引き出された。それにまた真理子の芝居が引き出され、他のキャストも同じだ。真理子は収録のたびに自分が声優として実力を付けていっているかのように感じた。
また、嬉しい知らせもある。『魔法のお姫様☆ロゼアンナ』が映画化されることになった。その大まかなストーリーも先日聞かされたばかり。素晴らしい内容だった。
映画オリジナルの強敵が出てきて、それを倒すと云うのが王道であるが『魔法のお姫様☆ロゼアンナ』の劇場版はそれと大きく異なっていた。
魔法の世界にあるロゼアンナの母国ラクシュミー王国、キャサリンの母国ヴィーナス帝国、隣国同士で仲はあまり良くないが、両国の国境近くで大地震が発生して国境付近にある町や村は壊滅状態となり、その復興のためロゼアンナとキャサリンが手を携え、やがて復興していき両国は友好国になっていくと云うストーリーである。TVシリーズのクライマックスは迫力あるバトルシーンを繰り広げたが劇場版はバトル要素一切無しと云う魔女っ娘アニメの劇場版として今までにないシナリオであった。
多くの脚本家が関わりストーリーを練ったもので、真理子とロゼアンナ役の中山香織も脚本家たちの熱意が伝わり、早くも収録を楽しみにしていた。
話は戻る。真理子は事務所の時計を見て
「さて、そろそろ現場に行くかな」
今日は収録が2つ入っている。キャサリン役の成功から、真理子の担当マネージャーである桜井は真理子にどんどん仕事を入れていった。真理子にマーケットのバイトを辞めて声優一本に絞れと言った以上、桜井はきっちりとその言葉の責任を取っている。
「端役と云えども物語には欠かせないキャラね。ありがとう、マネージャー」
真理子は足取り軽くスタジオに向かって行った。
◆ ◆ ◆
『魔法のお姫様☆ロゼアンナ』第25話収録の日。最終回の一話前の話である。
「おはようございまーす!」
「「おはようございまーす!」」
真理子がスタジオに入った。他のキャストたちが真理子を迎えた。
「おはようございます。美鈴さん」
「…おはよう」
真理子が挨拶をしたのは井上美鈴と言い、ラスボスのヴァルキリーを演じる声優で真理子にとって大先輩である。昭和40年代のスポ根アニメ全盛のころから多くのヒロインを演じてきた大御所だ。舞台女優でもある。
ちなみに言うと、真理子の前世ではヴァルキリー役は他の中堅女性声優が演じている。
しかし脚本が書き換えられた現世、高い視聴率を取れる魔女っ娘アニメとなった『魔法のお姫様☆ロゼアンナ』はラスボスのヴァルキリーも重要なキャラクターであり大御所の美鈴にオファーが行ったと云うこと。
真理子の挨拶にもぶっきらぼうに返す美鈴。作中で敵役を演じる演者と親しく話さないと云う中山香織の姿勢は実を言うと美鈴の真似でもあった。それを知る真理子も大御所相手とはいえ最低限度の挨拶のみで済ませる。
美鈴の近くに座り、収録開始を待つ真理子。チラと美鈴を見る。
(美鈴さんとの収録もあと2回だけ。芸を盗めるだけ盗まなくちゃ)
主役ロゼアンナを演じる中山香織がスタジオに入ってきた。真理子に歩み、小声で
「真理子、ちょっといい?」
「え?」
珍しいこともあるものだと真理子は思った。ライバル役である真理子と収録前に話すことなど今まであまり無かったのに。
「私のマネージャーが来たのよ。私と真理子に話があるんだって」
収録に担当マネージャーがいちいち立ち合うことは少なく、香織も一人でスタジオ入りしたのだが、急きょ彼女のマネージャーがスタジオに来て香織と真理子を呼び出したと云う。
「いいけど…」
スタジオの外に出ていく真理子、香織のマネージャーである立花正樹がいた。
「立花さん、なにか」
「ごめんね収録前に。2人にこれを読んでもらいたいんだ」
香織も立花の用件は知らなかったようだ。突き出された封筒を手に取る真理子。
「手紙ですか」
「ファンの人からね」
収録前にファンレターを読ませる?真理子と香織は顔を見合わせ、そして封筒から手紙を取り出した。
『魔法のお姫様☆ロゼアンナの関係者様へ』
と、手紙は始まる。最初は制作会社に届けられ、その後に香織の所属事務所に渡された手紙であった。内容は
『……と云う不治の病を私の娘綾香は患い、余命半年と告げられています。娘は『魔法のお姫様☆ロゼアンナ』の大ファンで病院のテレビで放送を見てロゼアンナとキャサリンの物真似をしています。いまの娘の支えは『魔法のお姫様☆ロゼアンナ』だけなのです。
不躾なお願いにございますが、ロゼアンナ役の中山香織さん、キャサリン役の村上真理子さんのサインをいただけないでしょうか。娘を喜ばせてあげたいのです』
「「…………」」
読み終えた香織と真理子は涙ぐんでいた。そして
「真理子、これサインだけじゃ足らないと思う」
「同感、サインだけじゃ綾香ちゃんに申し訳ないよ」
立花に一礼すると、真理子と香織は監督のもとへと行き
「すいません、収録後に録ってもらいたい台詞があるのですが」
と、香織が言った。
「録ってもらいたい台詞?」
監督の疑問に真理子が説明する。事情を聞くと監督は快諾し
「分かったよ。いいメッセージを届けるんだよ」
「「はいっ」」
収録後、他の演者たちは挨拶を済ませたあとスタジオを後にした。しかし、真理子と香織は帰る様子はない。
「…ん、どうしたの2人とも」
ヴァルキリー役の美鈴が声をかけた。事情を話すと収録前のぶっきらぼうな態度やヴァルキリーを演じていた時の般若のような形相が嘘のように優しく微笑み
「その気持ち、いつまでも忘れるんじゃないわよ」
「「はいっ!」」
真理子と香織は立ち去る美鈴の背に深々と頭を垂れた。嬉しい言葉だった。
「そろそろいいかーい」
監督も残ってくれていた。この場で収録するものが完成品となるのでBGMも同時に入れていく。音響担当も残っていた。余命少ない少女にメッセージを届けようとする声優2人を残して帰ることなど出来まい。
真理子と香織はマイクの前に立つ。まずロゼアンナ役の香織が
『綾香ちゃん!ふふっ、私はラクシュミー王国の王女ロゼアンナ!いつも私の活躍をテレビで見てくれてありがとう!それでね綾香ちゃん、今度私ね、映画になるの!おっきなスクリーンで私の活躍を綾香ちゃんに観てもらいたいな!だから体を治して必ず来てね!ロゼアンナ待っているよ!』
香織なりに懸命に考えたメッセージだった。映画の公開は8ヶ月先である。余命半年の綾香が間に合うのか分からない。分からないのに体を治して映画館に来てなんて軽々しく言って良いのかと迷ったが、香織は心から綾香と云う少女に映画のロゼアンナを見てほしかった。そのためには治ってもらうしかない。奇跡を願うように香織はロゼアンナとして綾香にメッセージを届けようとした。そして真理子も
『ホーホッホッホッ!綾香、元気にしておるか!妾はヴィーナス帝国の皇女キャサリンじゃ!妾の活躍をテレビで見て物真似しておるそうじゃのう!さぞや可愛い姿であろうな、何せ妾の物真似をしておるのじゃからな!きっと、妾の幼きころと同じくらい愛らしいのであろう。見てみたいものじゃ!そのためには体を治して映画館に来るのじゃぞ。妾は、キャサリンは映画館で綾香と会えるのを心から楽しみにしておる!』
2人とも一発で監督のOKが出た。収録を見守っていた香織のマネージャーの立花、そしてスタッフに涙ぐんでいる者もいた。
改めて綾香に贈るサインを色紙に書く2人。治ってほしい、映画を観に来てほしいと云う願いを込めて2人は書いたのであった。そして
…奇跡が起きたのである。
綾香の母親は真理子と香織の優しい計らいに大変感謝し、お礼の手紙をくれた。
娘は大喜びであったと。メッセージが収録されているCDを綾香は毎日聴いていると。そのお礼の手紙を見て、真理子と香織も涙ぐんだ。声優冥利に尽きる事このうえない。
その手紙には綾香が描いたロゼアンナとキャサリンの絵があった。稚拙であるが、真理子と香織にとって、どんな名イラストレーターが描いたものより嬉しい絵であった。
劇場版『魔法のお姫様☆ロゼアンナ』の収録は、綾香にメッセージとサインを届けた半年後のことであった。その当時に余命半年と宣告されていた少女綾香。ロゼアンナの制作会社、そして真理子と香織の所属事務所にも母親から便りは来ていないと云う。綾香の病気はどうなったか気になっていた真理子と香織であったが、仕事に追われて確認の術はない。
「どうなったんだろう、綾香ちゃん…」
収録の休憩時間、綾香の描いたキャサリンのイラストを見つめる真理子。クリアファイルに入れて大切にし、いつも鞄の中にある。香織も同じで綾香の描いたロゼアンナを見つめている。
「便りが無いのは無事な証拠と云うけれど…やっぱり気になるよね」
「観に来てほしいな、映画」
「うん」
告知された余命通りなら…考えたくもないが真理子と香織いずれも頭の片隅にある最悪の結果。だけど、そんなのは受け入れられない。
(治っていて綾香ちゃん…。そして映画を観に来て…)
真理子はそう願い、香織と共にスタジオへと歩いて行った。
◆ ◆ ◆
いよいよ封切りとなった劇場版『魔法のお姫様☆ロゼアンナ』予告編の段階から前評判は高く、全国の映画館には行列が出来ていた。
上映初日、都内の大型映画館に主演のロゼアンナ役の中山香織、キャサリン役の村上真理子が舞台挨拶に訪れていた。司会者が真理子と香織を呼ぶ。2人の舞台挨拶のある映画館の席は抽選が行われたほどの人気ぶりだ。
舞台中央に歩き出した真理子と香織は客席に通常の映画館の客席にはあまり見かけないものを見つけた。ベッドである。
「ベッド…。まさか!?」
監督がベッドを見て驚く真理子に小声で『落ち着け、舞台挨拶中だろ』と言い、続けて『綾香ちゃんだよ』と言った。真理子と香織は、すぐにでも綾香のもとへ走って行きたいのを堪えるのに必死だった。そして涙を堪えるのも。両方何とか堪えきれた自分を褒めたいくらいだ。
そう、綾香は余命半年を克服して映画館に来ていた。医師と看護師、そして両親と共に。
「お母さん、あの女の人たちがロゼアンナとキャサリンなんだね…」
弱弱しい声だが、すごく嬉しそうな綾香に母親はその手を握り
「そうよ。綾香の憧れのお姉さんたちよ」
「うん、美人だね…」
看護師も思わず涙ぐみ、主治医は幼い患者に微笑む。
司会者の進行で舞台挨拶は滞りなく進み、ファンたちは香織と真理子のトークに満足げだ。そろそろ終盤に差し掛かると、いよいよ堪えきれなくなったか、香織が
「綾香ちゃん、いらっしゃい!私、待っていたよ!」
「ホーホッホッホッ!妾も心から待っておった!歓迎いたすぞ!」
香織と真理子は歓喜の涙を流しつつ綾香に言った。監督は堪えきれなかったかと苦笑していた。綾香は2人に手を振ることも出来ないが、満面の笑みで微笑むのであった。
上映が開始された。劇場版『魔法のお姫様☆ロゼアンナ』はバトル要素一切なし。ヒロイン2人が手を携え、大地震に被災した母国を共に復興させていき、やがて長年不仲であった両国が友好国となると云うストーリー。これは当時のアニメ映画としては、かなりの冒険のシナリオと言えた。
『魔法のお姫様☆ロゼアンナ』は他の魔女っ娘アニメには登場しがちなイケメンのヒーローが存在しない。これだけでも珍しい作品であり、ましてバトルもののアニメが劇場版になったら劇場版ならではのボスが出てきて戦うというのが定番であるが、まさかのバトル要素一切なしである。いかに脚本が練りに練られたものか分かる。
時に激しく衝突しながらも、母国の復興に全身全霊を注ぐ両ヒロイン、香織と真理子の熱演もあり観客は惹きこまれた。
復興を成し遂げ、両ヒロインは互いを抱擁する。TVアニメの最終回では握手であるが劇場版では歓喜の涙を流しながら互いを抱きしめるロゼアンナとキャサリンの姿に多くの観客は感動の涙を流したのだった。
そのなかにはもちろん、綾香もいたのであった。
その後、スタッフと綾香の主治医の計らいもあり、真理子と香織と綾香の対面が実現した。映画館のスタッフルームで綾香を泣きながら抱きしめる香織、真理子も綾香を抱きしめた。
「お姉ちゃんたち、ありがとう…」
「どういたしまして…」
香織はこれしか言えなかった。真理子もキャサリンが抜けて素で
「ありがとう綾香ちゃん、観に来てくれて…」
「奇跡でしたよ。貴女たちのメッセージを聞くや綾香ちゃん気力が充実してきましてね。医者の立場ありませんでした。主治医としてお礼申し上げます」
「ありがとうございます。中山さん、村上さん。貴女たちは娘の命の恩人です」
綾香の父も泣きながら礼を述べた。これほど嬉しいことあるだろうか。自分たちの声が一人の少女の命を救ったのだ。声優として一生の誇りだ。香織と真理子の間に綾香が入り、3人で写真を撮った。彼女たちにとって一生の宝ものだ。
◆ ◆ ◆
真理子は念願のアイドル育成ゲーム『アイドルDREAM』に出演を果たし、中山康臣と結婚した。アイドル西本道子役は真理子にとってキャサリンに並ぶ当たり役だ。
康臣との間には子が2人恵まれた。女としても声優としても幸せを掴んだ真理子だった。
現在『アイドルDREAM』は大人気コンテンツとなっており2つの後発作品『アイドルDREAM-歌姫伝説-』『アイドルDREAM-百花繚乱-』と続いており、3作品いずれも大人気である。初作の『アイドルDREAM』の最新作『アイドルDREAM-Revolution-』には中山香織が最終ボス麗華役として出演する。
シリーズ3作品が一体となったスーパーライブ。ファンにとって、まさにDREAMステージが、さいたまスーパーアリーナで開催されることになった。
2度の産休と育休を経ている真理子は初演と第5公演しか参加していないので、久しぶりの参加であり、そのぶん稽古に余念なくファンが待ち望んだ『西本道子復活』に全力で応えるつもりだ。
そのアリーナライブには麗華役の中山香織がサプライズゲストとして登場する。ロゼアンナでの共演以来、真理子と香織は大の親友だ。香織の父の康臣と結婚しているので、一応は真理子の娘になるが、それは言わない約束となっている。
「でね、あの人ったらね。デ○ズニーランドに行ったら子供たちより大はしゃぎで。うふ」
「分かったわよ。娘に父親との惚気聞かせないでよ」
真理子は香織を見つけて、夫康臣との惚気を話す。香織はうんざりしながら聞いている。父親とイチャつく親友の話などあまり聞きたくない。
控室近くの自動販売機コーナーに腰かけ、ミネラルウォーターを飲む2人に
「あっ、あの…!」
一人の新人女性声優が緊張しながら真理子と香織に話しかけてきた。新人声優にとって尊敬する声優であると同時に怖い存在である大先輩なのだから仕方ない。
「わっ、私…!百花繚乱で児玉美由紀役をしています、佐藤綾香です!」
児玉美由紀、アイドルDREAM-百花繚乱-の主役アイドルである。
「「…………」」
「あっ、あの…!今まで挨拶が遅れてすみません!一人前の声優になってお礼に行くことが私の目標で!」
「久しぶりね、綾香ちゃん」
香織が微笑み、言った。
「お、覚えていてくれたのですか!?」
「忘れるわけがないじゃない」
嬉しそうに真理子は言った。香織と共に綾香のもとへ歩み
「美人さんになったわね…」
真理子は綾香を抱きしめた。
「ありがとうございます…!」
綾香は感極まり泣いてしまう。香織もこの再会に泣いた。
百花繚乱のアイドルを演じる声優の中に佐藤綾香と云う名前を見た時はまさかと思った。
しかし、間違いなかった。綾香は真理子と香織にお礼を言いたいと言うが、それは真理子と香織も同じ。綾香は声優として一生の誇りとなる仕事をさせてくれたのだから。まして、綾香は同じ声優となり、共に大舞台に立てる。こんな嬉しいことは無い。
綾香は大病を克服し、その後は声優を目指した。香織と真理子といつか共演したい。
意思の強さは夢の実現に繋がるもの。中学生のころに芸能プロの門を叩き、何度か採用オーディションに落ちるも綾香は諦めず、そして高校に入ったころ、ようやく中堅の芸能プロに採用された。
1日が24時間じゃ足らないくらい熱心に稽古を積み、いくつかのモブ役を経て、ついに大人気コンテンツ『アイドルDREAM』のアイドル役を掴んだのだ。
開演時間が迫る。真理子は控室でクリアファイルを取り出して眺めた。いまだ持っている幼き日の綾香が描いたキャサリンの絵だった。
(キャサリン、私…本当に貴女を演じられて良かった。こんな素晴らしい再会が出来たんだもの)
あの日、映画館で見た綾香は笑顔ではあったが痩せ細った病躯だった。しかし、今日見た成長した綾香の健康的な美しさたるや同じ女でも見惚れてしまうほどだ。
(ありがとう…。本当なら40の時、みじめに死んでしまう私にチャンスをくれて、こんな幸せをくれて…)
以前のようにキャサリンからの返事は無いが、幼き日の綾香が描いた高飛車に笑うキャサリンから『礼には及ばぬ』と言われた気がした。
クリアファイルをバッグにしまい舞台袖へと向かう。西本道子を演じる声優として、さいたまスーパーアリーナ3万7千のファンの前に立つ。歌姫伝説と百花繚乱に出演している後輩声優たちが真理子に改めて挨拶。その中には前世で真理子を嘲笑った若い声優もいる。ずいぶんと運命が変わったものだと思う。
緊張して固まっている綾香を見つけた。彼女は初舞台なのである。そして真理子は
「ホーホッホッホッ!なんじゃ綾香、緊張しとるのか!?」
「…え?」
キャサリンとして声をかけた。
「かような大舞台、楽しまなきゃ損じゃぞ!緊張などしている暇などないわ!ホーホッホッホッ!」
「は、はい!」
緊張がほぐれたようだ。真理子はキャサリンから戻り
「私と香織に、成長した綾香を見せてね」
「はいっ!私から目を離さないで下さいね!」
同じく舞台袖にいた香織も微笑んだ。
そして開演、最初の歌はゲームの代表曲『アイドルDREAM』である。久しぶりの西本道子登場にファンは大喜びだ。そして
「アイドルDREAM-百花繚乱-!!」
綾香も元気よくステージに飛び出した。百花繚乱のアイドル役を演じる声優たちのほとんどは今回が初舞台であるが、主役アイドル児玉美由紀を演じる綾香に引っ張られていくように堂々とステージにその姿を見せ、そして大歓声で迎えられた。
招待席でステージを見守る綾香の両親は歓喜に泣いていた。その隣には真理子の夫で香織の父である中山康臣がいた。妻からのメールで仔細を聞いていた。よもや偶然にも隣席がその綾香の両親とは思わなかったが。
涙を流しながら娘が歌う姿を見守る父母、それを見て康臣は
「よくやったな、真理子と香織。お前たちは一人の少女と、そのご両親を助けたんだ。元消防士の俺とて出来ない見事な人命救助だよ。ははははは!」




