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大団円

最終回です。

東京都内の中規模なコンサートホール、その控室で

「どうしたの真理子、緊張しているの?」

三之宮雪役の樋口輝美が苦笑して訊ねてきた。

「ええ、ちょっと…。当たり前だけど、カラオケと全然違うわけじゃない?」

『アイドルDREAM』は発売と同時に大人気ゲームとなり、アイドルたちを演じる声優たちによるライブが開催されることになった。今回は記念すべき第1回である。真理子は衆目の前で歌うのは、これが初めてである。と、云うより主役の村枝薫を演じる中山詩織とて初めてなのだ。

「よく平気ね輝美…。ライブ経験あったっけ?」

「ないよ、私だって初舞台だし緊張しているよ。ふう」


高飛車お嬢様アイドル立花桜役の佐々木絵梨が控室に戻ってきた。

「どうだった?」

詩織が訊ねる。

「うん、超満員だった!」

控室の声優たちの顔が喜色満面となる。その一方で真理子はセトリを何度も確認し、自分の、いや西本道子のソロ曲の歌詞を何度もおさらいしている。

「輝美、このホールのキャパ何人だっけ?」

「2700!真理子さっきも同じこと聞いたよ?大丈夫?」

「うう…。緊張するよう…」

スタッフが来た。

「中山さん、お父さん来ておりますが…」

「ホント!?うん、通して」

真理子の顔も明るくなる。ヤスさんが来た!でも、用は娘の詩織にだろう。ここは弁えておかなくてはと思った。康臣が控室に来た。詩織が出迎えようと歩むも

「お父さん、来てくれ…」

「真理子おおおッ!」

「えっ?」

娘の詩織、ほったらかしで真理子に走る康臣。真理子の手を握り

「よく頑張ったなぁ…!ついにここまで…」

「う、うん!ありがとう、ヤスさん!」

嬉しそうな康臣の顔、真理子の両手を握る。温かい。緊張がほぐれていくようだ。

(…西本道子として『アイドルDREAM』初ライブ…。そうだ、今日言うべきだわ)

三之宮雪役を取れたら康臣に『私をお嫁さんにして下さい』と言おうと決めていたものの、良縁とは分からぬもので西本道子と云う、これ以上はない役をもらえて彼女を演じるに夢中になってしまったか今まで言い出せずにいた。でも今日の初ライブは一つの区切りだし、何か腹を括れそうな気がした。

「ねえ、ヤスさん…。ライブ終わったら時間取れるかな」

小声で言った。

「ん?いいけど」

「話があるんだ」

「いいとも。いやぁ、今や売れっ子声優の村上真理子とデートか!真理子のファンに怒られてしまうな!うわはははははははは!」

「ヤスさんだって今や主役級じゃん。ふふっ」

「おっ、詩織も初舞台だな!がんばれよ」

「遅いっての。とっとと出ていけ」

「ははははは!じゃあ客席で観ているからな」

「えっ、招待席じゃなくて?」

詩織は父と姉をライブに招待していた。

「招待席には香織が座っている。俺はサイリウムをガンガン振ってコールしたいからな!客席にしておいたよ。主役アイドルの父親と云う特権も使い最前列だ!それじゃな!」

詩織演じる村枝薫のカラーの赤、真理子演じる西本道子のカラーの緑、そのライブ専用サイリウムを詩織と真理子に見せてニカと笑い、控室から出ていった。

「やれやれ、お父さんたら娘の私より真理子の方が大切みたいね」

キャストたちは大笑いした。真理子の顔は真っ赤だ。そして

「時間です。キャストの皆さんは舞台裏に」

「「はいっ」」

控室から出て行く時、詩織は真理子に小さく

「今日、お父さんに言う気なのね」

驚いた顔で詩織を見つめる真理子。そして

「ええ」

「そう、私とお姉ちゃんも、もう自立している声優だし特に反対もしていないから安心していいよ」

「うん…」

「真理子をお母さんと呼ぶのかぁ…」

「や、やめてよ、それマジで!」


舞台裏に立ち、自分のマイクを握る真理子。オープニング曲『アイドルDREAM』の前奏が場内に流れると、一斉に大歓声が上がり、リズムに乗ってファン、いやプロデューサーたちの『ハイッ、ハイッ』と云うコールが響く。康臣の声が分かる真理子。

(ヤスさん…!見ていてね、貴方のお嫁さんの晴れ姿を!)

先頭を切ってステージに飛び出していく詩織、輝美も続く。そして


 ワアアアアアアア!


ステージの大型モニターに西本道子の立ち絵と村上真理子の名が映る。大歓声で迎えられ『真理子―ッ!』と『ミッチーッ!』のコールが届く。この時点で真理子は感無量で涙が出そうになった。真理子、いや道子のパートになり

『私たちの向かう場所は輝くステージ、必ず、そこに立つと自分と仲間に誓った~♪』

歌詞の通り、ついにステージに立った。不摂生のあまり心臓マヒで死んだ哀れな四十路の女が生まれ変わって。

目の前には七色の海、ステージから見ると、これほど美しいものなのか。

招待席にいる中山香織は妹の詩織と共にステージに立つ真理子を見て

「ふう、私も『アイドルDREAM』のオーディション受ければ良かったかな」

ロゼアンナの当たり役以降、次々とオファーが舞い込み、同時に歌手としてもデビューしている香織はいまやトップの女性声優である。招待席からアリーナ席最前列を見ると、父の康臣が夢中になってサイリウムを振り、コールしている。

「何か真理子に妬いちゃうわね。私のライブの時は招待席で静かに見ているくせに。ふふっ」


◆ ◆  ◆


ライブは大成功に終わった。真理子は興奮が冷めない。康臣が運転する車の中で、大はしゃぎしながらライブの感想を言っている。

「もう最高だったよー!」

「おう、真理子にあんなに踊りのセンスがあるなんて知らなかったな!わはははは!」

「あれ苦労したんだよーッ!レッスンの時どんだけコーチに怒鳴られたか~」

「苦労したかいがあったじゃないか。アンコールの時、涙ボロボロだったものなぁ」

「みんな泣いていた。詩織もわんわん泣いてた。そりゃ嬉しいよ。みんな売れないころがあったし仕事があってもエロゲーばかりでさ。3年目の勝負を何とか切り抜けて、ようやく掴んだ夢の舞台なんだもん」


やがて、車は海の見える静かな公園に着いた。月と街灯がちょうどいい明かりとなっている。場所は真理子が指定した。

しばらく2人で歩き、真理子が康臣に向いた。真剣な面持ちだ。

「ヤスさん…」

「…………」

「いえ、康臣さん」

「…………」

「私を…」

「待ってくれ」

「え?」

「…それを女性に言わせるわけにはいかない」

「…………」

「真理子」

「は、はい」

康臣の顔は真っ赤だ。なかなか次の言葉が紡ぎだせない。

「わっ、わ、私の妻になってもらえませんか」

「…………!」

彼氏彼女、恋人同士にもなっていなかった康臣と真理子。改めて真理子は自分が色々と段階を無視していたことに気付く。それは康臣もだろう。

「い、いいんじゃないか?今日から恋を始めれば…。て、何言ってんだ俺は!」

「やっ、やだ…。ヤスさん、すっげえ似合わないよ…。ぐしゅ…」

自覚していただろう。康臣は照れた笑いを浮かべ、そして真理子を真剣に見つめる。

「と、ところで返事を聞かせてくれないか?」

「あ…。ぐしゅっ…」

ハンカチで涙を拭い、真理子は康臣を見つめる。頬を染めて満面の笑顔で応えた。

「はい、喜んで私は康臣さんの妻になります」

優しく真理子を抱き寄せる康臣。その胸の中で真理子は歓喜の涙を流す。

夢のようだと。前世のあの日、康臣の訃報を聞いた瞬間の悲しみは今でも忘れない。康臣が死して初めて知った、彼を深く愛していたことを。

二度目の声優人生で伴侶となれた。こんな嬉しいことはなかった。


その後、康臣は真理子の故郷である広島県に赴いて、真理子の父母に挨拶に行く。20以上の歳の差に最初は難色を示していたが、康臣の人柄に触れて結婚を許すに至る。

そして結婚披露宴では

『キャサリン!アンタ、私の父さんを泣かせたら許さないからね!』

祝福の言葉をロゼアンナで言う香織に真理子もキャサリンで返す。

『ホーッホッホッホッ!親離れ出来ぬ女じゃ!安堵いたせロゼアンナ!妾が側におるだけで康臣様は幸せじゃ!ホーッホッホッホッ!』

披露宴に訪れた招待客は、この寸劇に大喜びだった。


新婚夫婦となった康臣と真理子であるが、2人とも忙しく声優を続けていく。そして康臣は念願である娘との共演も果たした。

「はあ…」

スタジオ内の椅子に座る中山詩織、ため息をついていた。

そして、父の康臣もスタジオ入り、詩織を見つけるやニヤニヤして見ている。この野郎…と云う顔で父の顔を見る詩織。

「まさか、父さんを『ダーリン♪』と呼ぶ日が来るなんて…」

「俺にじゃない。俺が演じる騎士レオンハルトにだろ。まあ、父さんは嬉しいがな」

詩織の隣の椅子に座って豪快に笑う康臣。

「勘弁してよ、もう…。マネージャー絶対にワザとだよ。どうせなら真理子がこの役をやれば良かったのに」

愛娘の頭を軽く撫でる康臣。

「グチりなさんな、さ、始めようか。我が幼な妻よ」

「お母さん、天国で大爆笑しているでしょうね。はあ…」


◆  ◆  ◆


『私の姓が村上から中山になって、ずいぶんと経ちました。あの人との間には子供が2人出来ました。仕事も充実して、妻となり母となり女の幸せも得られました。何かバチが当たってしまいそうなほど幸せです』

「…と、明日は早いし、このくらいにしておこうか」


真理子は不定期に書いている日記を簡単に書き終えて、ベッドに歩む。本を読んでいた康臣が微笑み

「いよいよ明日だな」

「ええ、まさかこんな日が来るなんて思わなかった」

「しかし今さらながら大丈夫か?真理子は何だかんだとライブ出ている回数が『DreamTEAM』の中で一番少ないからな」

DreamTEAMとは『アイドルDREAM』において主人公アイドル村枝薫をセンターとする初期メンバー10名で編成するアイドルグループのことである。産休と育休が子供2人分あった真理子は初回公演と第5回公演しかライブに出ていない。

「だから、みっちりとレッスンはしてきたわ。ミッチー復活とみんな喜んでくれているし期待に応えたい」

「ああ、俺も楽しみだよ。アリーナ席で思いきりコールしたいところだが、子供たちと一緒に招待席から観させてもらうからな」

「うん、子供たちに私のライブ見せるのは初めてだし気合入るよ」

「ははは、さて、明日は早いし寝ようか」

「うん、あなた」

「「チュッ」」


翌朝、康臣は車に妻子を乗せて、ライブ会場に向かう。さいたまスーパーアリーナ、収容人員3万7千を誇る大規模ホールである。今回は『アイドルDREAM-歌姫伝説-』と『アイドルDREAM-百花繚乱-』のアイドルたちも揃う『アイドルDREAM』最大級の祭典である。


関係者ゲートからアリーナに入り車を駐車場に停めて

「真理子、開演まで時間もあるし、幸い、そこのショッピングモールの映画館でドラ○もんとクレヨ○しんちゃんの映画やっているみたいだから、子供たちをそこに連れていくよ」

「分かった。健彦、聡美、お父さんの言うこと、ちゃんと聞くのよ」

「「はーい、お母さん」」

「お父さん、早くいこ!ドラ○もん早く見たい!」

長男健彦が康臣の腕を引っ張る。

「じゃ、お母さん、行ってくるね」

慌てて父と弟を追いかけていく聡美。その後姿を見ていると

(ああ、本当に幸せ…)

と、しみじみ感じてしまう真理子だった。


最終リハーサルがそろそろ始まる。若い声優たちは大先輩である真理子に挨拶してくる。

「「おはようございます!」」

「おはようございます。お互い、いいライブをやりましょうね」

「「はいっ!」」

真理子がキャサリンを演じたころの歳の子ばかりである。気がつけば、かつて不摂生が祟り心臓マヒで亡くなった歳の40にそろそろ届こうとしていた。ちなみに康臣は真理子の前世より長生きしている。真理子が康臣の健康を考えて食事を作っているからだろう。還暦近いが真理子とは週に2度ほど営みがある。元気そのものだ。


さて、改めてアリーナのステージに立ってみると

「うわっ、大きい~ッ!」

と、中山詩織。さすが3万7千のキャパを誇る、さいたまスーパーアリーナである。

エンドステージから中央ステージまで詩織とダッシュで競争する真理子。

「エンドからここまで50メートルくらいかな?」

「そんなとこね。それにしてもホントにデカいわぁ…」

中央ステージに立ち、ホール全体を見渡す真理子と詩織。トロッコも導入されるので、スタッフが調整がてら実際に人を乗せてアリーナ内を進ませている。

『リハーサル開始します。キャストの皆さんは舞台裏に集合して下さい』

真理子と詩織は舞台裏へと歩いていった。


◆  ◆  ◆


『アイドルDREAM』最大級のライブはどんどんヒートアップしていく。

3シリーズのアイドルたちが揃い、それを演じる声優たちはこの日のために猛特訓してきた。そして


ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!


サプライズゲストで最新作『アイドルDREAM-Revolution-』の最終ボス麗華を演じている中山香織が登場すると、さいたまスーパーアリーナは割れんばかりの大歓声に包まれて揺れた。最高潮である。さすがは歌手としても大活躍している香織だけあって見事な歌声だ。康臣もゲストで来るとは聞いておらず

「おい、聡美、健彦、お姉ちゃんだぞ!」

「うんっ、お姉ちゃーん!」

「おば…お姉ちゃーん!」

健彦は以前香織をおばちゃんと呼んでしまい、頬を抓られたことがあったので、とっさに言い直す。


香織の出番は1曲で終わらない。ステージに真理子が登場すると、さらに歓声は大きくなる。作中にある麗華と西本道子のデュオ曲『SOUL!』を熱唱する。

『アイドルDREAM』のライブなので他作品のことは言わないが、ファンはみな『ロゼアンナとキャサリンだ…!』と知っている。この2人のデュオ。往時のファンなら涙なくして見られない。多くのファンが泣きながらコールしていた。

中央ステージで無二の友とデュオを歌う真理子も感無量である。そして久しぶりのステージ、真理子は泣きながら歌っていた。それでも歌を外さない。

(声優になって良かった…!)


歌が終わると、真理子と香織は手を繋ぎ、そして両手を上げた。

「「みんな、ありがとーッ!」」


ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!


「マリリン―ッ!」「ミッチー!」「かおりーん!」「麗華―ッ!」

大歓声だった。ステージが暗くなり、真理子と香織は退場する。

舞台下に戻ると、真理子と香織は抱き合った。

「ありがとう…香織…」

「真理子…最高よ…」


やがて、アンコールを経て、最後の曲に。麗華演じる香織も参加する。舞台裏で出番を待っている。

「真理子」

「ん、なぁに香織」

「お互い、声優やってて良かったね」

ニコリと微笑み、真理子を見つめる香織。真理子もその笑顔に笑顔で返す。

「ええ、本当に。最高のステージ、そして最高の旦那様に出会えたのだから!」

一緒にいた詩織もそれを聞き、姉妹揃って苦笑した。父親を『最高の旦那様』と言われ恥ずかしいったらありゃしない。


最後の曲の前奏が始まった。主人公アイドル村枝薫役の中山詩織が

「さあ、みんな、フィナーレよ!私たちの残り全部を出しきりましょう!行くわよ!」

「「「おおおおおおおおおおッ!」」」

詩織に続いて、真理子と香織もステージに飛び出していく。

真理子は招待席をチラと見た。康臣は声援を送り、子供たちも大喜びだ。

「あなた、観ていてね。健彦、聡美、お母さんから目を離さないでね!」


2度目の人生、声優として成功し、愛する人の伴侶となった村上真理子。

今でも真理子は時々この幸せが夢なのではないかと思う時がある。

しかし夢ではない。だってスポットライトはこんなにも熱くて眩しくて心地よいだから。


ご愛読、ありがどうございました。転生が入ったとはいえ現代小説、かつ女の子が主役と今回は初挑戦が多かったです。短いお話でしたけれど書いていてとても楽しかったです。また声優のお話書きたいですね。

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