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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

独白

作者: 谷渓峪

 大きな音だけを覚えていた。酒瓶が床やテーブルやいすの角や――そんないろいろなものに叩き付けられる音。それに付随するのはいつも怒鳴り声だ。がなった声。誰に向けたのかもわからない。アルコールが散乱した部屋で、どうしようもない男の声が叫ばれている。

 僕だってわかっている。彼が、父親がどうしようもないってことが。どうしようもないからどうしようもないことをして、どうしようもないからどうしようもなる僕たちがなんとなく憂き目に遭っていて、だからこそ僕たちもどうしようもなくなっている。

 どうしようもないじゃないか。

 どうしようもないんだ。

 僕は妹を抱いていた。ひ弱だった。ご飯は食べているけど、不安で沢山は食べられない。でも生きるためには食べないといけない。か細い。折れそうだ。僕はどうだ。僕もあまり変わらない。どうしようもない僕たちだった。

 嵐のようなどうしようもなさに苛まれながら、僕たちは暴虐というどうしようもなさが通り過ぎるのを待っていた。

 どうしようもなる、何かが欲しかった。

 そう、僕はヒーローを求めていたのだ。

 仮面をかぶってバイクに乗ったおっさんでも、五人組のよくわからないカラフルなやつらでも。

 サンタクロースでもいい。彼はどうしようもなるモノの象徴だ。僕たちに――僕にとっては最大限ヒーローだ。

 そんなヒーローを求めていた。

 時間だけが過ぎる。


 異世界転生をした。

 なんかぱっと光って、ぐわぁって時空が歪んで、しゅわあって吸い込まれて。僕は赤ん坊になっていた。


 戻りたかった。妹を案じていた。いくらこちらで、どうにでもなる僕が成立していっても、どうしようもない僕は確かに僕の中に存在していて、二つある僕の片方が延々と不平不満を脳内で言っている。僕は勇者だった。勇者じゃない。こちらの人生だけで、セカイだけで何かを救えたとしても僕のもう一つのセカイでは何も救われていない。たとえそれでも僕はこのセカイではヒーローで、どうしようもなるレールの上にすべての周りの人間が従っていた。以下例示をしよう。


 六歳の時だった。剣術訓練をしている。

 師匠は熱心な人だった。才能と努力に恵まれて、勇者の剣術指南の任についていた。まだ三十前後で、腕も全く衰えていなかった。

 剣閃が目の前に来る。刀じゃない。剣だ。その重い一撃はまともに当たれば僕の脳を振蕩させる。避ける。血――勇者として生まれた血は何よりも僕を強くしていた。そしてその血があるがゆえの今迄の人生。レールの上に乗った血のにじむような努力はすべて僕の体内へと帰ってきている。前のセカイとはすべてが違う。どれだけ勉強しても何も身にならずに、どうしようもなさを加速していた前の人生。努力すらしようと思ってもそれすらなし得なかった前の人生。それとはすべてが違う。魔法の英知が詰まった書籍に優秀な人間関係。父母はレールの上を歩くならすべてを許容し、僕はいわゆるステレオタイプ的な勇者の人生を歩んだ。人類の根本原理はどこでも変わらないもので、上手くいくステレオタイプはすべて今回のセカイのように上手くいっていたし、上手くいっていないものは前回のセカイのように上手くいっていない。ちょっと抜け出して路地裏を見てみろ。そこにはどうしようもない浮浪者に孤児が山のようにたむろしていて、スリをしたりゴミ漁りをしたりして生きている。文化レベルの平均との差で考えると前回の僕達の人生と何も変わらない。

 そこまで考えて、ふと思い至った。

 少しレールから外れてみようと。

 妹が居た。なんとなく、僕がこのまま道の上を歩んでいたら彼女に申し訳が立たないような気がしたのだ。彼女は救いたかった。いや、彼女と救われたかった。僕は妹と一緒にどうしようもない人生で救われたかったのだ。だから、僕一人じゃ嫌なんだ。

 勇者の才能はすごかった。師匠は僕の才能を見越して――そう、勇者としての血を見越して剣戟をしている。

 つまり、僕は勇者の血を見こさない行動をすればいい。

 親父のうっ憤を晴らした時のように、わざと外からは見えない腹の辺りにビール瓶が当たるところを調整したように、そんなように今回も数日間気絶するくらいの場所に相手の重い一撃を当てるだけだった。

 僕はそうしながら、師匠を見た。

 師匠は驚いたような顔をしていた。彼も結局、そう、努力が成功した、レールの上に乗った、そんな人生だったってだけだ。

 不可解な顔を引き摺って、僕の脳天に剣の一撃が当たって、僕の意識は遠ざかった。


 さて、それで僕の勇者人生がどうなったかだが、どうともならなかった。

 三日後のこと、「気分はどうです?」と初老のローブをまとったクレリックが僕を覗きこんでいて、僕はふっと目を覚まして今までと同じような道を歩むだけだった。

 ただ一つ変わったことと言えば、自分の生まれた国に国家反逆罪の罪人が一人増えただけだ。


 十年後くらいに、学園に通い終わった僕は立派な勇者になっていた。

 学園での成績は次席だった。勇者の血と言えど、勝てないものは存在するということだ。戦闘では負けなしでも、戦術、戦略は僕の領分ではなかったし、歴史などの座学もそうだった。戦闘やサバイバルに必要な知識を延々と植え付けられたとしても勇者であるうちは僕が指揮官として戦うことはないというだけだ。

 このころになると、自分の中で何か呪いにでもかかっているのではないかと思うほど妹への思いが強くなっていた。自分がどうにでもなる人生を歩み続けているという意識が、座学のペーパーテストで高得点を取ったり、戦闘訓練で敵を薙ぎ倒したりすればするほど僕の中でなんとなくどうしようもないものへの憧憬とか、今はここにあるべきではないという何となく場違いな感じとか、そういうものが増幅されていった。

 結局違和感が全部僕を支配していたのだ。

 そのころになると僕は図書館通いになっていて、どうにかして時空を渡る方法を探していた。こちらの国の魔法では厳しいということがわかって、魔王が居る――僕が倒すべきこの国の仇敵が居るところでならそれが得られると、そんな情報が禁書庫の中から手に入った。

 つまり、僕は魔王を倒して元のセカイに帰ればいいだけだった。違和感から脱出したいという思いだけが募っていった。


 艱難辛苦の旅だった。流石に旅までは順風満帆とはいかず、飢えて、死に損なって、一回くらいは死んで、そんな感じで魔王の居る魔王城へとたどり着いた。薬草中毒は酷く、品行方正に育てられたユウシャサマはどこかへと消えて、ただのヤクチューになりはてた人間がそこには在った。

 それも全部レールの上だった。

 喋れる魔物も喋れない魔物も全部殺して、慈悲を乞うやつをそのまま殺して、女子供を惨殺して、どうしようもないレールの上だった。村を焼いて食料をうばって、魔物の井戸水を飲んで、たまに毒が入っていて吐いて、クレリックの術で回復をして、僕も魔法くらいは使えたから回復をして、それで水を満たした。

 セックスもした。パーティは何度も変わったけど、メイジとクレリックくらいはずっと居たから交わった。戦士は大抵男だったけど混じっていたし、酒池肉林という言葉で言い表せそうだが何より池が無かった。もちろん食が満たされている状態ではないと性欲を満たす気にもならなかったが、生きているという実感のためにかぼくたちは何度も交わった。それはレールの上だった。

 レールの上を歩かせるためにハウスの中で培養された僕らは外に出て出荷されるとあとはすべてなすがままで、きっと魔王を倒した後の人生まで運命か他の権力者のどうしようもない糸で手繰られて好きにされるのだろうと、そんなよくわからないことを僕達パーティは本気で考えていた。

 妹のことはまだ想っていた。別のセカイに行くつもりはあった。

 しかし、そこにたどり着くまでの道程でどうあがいても僕たちパーティは性行をしなければなし得なかった。


 殺して交わった先に、最後の首都に、魔王城はあった。


 魔王はつよかったけどよわっちかった。彼は純粋培養のハウスの中にいる植物のような奴で、まるで魔王だったけどセカイの命運とかそういうのはすべて投げ捨てて理念もなく、ただ外側をなぞった魔王だった。外側の強さはすべて持ち合わせていたけど、中の理念は何も構成されてなかった。

 粘れば簡単に倒せた。僕たちは腕をもがれ、何回か死にそうになって、それでも生きながらえて魔王を倒した。

 僕はまだ目に光を宿していたが、他の人たちは違った。

 目的を達成した人間の、どうしようもなくレールから投げ出された感覚が彼らの目に見受けられる中、僕はふらふらと歩いて行った。オーブがある場所に、魔力の蓄えられている場所に。

 こっちのセカイに来るときの感覚だった。定められた文様を書いて、魔力を籠めて。「何しているの……?」と不安そうに聞くメイジの声を無視して、最後までスムーズにやり切った時、その感覚は襲ってくる。

なんかぱっと光って、ぐわぁって時空が歪んで、しゅわあって吸い込まれて。

吸い込まれている間、メイジが泣きわめいていた。

「どうして!? どうすればいいの!?」って。

 縋りつくような眼をしながら、どうすればいいのかわからない、レールから投げ出された彼女がいた。

 僕は「ばーか」とだけ言って、元のセカイに消えていった。


 妹が居た。何時もの夕方だった。親父が酒を喰らって、ビールを僕の方に振りかぶった。

 僕は血に塗れていて、腕ももげていたはずが全て完治していた。

 素早い動きでビールを受け止めて、めしっと、腕が拉げた音も何も気にしないでビール瓶を奪ってから親父の頭に振りかぶった。

 血が辺りに飛び散った。妹の悲鳴が聞こえた。親父が死んでいないことだけははっきりとわかったので、僕は何回もビール瓶を叩きつけた。

 僕は元のセカイに妹を連れて戻りたいな、と思いながら、レールの全く引かれていなく停滞していたどうしようもなさを全て断ち切って、このセカイで勇者になった。


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