祐実
あたしは、社会に出るのに学歴なんて関係ないと思う。そんなの、ママ世代でとっくに終わってんじゃん? あたしたち世代には、ぜんっぜん関係ないよね。そう思わない?
なのにママ、あたしに大学行け大学行けってうるさくてさ。……うん。全然ダメ。バイトなんかひとつもしたことないもん。もう18になろうとしてんのに。あり得なくない?
ま、別にそれで良いなら良いんだけどさ。小遣いも結構くれてるし、遊ぶには全然困らないから、友達失わないし。……え、あたしに友達いないと思った? 勘弁してよ。あたし、その辺はちゃんとやってるよ? お金に関しては、ママがそれだけ稼いでくれてるってことなんだろうけど。
うん。感謝しなきゃね。
そんなこんなであたし、大学受験をすることになった。
同級生に、……ってゆーか、あたしたちのグループに進学する人はあたしだけで、ちょっと浮きぎみだったけど、それもほんの数日の間でなくなった。
まぁ、あたしだからね。
人間関係のスペシャリスト? って感じ。
受ける大学は、結構良いとこ。受験しないみんなには、その難しさは伝わってないみたいだけど、それでも全然構わない。私は、友達も大切にするし、その中で勉強もしっかり出来るし。
うん。出来ると思えば出来るんだよ。
◇◇◇
最近、模試の結果があんまり良くない。
家庭教師をつけて欲しいって言ったら、ママったら、喜んでつけてくれた。しかもイケメン。やったね!
ママに、彼氏作らないの? って訊いたら、びっくりした顔で「どうして?」って訊かれた。
いやほら、ママ、まだ若いしさ。なんて言ったら、そうね……とかちょっと寂しそうな顔して。もしかして、まだ前の旦那のこと忘れらんないのかな?
◇◇◇
久しぶりー。とうとう入試当日だよ。……わぁ……いっつも電話だったから、なんかちょっと照れるね。行きの電車なんて短い時間だけど、それでも嬉しいよ。
入試前に荒れる人がいるらしいけど、あたしはそれは無かったと思う。至って良い子だから。……笑うところだよ?
緊張してきちゃった。ガラじゃない? ちょっと、ここは笑うところじゃないっつーの! もう……あり得ない! ま、そーゆーところが好きなんだけどさ。
人妻を狙ってる? え、それマジ? あー、全然平気。教科書なんて全部頭入ってるし。うん。移動中くらい面白い話聞きたいじゃん?
へー、あんた子どもいるんだ。幾つ? あ、5歳? まだちっさいんだ~。へ、幼稚園行かせてないの? あー、職場の託児所……そんなのあるんだ。便利じゃん。迎えとか行かなくて良いしさ。
で、人妻のハナシよ。逸らそうとしたって無駄。ほら、吐いちゃいなー。楽になるよ? え、先に身の上話? ちょっと、そんなことしてたら学校着いちゃうじゃん。早くしてよね。
……うん、うん。へー、じゃあ頭良いんだ。んで、そこそこの職場に就いて、結構な給料貰って。ふーん、苦労知らずのお坊ちゃんって感じ。……まだこれから? はいはい。聞くよ。
え、そうなの? ……ってまぁ、そうか。人妻に恋してて息子いるんだから。そんでまた、何で? え、逃げられた? バカじゃん? 何でほっとくのさ。……あー、倹約家なのか。そう言えばそうだったね。給料良いくせに、狭いボロアパート住まいなのが許せない、って感じ? あんたも変な女捕まえたもんだね。
あー、それで。え、その女、親権ほっぽって出てったの? ……ふーん。珍しいね。普通取り合いになるもんじゃないの? しかも当時は、4年前だから……1歳になるかならないか? そんな赤ちゃん置いてくなんて、その女、母親としてどうなのって感じよね。
ほら、ちょっと、もうすぐ着いちゃうじゃん。あと2駅なんだけど。え? あたし? 名前? あれ、言って無かったっけ? ごめんごめん。松田祐実だよ。……え? やっぱりって何が? うん、確かにママの名前は祐子だけど……ちょっと、何のこと? もしかして隠し事? やめてよそういうの。ちゃんと話して。
……え? ちょっと待ってよ。それはあたしのママじゃないでしょ。え? いや、違うって。だってママ、ちゃんと会社で働いてるし。え? その他にもやってることがある? ……騙された? ちょ、ちょっと変なこと言わないでよ。騙すなんて人聞きの悪い……え、暴力? パパから? ううん、それは無かったけど……うん、すっごく優しくて、私のことを愛してくれてたんだな、って感じの人だよ。数年前に亡くなったんだけどね。心不全だか腎不全だかよく分かんないけど。
え、待って、ママがそう言ったの? 嘘でしょ? ……じゃ、じゃあ、私が気付かなかっただけで、本当はそういうことがあったのかも……でも、どうしてそんな嘘を吐く必要があるの? しかも、生きてるなんて……。え? 金? ……それ、本当?
あ、本当だ。もう最寄りか。降りなきゃだ。……ううん、やっぱり話聞かなきゃ行けない。入試なんかどうでも良い。話して。
お金を騙し取られた? ママから? 何で? ママも結構高給取りだよ? ……違う? た、確かに女性と男性で格差があるのは知ってたけど……だからって、……え? じゃあ、ママはあたしのために無理してたってこと? あたしのお小遣いは、あんたから貰ったものかも知れない、ってこと? 何のために……あたしのため?
もしかして、あたしの入学金が足りなくて、そんなことを……うん、あそこは私立だし、設備も良いから結構掛かるの。……まぁ、もう受けられないから、払わなくて良くなっちゃったんだけど。
……じゃなくて。
え、つまり、ママはあたしのためにあんたを騙して金を巻き上げてたってわけ? ……なにそれ。あたし、元々大学なんか行くつもり無かったのに。一緒に働けば、絶対幸せに生活出来たのに。何で? あたし、ママの考えてることが分かんない。
取り乱してなんかないよ。頭の中は至って冷静。うん。つまりあたしは、ママのやったことを無駄にしたってことだよね。これで良かったのか悪かったのかは分かんないけど、結果的にこうなったんだから、もうこれで良いや。良いってことにする。
じゃあさ、あんたがあたしに接触してきたのって、偶然じゃなくて必然だったってこと? 復讐、するの? あたしを通じて?
うん、薄々分かってたの。あんたがあたしを本気で好きなんて、あり得ないしさ。幾つ年離れてると思ってんの? あたしはそんな夢見るようなバカじゃないよ。
……出来れば、ママには何もしないで欲しいなー……なんて、それこそあたしのワガママか。うん。それくらいのことをやっちゃったんだもんね。仕方ない、のか。
あー、全部あたしのせいなんだろうなー。大学進学を目指したあたしのせい。裏の気持ちに気付かずに、あんたと一緒にいたあたしのせい。なんか理不尽な気ぃするけど、あたしが悪いんだろうね。
……ねぇ、あんたの恋人としての最後の願い。娘としてママを守っても良い? ……え? 無駄? 何言ってるの? ……あれ、携帯がない。え? 待って、どこ行くの? ここで降りる? ちょっと待ってよ、あたし、ママを助けなきゃ……せめて危険だってことを知らせなきゃ……お願い、離して。お願い宏二さん、ママを助けさせて。お願い――。




