96 イケ…新しい仲間
天正六年七月
完成した北の庄城の一室で、無数の書類と一緒に対面しているのは、巨漢のオッサン。というかメタボのオヤジだ。
このメタボの名は不破 直光という。そう、与力の不破光治様の嫡男である。
「ウチの倅に、三直殿の仕事を手伝わせてやってください」
ニコニコと笑いながら言う光治様。どんな社会不適合者かと経歴を聞くが、戦にも出ておりおかしなところはない。なんで、そんな事を頼まれたのが疑問である。
が、直接会って話を聞いて良くわかった。
なんというか、直光さん。
燃・え・尽・き・る・な!
結構いい年のオッサンなんだが、越前で数万石の領土を手に入れたところで、勤労意欲が消失し、人生の守りに入ったらしい。
そして激太り。毎日食っては寝てを繰り返し、立派に肥えてしまった。
周囲に敵はおらず、最低限自国を守れる力を有し、領土は復興で右肩上がり。引き籠って国を守る一つの完成形ではあるが、それを許さないのが織田家だ。
それを知っている光治様も、このままでは不破家の未来がヤバイと思ったらしい。
最悪織田家を放逐されたとしても、前田家に仕える事で碌を食む事ができる。さすがに前田家に直接仕えると問題だが、前田家家臣の三直家に、さらに嫡子が仕えるなら織田家が目くじらを立てる事はない。
最悪再仕官がダメでも、オレの仕事を手伝わせて内政能力を手に入れれば、潰しが効くということなのだろう。(この辺は、オレの推測)
しかし、なめてくれるな不破光治。
オレの仕事がそんな軽い仕事だと思ったか?
いいだろう、十二分に手伝ってもらいましょう。
現在、凍結している計画がある。
『雑穀奨励政策』だ。
現在、越前は春から秋にかけて米を作り、それ以外の季節は賦役をする政策を取っている。
当然、越前の生産物は米に傾倒している。それは何も悪い事ではない、生産力の基準も納税の基準も米なのだ。国を富ませる=米を作るという前提は間違っていない。
そして、それ故に単一作物は不作に弱いという欠点を持っている。
一種類の穀物にすべてを託せば、その穀物が不作になれば共倒れだ。それを避けるために、麦、大豆、蕎麦、アワ、稗などの雑穀の生産を奨励しようという話だ。
これは農民にとっては良い話ではない。悪い話である。何せ、価値的にも味的に生産効率的にも一番効率の良い米から、それ以外の穀物の生産を求められるからだ。
そこで、いくつかの条件を提示する。
まず、一つが「国内賦役免除」を申し出た村に対する増税だ。当初一割を予定していた増税率を半分の五分にする。
その代わり、米作ではなく雑穀の生産を奨励させる。賦役免除による完全農業従事者になる事で、一年を通して農作業に従事できるからこそ、他の雑穀の生産への負担を軽減できる。
次に、各村で飢饉対策用の共同倉庫を作り、そこに緊急用食料を保管する。
提供する穀物の量として一割を納めさせる。
その管理は国が行う。手間は増えるが、年貢徴収の追加作業で足りる。
そして、不作が起こればそれを開放する。これは大前提。
では、不作が起こらなかったら?
保存の利く穀物とはいえ有機物だ。悪くなれば食料としての意味がなくなる。その為、悪くなる前に何とかしなければならなくなる。作物的に三年程度が限界だろう。
そして、その古くなった穀物を放出する。ただ、普通に販売するのではなく、加工品業者を作って、そこに放出するのだ。
米から作られる酒や、様々な加工食品。つまり産業の奨励の為に、中間業者なしで安い値段で提供する。原材料が古い穀物なので既存の業者に比べれば質は落ちる。それを考慮した上で、安価で大衆用に製造すれば、既存の産業とは差別化を図れる。
そして、加工業者に年季明けの常備賦役者を割り当てる事で、年季明けの提供農地の節約が図れる。
越前の復興により大衆が冨み、より質の良いものを求めれば、そちらへ客は流れる。既存の業者は質の良いものを作る事でしか対抗できないから、品質向上と技術促進を図れる。
こうして、免税ではなく原材料の安価提供という形で越前の加工物の奨励ができる。
要するに国外賦役免除による増税が難しいので、それ以外の方法で収益を出そうとしているわけだ。
そう、数字のマジックだ。
管理費として古い穀物の売却益を国の収益にし、さらに国営加工業の発展による収益増強。ついでに、加工品の発展で交易できれば港の使用料が入る。
国内賦役免除者の税率を5公5民から帳簿上は4.5公5.5民(保険込みで4.5民)。実質加工産業への売却1割を含めれば5.5公4.5民になる。さらに、交易と産業発展による収益を入れれば6公の収益を見込める。
6公の税収が固定じゃなくて変動制だけど、最低限の4.5公分は保証されている。
これで、国外賦役免除による増税に頼らずに越前の収益を満たせる計画だ。その分、飢饉が起こった際に国営加工業に直撃するのだが、その場合は臨時免税などで対応するしかない。
まあ、一般民衆に飢饉保険があるから、国から支援する経費を減らせるので相殺できる・・・はず。
しかし、この計画には大きな問題点があった。
これだけ並べてわかるだろう。
はっきり言うが超面倒くさい。計画を考えただけで挫折しそうになるレベルだ。作業量的に、越前を手に入れた直後と同じレベルだ。これに手を出したら、オレは動けなること請け合いだった。
北陸対策を考えて、お蔵入り(もしくは後回し)にする所だったわけだ。
イケニ…ゲフンゲフン。統治経験のある高等教育を受けた人員が参入してくれてよかった。権限的にも、前田家家臣より一段高い。その上に、父親である不破光治のお墨付きだ。
いや、ホントいい所に都合のいい人が来てくれた。
そう嫌そうな顔しないでくださいよ。
当初必要なのは年貢の追加徴収(ただし越前全国)と、それを納める共同倉庫の設立(築城知識があると便利)ですから、不破様のいままでの経験で十分可能なわけですね。
ところで、不破家は織田家からの与力で、前田家の部下ではなく。それ故に、直接与力を評価する権限を前田家は持っていない。
そこはよくわかっているでしょう。
話は変わるのですが、私は定期的に安土城へ越前支援の話し合いに行く事になっています。さらに、先の手取川の戦いで負った借金返済の話し会いに、何度も安土に行く予定なのです。
この意味が分かりますね。
直光様。




