90 上杉対策
仕事で忙殺されつつ年の瀬を迎える。
え?デスマーチ?ああ、今オレの隣で寝て…いや、フィーバーしているよ。
終わらねええええ!!
もともと、簡単に終わるとは思っていなかったけど、実際やっぱり終わらねえ!!
おのれ上杉!
まあ、越前の生産量の安定&向上により加賀最前線への補充も順調に進んでいる。何は置いても上杉対策は前田家の最重要項目だ。賦役に関しても、越前最大の生産地である九頭竜川一帯の治水より、対上杉の防衛施設設営に重点をおいた分配計画を立てている。
とりあえず、越前の内政計画を立てて作業が進められるようになっている。今年の正月は銀千代を膝に乗せて正月を迎えられそうだ。
え?今年の織田家へのお代わり要求に同行?借金の返済計画の許可をもらって来い?
そうですか、安土ですか…
おのれ上杉!!(ビキビキ)
天正六年二月
上杉軍が再び動き出した。名目は北条討伐である。
だが、北条討伐を罠として織田家に刃を向けても不思議ではない状況だ。
何せ、先の手取川の勝利により上杉軍の士気が大きく上がり、相対して織田家は萎縮している。進んでいるとはいえ、越前単体での敗戦の回復は完全ではない。北条家と織田家なら、織田家の方が組みしやすいと思う可能性もある。
というわけで北の庄城。
評定の間は沈痛な面持ちである。まあ、当初の喧々囂々でケンカ開始十秒前のように殺気立ってはいない分、まだましだった。
それを収めたのはオレの義理の兄でもある奥村様だ。理路整然と問題点を並べ解決策を提示し対応していく。
「まず、上杉が宣言どおり北条に向かうなら、問題はありません。逆にこちらから蠢動し、上杉の後顧の憂いとなれば、北条支援となります。それは、こちらが攻められた場合に北条に同じ事をしてもらえる“貸し”となりましょう」
「では、上杉がこちらに来たら?」
重臣の言葉に奥村様が答える。
「問題ありません。そもそも、越前加賀に殿がおられるのは、北陸の抑えのため。これまで、手取川を境に砦や付け城を建てたのは、この為ではありませんか」
織田家の中での前田家の役割としては正しい。しかし、実際問題として、上杉軍を前田軍だけで抑える事は難しいのも事実だ。
恐らく、織田本隊が来るまで足止めをするしか手段はない。
そして、織田家は現在石山本願寺と本格的に事を構えており、その支援をする毛利に対抗している。
唯一の救いは、織田家が越前前田家を見捨てる事がない点だ。北陸方面軍である前田家を見捨てれば、甲斐信濃を攻める柴田家や、中国地方丹波を攻める羽柴家など、織田家の屋台骨の家臣との間に致命的な問題が発生する。
最悪でも、敗戦のフォローをする程度の動きはあるはずだ。
本当に最悪の事態だな。
「先の手取川の戦から四ヶ月。兵の補充はどこまですすんでいる?」
殿の言葉に、前田慶次郎はさらりと答える。
「府中勢の編成は終わってござる。必要ならいつでも大聖寺城へ向かえます。三直殿。兵糧に関しては?」
なんというか、府中城近隣の前田家への協力意識は驚くほど高い。先の手取川での敗戦後に、独自で義勇軍を作って前田軍を支援しようとしたくらいだ。
おかげで、先の敗戦から真っ先に復帰し、今回の問題対策の第一陣として準備している。
まあ、兵の補充はそっちで完了しているが、その補給に関してはこっちの仕事になるわけだ。
「すでに、加賀への物資の補充は完了しています。越前も合わせれば、先の能登援軍時の兵数でも養えるだけの用意はあります」
もちろんコレにはカラクリがある。年貢徴収が終わって間がない事。国内賦役が本格化していない事。そして、借金返済分をまだ引いていないからだ。決算が終わるまでは自分の資産としているが、抵当に入った品も含まれますという事だ。それを馬鹿正直に敵に話す必要はない。
最悪、このレベルまで消費が食い込んでも、織田家が借金のケツ持ちをしてくれるので返済に関しては問題ない。
粉飾決算?違います。記録上はキチンと正確に記録されています。ただ、現物を見ただけでは、それがわからないだけです。
金融商品は、その持ち主がだれかきちんと把握しましょうという話である。
なんだろう。どんどん備蓄管理が複雑化している気がする。
こんな誤魔化しをしているのは、上杉に対しての意味もある。織田に隣接した上杉が越前前田家を無視できるはずもなく、情報収集をしている事だろう。
莫大な備蓄はそれだけで力の象徴だ。粉飾した備蓄であっても、それを見せつけるだけでも意味がある。そして見ただけでは、その備蓄が抵当に入っているかどうかの判断はできない。
上杉の密偵が、ウチの最先端の内政記帳内容も理解できるならバレるのだが、そんな希少な人材はいないと想定している。
居たら、万金積んでウチにスカウトするわ。内政的に考えて。内政的に考えて。
切実な問題なので二回言いました。
よしんば上杉がすべてにおいてオレ達の上を行き、最低最悪の形で越前が奪われても、上杉の上洛はそこで終了だ。
なにせ、越前の税率は四公六民だ、
上杉が越前を支配すると仮定すると、この税率を維持できない。自国と同じように越前で税をとろうとするだろう。
越前の民からすれば、せっかく良くなってきた生活を奪われるに等しい。
そうでなくても、一揆一揆また一揆と加賀にも負けない内紛を起していた土地だ。そして越前は、加賀のように一揆を制御する宗教団体が壊滅(形骸化)している。
上杉の名目が上洛であるなら、越前で止まらず近江から京へ行く必要がある。あるいは、直接織田家本拠地を襲うために美濃尾張へ進むかもしれない。
そして、そのどちらの道を行くとしても、越前を通らなければならない。
上洛途中で越前が寝返ったら、上洛する上杉は越後から切り離されることになる。織田家で言う金ヶ崎の逆バージョンだ。
そして、寝返らせる方法は簡単だ。織田家が『四公六民』の旗を掲げて越前へ進めばいい。
数年の善政を強いた織田家に越前の民は喜んで協力するだろう。もし、殿が戦死しているなら、安土にいる嫡男の前田 利勝様を大将にすえれば大義名分が立つ。
つまり上杉が上洛する場合、この越前自体が最大の弱点となるのだ。
もし、それを回避しようとするなら、上杉は越前を数年にわたって支配し、体制を確立させなければならない。
その間に織田家が勢力を盛り返したり、上杉の本拠地越後の隣にある信濃を織田家に取られたら終了だ。
本拠地防衛の為に上杉が引けば、やっぱり織田家は『四公六民』の旗を掲げて進むだけで、越前は円満に織田領に戻る。上杉にしてみれば『ふりだしに戻る』というヤツだ。
現段階で、上杉が安心して上洛するには越前をよけて進む道を見つける必要があるわけだ。
ワープ装置でも発見されない限り、地理的に不可能である。
つまり、この状況を理解していれば、上杉が無策で上洛し織田家と雌雄を決する選択肢は存在しない。戦で勝つ以前の話と、勝った後の話で終わっている。まさしく「後先考えない」かぎりありえないのだ。
可能な方法としては、北陸を完全に支配して、石高を安定させて生産力を上げ、越前を支援できる経済&生産体制を作れば、越前の税率を維持させる事も出来るけど。それが出来るまで何年かかるんだよという話である。
織田家がアレだけの経済圏を作るのに十数年を要している。
少なくとも北陸を取って四ヶ月の上杉には不可能だ。出来るとしたら本当に上杉謙信が神様だった場合くらいなものである。
その時は、豊穣の神様として一乗谷に祀ってやるよ!
となれば、上杉の方針は本当に北条なのだろう。
もっとも、そうだとわかっても、前田家は何もしないわけにもいかないわけだ。「最悪前田家が滅んでも上杉も終わりですから」とは言えないわけだ。
「よし、慶次郎。府中の兵を大聖寺城に入れ、上杉の出方を警戒せよ。同時に、手取川の防衛柵を補強する。トシ、資材のほうは頼むぞ」
「ハハッ」
殿の言葉に頭を下げる。どうやらオレはこのまま加賀へ行くらしい。
あえて、言っておくが、我が家があるのは越前である。
…ああ、家に帰りたい。




