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07-2 仕置き~その2

兵は神速を尊ぶ。

夕方出発し、そのまま日が落ちると同時に、庄屋の家へ。

アポナシ突撃です。


扉を開けて、ずかずかと上り込む。居間には十数人の男女が囲炉裏を中心に座っている。老若男女まさに家族といえるだろう。


「御免。」


にこやかに入場。状況に混乱している間に、部下が入り込み、不審な動きをしないように固める。


「結構ですな。」

「いったいなにを…」


家の中には総勢12人。最初に荒子城で見回りをした際、各村の庄屋と有力者に挨拶しに行っている。挨拶は重要。社会人の基本。そして、その時に、この村の庄屋の家の人数はしっかりと記憶している。庄屋とその両親、長女とその婿。長男と次男に、次女と三女の赤ん坊に、小者が1人の計10人。

見覚えのない人間二人を見つけるのは容易である。


「そこのお二人。ちょっとこちらへ・・・」

「こ、この二人は私の遠縁…」


ヒュッ!

手を横に振って庄屋の口をだまらせる。


「庄屋。あなたの言葉は求めておりません。さて、お二人ともこちらへ。」


抵抗されると困るので、配下の者に武器をもっていないか確かめさせてから、言葉を続ける。


「私はね。寺育ちの元小坊主なんですよ。だからわかる。寺で育ったものなら備わっているもの、農民であれば備わっているもの。歩き方、話し方、仕草、ええ、あなたにはわからないでしょう。だが、拙者はわかる。」


二人の動きがピクリと止まる。本当かって?ああ、嘘だ。だが間抜けはみつかったな。某ヤレヤレ主人公の真似をしてみるが。

てか、どう見ても不自然なんだよ。なんで年若い男二人が上座に座ってるんだ?この庄屋の家で、庄屋よりも偉い客って誰だ?しかもやたら小奇麗だ。ほかの農民と同じような服を着ているが、夏の収穫前のこの時期に、汚れていない。

疑ってカマをかけるには十分である。


「連れて行きなさい。」


二人が小屋から出たことを見届けて、再び庄屋に向き直る。


「さて、遠縁の方でしたな。では、お聞きしましょう。どのような血縁です?どこの村の人です?年はいくつです?両親の名前は?兄弟は何人ですか?ええ、ええ、後であのお二人にも聞いてみますよ。当然、その答えは一致する。当たり前の事ですからな。血縁なら当たり前のことです。一切合財一致する。口裏を合わせずとも一致する。そうですな。庄屋殿。」


共犯を別々に尋問するのは警察の事情徴収の基本です。嘘偽り証言やごまかしは、これで解決。

ちょっと手間だけど、真実の前では小さな労力である。


すでに顔面蒼白の庄屋。

なんだか、状況証拠だけで有罪にできそうな勢いだ。まあ、火曜サスペンスも刑事ドラマもない世界で、いきなり「犯人はお前だ!」をされれば動揺もするだろう。


数名の配下に家探しをさせると、ほどなく一枚の起請文を見つけてきた。

起請文というのは、神仏にかける契約書だ。これを破れば天罰を受けるという、この時代のポピュラーな契約書だ。それは神聖なもので、当然朴訥な農民はそれを重要視する。物のない時代だ、そんな大切なものを場所は限られている。

記載されている内容に目を通す。物理証拠もこれで完了。


「さて、庄屋。」

「…」

「米蔵を開けよ。」



米蔵の中は米俵でいっぱいだった。

秋の収穫を前にした夏のこの時期にである。

まあ、理由は隠し田とか、ちょろまかし続けた量だろう。

なんに使うかって?そりゃ、この時代ドライブスルーもサービスエリアもないんだから移動中の食糧というのは基本自前である。食い物がなければ移動できない、というか移動しようと普通は思わない。

行った先での食料の心配もしなければならない。戦で食糧は必須。当たり前のことである。

この米持って長島に駆けつければ、「我々はまだ10年は戦える。」となるわけだ。10年は無理だけど。

さて、


「…不要だな」

「は?」

「間もなく稲刈りだ。これほどの兵糧は不要だな。」

「…」

「数俵を残して持ち出せ…庄屋。よいな。」

「…」


庄屋からの返事はない。

庄屋の荷車を使って、米を運び出す。


庄屋をそのまま家に押し込んで、米俵満載の荷車が出ていくのを見送る。見ると村のものらしい農民が遠巻きにこちらを見ている。そりゃ、突然兵士が庄屋の家を囲めば、不安になろうというものだ。


「お~い、お~い。」


声を賭けつつ手招きをする。

遠巻きの農民は来ない。ちょっと、ブロークンハート。軽くへこむ。

腰の大小を外して、配下に渡すとニコニコ笑いながら人だかりへ進む。


その状態でも、向かうと一瞬逃げるようなしぐさを見せたので、両手をヒラヒラとしながら、踊るような足取りで近づくと、とりあえず無害なのだと理解されたようだ。


「どうしたんじゃ?」


おれの言葉に面食らう農民。


「いや、どうしたもなにも…」

「うんうん。わかっとるわかっとる。不安なのはよ~く分っとる。」


大げさな身振り手振りでうんうんとうなずく。


「実はな、一向宗が岐阜の大殿に反旗を翻すことになったそうじゃ。」


ザワザワ。

耳をそばだてていた農民の顔が不安に駆られる。


「大丈夫じゃ大丈夫じゃ。兵を差し向けるようなことはせん。」

「だども、庄屋が…」

「わかっとる。だが安心せい。庄屋も村も誰も処罰されんようにする。」

「ほんとだか?」

「おう。ただ…」


満面の笑顔から、一気に表情を暗くする。


「…」

「…」


不安を助長するようにわざと沈黙を作ってから、声を出す。


「…ただ、このまま一向宗を信じるってわけにはいかん。そこまでは、岐阜の大殿も許してはくれまい。」


農民の何割かの表情が、明るくなる。まあ、「なんだ、そんなことか」と思ったのだろう。


「だども…」


農民の一人が、声を上げる。


「おら、死んだ爺さんにお経を上げてもらっただ。」

「んだ、うちのとっちゃんの時にも、和尚さんに来てもらっただ。」

「寺なんぞ、ここにはないからのう…」


さすが宗教団体。最後の最後で情に訴えるか。だが、残念だったな。オレもそっちの世界出身なんだ。


「安心せい。こう見えてもワシは寺の出だ。わしの寺に手紙を書いて、ここに寺を建ててもらうようにお願いしておる。」

「…は?」


あまりの話に農民一同ついて来れないようだ。


「ただし!」


わざと大声を出して、一同の視線をあつめる。


「秋の収穫が終わったら、寺を建ててもらう事になる。その賦役を願う事になる。そこはすまんが勘弁してくれ。」


まあ、立つは天台宗の寺なんだけどね。

とりあえず、頭である庄屋は押さえただけで、体である村民の方も情報を与えて不安を霧散させた事で想定外の暴発を抑止する。

ぶっちゃけ、武装していても10人程度の人数しかいないオレ達では、この村の農民(戦争経験者&装備あり)が30人も出てきたら終わる。

飴と鞭って素晴らしい。




話す事だけ話したので、農民達から離れて庄屋の方に戻る。大小を腰に差すと、厳しい表情で戻る。

勢いよく扉を開けると、全員がビクッッと体をこわばらせた。

母屋では庄屋家族一同で固まって座っている。


「庄屋。何か言い逃れはあるか?」


オレの言葉に深々と土下座する庄屋。


「なにとぞ、家族だけは…」


この時代、罪は親子親類にまで及ぶ。一族郎党の一族は家族だし、郎党というのは部下や配下だ。つまり、ここにいる小者に至るまで全員罪に問わなければならない。


「…連座。」


オレの言葉に、庄屋以下、全員が体をこわばらせる。


「と、言いたいが。」


意外な言葉に、庄屋が不審げにうかがう。

庄屋の視線を受けて、オレはニヤリと笑う。


「今回の件は、大殿はもとより殿にもまだ報告しておらん。今回の事は、オレの胸一つに収める事もできる。」

「な、なにとぞ!!」


オレの足にすがり、頭を床にこすり付ける庄屋。


「では、申し付ける。一つ。以後、一向宗の信仰は禁止する事。一つ、隠居せよ。その娘婿をもって村の監督を任す。一つ、今年の収穫時に代官を派遣する故、委細なく年貢を納める事。一つ、寺を建立する事、追って指示は出す。これらは庄屋がつつがなく執り行うように。以上、後日書面にて提示する。よいな。」

「…は、ははっ!」


内容を理解するまで数瞬。理解した瞬間、米つきバッタみたいに、頭を上げたり下げたり忙しい庄屋。

まあ、一家全員死罪確実のところを、実際おとがめなしである。隠居といっても、影響力は保ったままだし、賦役に関しては、別に何もない時でもあるといえばある事だ。


重要なのは、一向一揆に参加できない事なんだけど、そこらへんは考慮の範囲外だ。農民はしたたかである。


「おお、そうだ。」


出ようとするところに、振り返る。涙目でこちらを見ていた庄屋は、再び平伏する。


「すでに荒子を出た者達も処罰はせん。家族で温かく迎えてやれ。ただし、その者は重い賦役を課すことになるし、怠けることまかりならん。よいな。」


すでに一向宗に合流していた奴らも、これで帰れるはずだ。後がないとわかれば死に物狂いになるが、戻ってもオッケイのお許しが出て家族が待っているなら、戻ってくる奴もいるだろう。冬の賦役までの時間設定付きだがな。






戻って報告すると、木村様が渋い顔をした。


「優しすぎではないか?」

「多少、甘くしましたけど。今は十分ですよ。」

「隠居ではなく、首をはねるべきだと思うぞ。謀反を企てたのだからな。」


その言葉に、しばし考えるふりをする。


「確かに、少し優しすぎましたね。とはいえ、楽な話でもありませんよ。これから刈り入れの時期です。庄屋がいなければ、手間取りましょう。次に、代官を置くことを認めさせました。今年は間違いなくごまかしなしで年貢を払うでしょう。これで、隠田を見つけてその分も年貢を取ることができます。最後に、寺の建立は村総出で何とかしてくれるはずです。こちらの懐は痛みません。そして、天台宗の僧侶が見ておれば、一向宗もそうそう入り込みはしないでしょう?」


しかし、木村様は渋る。

まあ、その理由はわからなくもない。あの村の管轄は木村様だ。つまり、一向宗が造反すると木村様のマイナス点になる。下手すると罰を受ける可能性もあるのだ。


「となると…」


拝むように手を合わせて木村様にぺこりと頭を下げる。


「こちらも、勝手に対処してしまった手前、これ以上罰を重ねるわけにはいかんのです。」

「であるなら…」


木村様の言葉を遮るように続ける。


「で、どうでしょう。あの村は木村様の代官として某を派遣したという事にしてはいただけませぬか?某はそれであの村に面目が立ちますし、差配の正当性さえいただければ、なんとでも致しますゆえ?」


オレの言葉に木村様がしばし考える。

お前に悪い事はないだろう。そりゃ、全く罰がないとは言わないが、オレが全部やりましたってことにできるんだから。


「勝手に約束した年貢徴収時の代官も某が行いまする。此度の件は、状況だけ木村様に報告したのみで、事の詳細は三直が行いましたとさせていただければ、決して木村様の面目をつぶすようなことはいたしません。」

「…よかろう。」


ペコペコ頭を下げる俺を見て、木村様が答える。


「ありがとうございます。」


再度深々とお辞儀をする。まあ、あの村が木村様管理の中で重要度の低いリスクの多い案件であったことは調査済み。まあ、一向宗に転がるほど影響力が薄れているのだ。それも仕方ないだろう。

ま、確約をもらったことで、あの村は(代官だけど)オレ管理の村という事になるわけだ。しかも、スタート時にオレの庄屋への影響力にはボーナスポイント付きというわけだ。


「さて、手紙を書くか。」


差配のすべてをオレがするという事で、オレは庄屋から徴収した米の管理も任されたことになる。これを荒子城に入れても意味がナイ(全くないわけじゃないけど)。

後は岐阜にいる殿に手紙を書き、回収した米を送れば、ミッションコンプリートだ。


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