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86 手取川~その6

槍を合わせて上杉軍のほり 才助さいすけは舌を巻いた。


「(手練だ)」


生来の巨躯と力の強さで、優れた武勇を誇っていた才助だったが、激戦地とも言える北壁の最前線でも、その力を遺憾なく発揮していた。

そんな中、何人目かの敵に手柄首を見つけたのだ。

立派な鎧武者だ。

自慢の豪腕による攻撃を二度三度繰り出すが、巧みに槍を振るい、そのすべてをいなしている。

恐るべき強敵。武勇を誇る武者として意味のある相手だ。


「ワシは宇津呂丹波の家臣 堀才助。そこもとは?」


堀の言葉に、面当てをした相手は槍を構えたまま答える。


「前田加賀守利家」


その言葉に堀は目をむいた。手柄首だとは思ったが、まさか相手は敵の総大将!?

予想だにしなかった返事に堀は驚いた。それゆえに致命的な二つの間違いを犯した。


一つは、知らなかった事。

前田利家が今回の織田軍の総大将だという事を堀は知っていた。

しかし、それしか知らなかった。

敵の総大将が、若い頃から武勲を重ね『槍の又左』と呼ばれた戦場の猛者である事を。春井堤の戦いで織田信長に『天下一の槍』とたたえられた歴戦の古強者である事を知らなかった。

そして、もう一つの致命的な間違い。

そのような、歴戦の猛者の前で“驚いてしまった”事だ。


その隙を見逃すはずも無く、戦巧者の朱槍が戦場に赤い線を引く。

まるで紅の墨を引いたように、赤い血しぶきが舞った。




「堀才助。前田加賀守が討ち取ったり!」


その名乗りに敵味方が驚いた。

だが、高畠定吉は主君の名乗りを聞いて顔を覆った。この状況で自分の場所を声高に名乗る!?


「バカかあいつは!」


しかし、貶すと同時にその口元には笑みが浮かんでいる。

二歳年上の幼馴染として、前田家荒子で利家の給仕をし、利家の出世に合わせて家臣として地位を手に入れてきた。良くも悪くも良識ある高畠家の子として、破天荒な利家の尻拭いばかりしていた記憶がある。

だが、嫌いではなかった。武勇に優れ、忠義に厚い、頼れる男。

放逐されてなお桶狭間で首印をあげ、それでも復帰できなかった時はらわたが煮えくり返ったほどだ。それでも努力を続け織田家に帰参し、金ヶ崎、春井堤、日野城と武勇を重ねる。

年上として、その武勇を妬ましいと思ったこともある。だが、同時にあこがれていたのだ。

一城の主となり、一国を支配するようになり、官位を得る。

迷惑ばかりかける幼馴染にして尊敬する我が主君。


「近習集まれ。殿の元へ行く。ワシに続け!」


まだ混迷する激戦区。名乗りの聞こえた北壁の最前線に向かって、定吉は走り出す。

進む先に、上杉の精鋭らしい巨漢の兵達がいる。


「命を惜しむな。殿の元にたどり着けねば、どのみち終わりだぞ!」


だが定吉は迷うことなく一直線に突き進む。

破天荒な弟にして義理の兄。いつまでたってもオレの役目は尻ぬぐいらしい。

だが、一生をかけられる尻拭いだ。




まさかの総大将の名乗りに、織田軍から気勢が上がる。士気の上がった前田軍の奮闘により戦線は再びこう着状態へと持ち直した。

しかし、それは上杉軍にも、織田軍の総大将の存在を知らしめる事となった。


「堀才助。前田加賀守に討ち取られました!!」

「加賀守があそこにいるのか!?」


まさかの敵大将との遭遇に、気勢を上げる側近たち。

だが、上杉謙信の口元に別の笑みが浮かぶ。


「奇なりか…」


噛み合った。この戦いが始まって、ずっと残っていたしこりが、雪解け水のように氷解した。

別人の策を、別人が采配し、そして顔だけが前田加賀守。噛み合わぬはずだ。

そして、見抜かれた。その奇策を読み解けたが故に、この軍神上杉謙信の心が見抜かれた事を悟った。

ほんの僅か、かつては常に感じた、名を馳せるほど離れて行ったあの感覚。あの川中島で溺れるほど感じたあの感覚が蘇る。

それを、味わうように、なぶるように、懐かしむように、しばし堪能すると部下に命じた。


「投了だな。陣貝を吹け」




オレの耳に聞きなれない陣貝の音が届いた。織田軍の合図ではない。となれば上杉軍側である。見上げると雨はやみ、曇の合間に空が見え始めていた。

この時間で、このタイミングで、初めて聞く敵の合図。


「詰んだな」


小さくため息をついた。

予想外の事はついに起こらず。そして予想通りに織田軍は敗れたのだ。

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