表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/137

84 手取川~その4

軍配を握って、堀秀政は困惑した。

言っていることはわかる。わかるのだが、この状況が理解できない。

いや、理解はしているのだ。


本陣に総大将の前田利家がおらず、軍目付の自分が采配を握っている。


本陣にあるべき総大将が前線に立ち、軍目付としての自分が本陣にいる。

出鱈目にもほどがある。

だが、その言わんとしていることはわかるのだ。二刻で立てた砦に、織田軍が入っても、万の兵を籠城の為に再編成する時間はない。であるなら、各武将ごとに各城壁へ配備するのは理にかなっている。

そして、最も激戦が予想される北側に、最大戦力を配置するのもわかる。だが、だからといって総大将の前田軍を置くのはどうなのだろうか。

確かに、織田の弱兵と上杉の精鋭が激突すれば織田の不利だ。しかし、主力を配置する事で、上杉軍を数で勝る事が出来る。戦において、数が多い方が有利であることは自明の理だ。

その理を備えながら、総大将を危険に晒すという道理から外れた布陣。


「その内容は詭道。しかし、その実は正道。おかしなものだ」


そして、その奇策は同時に諸刃の刃であった。戦いが長期化すれば、より多く兵を戦いに投入している方が、兵を休ませる余裕がなくなる。疲労の回復が遅くなる。戦が長くなればなるほど、それは顕著に表れる。それはそのまま総大将の危険が増加する事も意味している。

その意見を、彼は一つの策をもって抑え込んだ。


「雨が上がれば決着か。そら恐ろしいものよ」


雨によらず秀政はブルリと震えた。それは、この戦いの趨勢を読んだ一人の男の言葉によるものだった。まだ戦いが始まっていないというのに、その男は戦の終わり方まで見通しているのだ。


そして、この感覚に秀政は覚えがあった。

先年、雑賀攻略で協力した今孔明の時と同じものだったからだ。

そして、竹中半兵衛とは違う点がある。半兵衛の時は、そこまでの道筋まで見えている。しかし、前田の今士元が見る場所へ行くには、自分たちの奮闘がなければ無理という点だ。


「どちらにしろ、楽はできんな」




ガラガラガラ


荷車がぬかるんだ地面を蹴るように、忙しく走り回る。その台車に乗っているのは建材だ。この砦を作るために用意された建材が、切り分けられ、各部隊に分配されている。


「矢はともかく、この河原では十分な礫が集まりません。しかし、建材を細かくすることで、即席の礫となります」


正直言うと手取川の氾濫で、半分近い建材が消滅していた。そりゃ、普通の川に流した墨俣とちがって、氾濫している手取川だ。難易度が決定的に違う。

なんとか、壁と櫓分は確保できたが、それ以外は時間的にも資材的にも無理な話だ。

その余った使い道のない建材の利用法は、もう敵にぶつけるしか利用法はないだろう。

心もとない代用品ではあるが、使えるだけましだ。

使える物はなんだって使うしかない。


「「ぉぉぉぉぉ…」」


遠くで、怒声が聞こえる。どうやら始まったようだ。




流石に苦戦している。

戦闘が開始して数刻。東壁では、上杉景虎を相手に、丹羽長秀は粘り強く城壁を守っていた。

だが、有り余る量の矢や礫をつかっても、精強な上杉軍を完全に押しとどめる事は出来なかった。

城壁に寄られ索(さく:鉤のついた縄)で城壁を倒そうと上杉軍が群がる。そこへ矢の一斉射などをしてしのいでいるが、時間と共に上杉軍に寄られる城壁が増え、攻撃が分散されていく。

すでにいくつかの城壁は、斜めにかしいでいた。


(このままではもたないな)


その状況に、丹羽長秀は一つの決断をする。


「押せ」

「は?」


長秀の言葉に、側近が聞き返す。


「倒れそうな城壁をこちらから押倒せ。倒れた城壁を足場に足軽を展開。堅陣をもって、野戦に持ち込む」


城壁が倒れれば、敵はそこを狙ってくるだろう。そうなればどうする?

別の城壁を押し倒して敵の横を突けばよい。もろい城壁ならそれが可能だ。その後の回収にも、同じことをすればいい。出口も入口も作ればよいのだ。

そしてはたと気が付く。

(やられた)

自分でそう命じて気が付き、前田の今士元の考えに舌を巻いた。

そうか。なんてことはない。織田軍は、この砦を守る必要すらないのだ。

敗北、撤退、防衛戦。しかし、劣勢である織田軍だがすべてを取り払ってみれば、上杉軍2万対織田軍3万。兵の強弱を入れても、絶望するような戦力比ではない。

敵より多い数でしのぐ。城壁の有無を差し引いても、十分可能な話だ。

なぜ、最初からそれをしないのか?織田軍を背水の陣に追いやる為だ。生きるために死力を尽くし、慢心できるような要素を排除する。籠城戦において、砦の防衛力もそうだが、なによりも士気の維持と言うのは重要な要素だ。

背水の陣で覚悟を決めさせ、大将自から前線で鼓舞をする。

これらはすべて兵の士気を上げる当たり前の軍略だ。

そして、実際に数の有利で押し返せばどうなる?予想外に対抗できていると知れば、上杉軍への恐れは消える。

防衛線において何より必要な士気を保つ事が出来る。


「鳳雛か…」

「殿?」

「よい。各隊長たちに伝えよ。すべての城壁を倒しても構わん。奴らを引っ掻き回してやれ」


その策謀に舌を巻きながら、それでも苦戦は免れない事を、歴戦の武将である丹羽長秀は実感していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ