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83 手取川~その3

上杉謙信の「毘」旗印を見た時、北壁の兵はたじろいだ。

長方形をした砦の一番広い場所が北壁だ。敵も当然最も多い数の兵を配置している。

そこに最強最大の上杉謙信が出る事は当然でもあった。


しかしそれは、織田軍とて同じ事。

怯む雑兵を、後ろからの声がそれをとどめる。


「怯むな!!軍神。毘沙門天。それがどうした。戦う兵は神ではない。毘沙門天でも神の使いでもない。人だ!!」


その声に振り返った兵は驚いた。

勝虫トンボの前立て。前田加賀守利家その人が、最前線の兵を鼓舞しているのだ。


「か、加賀様。なんでここに!?」

「あん?お前ら越前加賀の兵は忘れたのか。『大将は最前線にいろ』。誰が言った言葉じゃ?越前の名将 朝倉あさくら 宗滴そうてき殿の言葉じゃ。ワシは覚えているぞ。『巧者の大将と申すは、一度大事の後に合いたるを申すべく候』。この戦いは負けじゃ。だからどうした。わしらはまだ生きているぞ。負けたからと言って死んでやる義理はない。思い出せ!犬畜生と呼ばれようとも、勝つことが本にて候だ!武器を取れ。声を上げろ!」


そして、手にもつ朱塗りの大槍をかかげる。


「この戦い。冥土の土産にするか、後世の誉れにするかはお前ら次第じゃ。押し返せ!叩き返せ!オレ達が死んでやる義理はない。なら、犬畜生になって戦ってやれ。命を捨てろ。それしか生き残る道はない!だが、生き延びたら。オレ達の勝ちだ!!」

「「おおお!!」」


戦場で目立つ朱塗りの大槍を振り回し、槍の又左は心の中で笑った。

もしかしたら、前線で槍を振るえる最後の機会なのかもしれない。


だが、その最後の相手が軍神なら。犬には上等すぎる相手だ。




「まったく。最近、少しは落ち着いたと思ったが…」


悪態をつきながらも村井むらい 長頼ながよりは苦笑する。前田利家が『槍の又左』として前線で武勲を挙げる横にいつもいた歴戦の武者であり腹心でもある。最近では統治者として兵を指揮していた主君が、昔のように血気盛んに前線で鼓舞する姿を、危なっかしくも懐かしく思い目を細める。

そして、自分の隣で何度も槍を握りなおす高畠たかばたけ 定吉さだよしに声をかける。


「落ち着け、孫十郎」

「わかっておる。これは武者震いだ」


定吉とは、荒子時代から同じ釜の飯を食べた間柄だ。何度も戦を経験しているが、こんな状況は初めてだろう。まさか主力ともいえる前田軍が前線に配備されるのだ。主力だからこそ配備されたともいえるのだが、この状況で相手は戦国最強とも呼ばれる上杉謙信である。緊張するなというほうが無理だ。


「…長八郎。なんとしても殿は守るぞ」


そんな状況で、なおそう言う定吉の甲冑に笑って拳をぶつける。


「大丈夫さ。この程度で武運尽きていたら、当の昔に野に屍をさらしていたさ」


そういって、いまだ降り続く曇天を見上げる。


「この雨、この状況。だが、前の時はもっとひどかった。それでも殿は武勲を挙げ生き延びたよ」

「前の時?」


定吉の言葉に、長頼は歯を見せて笑ってみせた。


「桶狭間さ」




「慶次郎。なにをふてくされているんだ?」

「朱塗りの槍を持っていかれたら腐りたくもなるだろう?」


西壁の一角で、子供みたいにむくれる前田慶次郎を奥村永福が笑う。

前線に立つことで士気を上げる大将が、目立つ朱槍を持つことには意味がある。その為に、身内の中で、共に大柄で長身の槍を持つ慶次郎の槍が、より目立つべく総大将の手に渡されたのである。


「負け戦の武勲こそ華ではないのか?」


その言葉に、ジロリと睨む慶次郎。


「そんなことはわかっている。だが、このお膳立てが気に入らん」

「…プッ」


慶次郎の表情を見ていた奥村が、突然ふき出した。

眉間に皺を寄せる慶次郎。


「…なんだよ」

「そうか、そうか。気に入らんか。だが、お前は楽しそうだ。」

「…」


長年の親友の言葉に言葉が詰まる。

分かっているのだ。この状況、この戦況、相対するこの敵。例え武運拙く屍をさらそうとも満足できる戦場が目の前にある。望んだ戦場が目の前にある。

だが、そのお膳立てされたモノが見え隠れする所が気に入らん。望みうる最高の戦場であるが故に、そこにちらつくモノが気に入らないのだ。


「だめだ。やっぱり気に入らん。」

「ならばどうする?」

「決まっている。いくさ人にできる事はただ一つ。全力で行く」

「当然だ。オレだって、まだまだ弟に負けていられん。軍神の計略も、弟の策略もここまでさ。ここからは、オレ達の戦だ」


気迫をみなぎらせて慶次郎は、親友にだけ聞こえるよう言う。


「狙うは手柄首」

「弟の鼻をあかせるには、それ位いるな。いいだろう。その道はオレが作ってやる」


戦意に満ちた顔で、奥村もニヤリと笑った。


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