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82 手取川~その2

「あんなものは見せかけにすぎん!ここは一気に叩くべきだ!!」


上杉軍の陣で斉藤さいとう 朝信とものぶが力説する。直江なおえ 信綱のぶつなもその意見に賛同していた。一夜で砦を建てた織田軍には驚いたものの、それが出来たのは、地盤の緩い川辺であったからだ。

そしてその利点はそのまま欠点になる。土台の脆弱な城壁など容易に打ち倒す事が出来る。

同じ結論に達している上杉うえすぎ 景勝かげかつ上杉うえすぎ 景虎かげとらは発言をせず、義理の父である上杉謙信の横で沈黙を守っている。

同じように、黙っていた上杉謙信が口を開いた。


「攻めよ」

「ハッ」


主君の言葉に、喜色満面で頭を下げる斉藤。脇に控える色部が声を上げる。


「壁の置かぬ南側は、いわば虎口。ここから進めば容易ですが、同時に増水する川を背にする背水の陣。罠を狙っているならば被害が増えます」


織田家の砦は一番広い北壁から口が細くなるように左右の壁が斜めに作られている。そして、大胆にも南側には城壁が無かった。普通に考えれば、ここから攻めるべきだ。だが、南に手取川を挟む砦を攻めるには、氾濫する川と砦との距離が狭い。川に落ちないように布陣すれば砦からの攻撃に晒されることになる。攻め込んだとしても、左右から迎撃は苛烈を極めるだろう。

その言葉に斉藤が笑う。


「そこを攻めねば良い。三方向から攻めのぼる。罠に回す兵すらなくなろう」


純粋な兵力に大きな差は無い。だが、精強な上杉の兵を相手に、弱兵の織田兵では同数でも勝ち目は低い。そうでなくても撤退の上に篭城という状況で、織田兵の士気も低い。わざわざ危険を冒す必要は無い。正攻法で十分に有利に進められる。


「景勝」


養父の言葉に景勝が顔を向ける。


「西より攻めよ。景虎と斉藤は東から」

「ハハッ」

「色部」

「はっ」

「北より、ワシに続け」

「義父上が出るのですか?」


驚いたように声を上げる景勝に、謙信の口元に笑みが浮かぶ。


「かみ合わぬ。この戦。ここに来て噛み合わぬものがある。それを知るには直接あたるのが最良」


かつて川中島で感じたような何かを感じて。上杉謙信は愛用の小豆長光の刀を抜いた。


「心配ない。毘沙門天の加護がある」




羽柴秀長殿より墨俣砦でのノウハウを教えてもらい、一乗谷建設で使うリサイクル建材の一部を確保し、手取川上流に豊岡衆に金を渡して建材を保管してもらう。あとはタイミングを見て流してもらうだけだ。

僅か二刻+撤退する時間で立てた急造の砦にしては上出来である。

本当は、上杉軍が手取川に来た時に、即座に建ててインパクトを与える&手取り川防衛ライン強化の為だったんだけどね。

そんな当初の構想よりも時間も状況も劣悪な中で、手札を切らざるを得なくなった。

そこまでして出来上がった即席の砦だが、雨でぬかるんだ立地にただ立てただけの木壁。櫓や物見台なんて、雨風しのげるだけの代物だ。不意の大風で倒れるかもしれない。

わざと南の川側の城壁をオミットして解放してみたが、案の定、敵にも無視されたようだ。

撤退中の織田軍を迅速に砦に入れる為の苦肉の策ではあるが、川に挟まれ大軍を展開できないし、逆にこっちは自由に出入りが出来る。

ここを攻める方法もないではないが、そうでなくても弱点だらけの砦だ。無理に危険を犯す必要はないと思ったのだろう。


出来そこないのハリボテの砦。

それでいい。

河原に建てただけの即席の砦で、上杉軍を押し返せるわけがない。向こうもそれを看破し、包囲して攻めてきている。

だが、それでいいのだ。

オレが求めているのは砦の防衛ではない。


一夜城の持つ意味。

別に、上杉軍が攻めてこようと攻めてこなかろうとどっちでもいいのだ。重要な事は、追撃が中止される事にある。

一夜で砦を立てられたインパクトを前に歴戦の上杉軍が猪突猛進するわけがない。そして、その砦が脆弱であると知れば、容赦なく襲ってくるだろう。上杉軍の有利は変わってはいない。

だが、脆弱であると知って攻城戦に切り替えた時点で、無防備に織田軍が攻撃される追撃戦ではなくなる。

そして、攻城戦になるが故に上杉の戦術をつぶせる。

戦国最強と言われた武田の騎馬隊に対する上杉の『車掛の陣』。上杉軍と戦ったことのない織田軍はこの戦術の対処法を知らない。話からすれば、機動力を使った特殊な攻撃なのだろう。映像も画像もない伝文だけの世界で、その内容を理解する事は出来なかった。

だが、唯一確定している事。それは、野戦でその効果を発揮するという事だ。少なくとも攻城戦の中で、ましてや、城の包囲戦において、この陣が使われた事はない。

戦場において、初めて見る敵の動きに対応する負担に比べれば、脆弱な砦を守って防戦する方がまだましという話だ。


もろい城壁。不安定な土台。

張子の虎なのは承知の上だ。だがその結果、逃走する織田軍と追撃する上杉軍という一方的な状況から、脆弱な砦で迎撃する織田軍とそれを攻める上杉軍という劣勢な状況に持ち直す。退路はなく追撃されるだけという絶望的な状況から、脆弱な防備で迎え撃つという状況に立て直せる。

ただ、その為の城。それだけの為に建てられた砦。張子の虎。だが、虎が出れば驚く。驚かせるだけの虎だ。

惨敗ではなく惜敗へ。完敗ではなく敗北へ。

敗けである事実は揺るがない。だが、なにもかも敗れたわけではない。


「さて、正念場だ」

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