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76 上杉侵攻~その2

能登の畠山家は、上杉に屈することなく籠城を開始。

そのまま、一カ月が過ぎ十月に突入するが、能登での上杉の行動に進展はない。

どうも、上杉が囲んでいる七尾城は想定以上の堅城で、攻めあぐねた上杉は周辺の支城を落として七尾城を孤立させる作戦に出たらしい。

奥村様も長期戦になるとみている。

そういうわけで、大聖寺城は臨戦態勢を解き、警戒状態に移行している。

そうなれば、オレが加賀にいる必要もない。帰れば楽しいデスマーチが手ぐすね引いて待っているわけだ。

が、帰る前に少しより道をする事になった。




「ほう。我らを雇うと」


上座に座る男は、お世辞にもきれいとは言えなかった。山賊か野生児といってもいいだろう。加賀の手取川の上流にある豊岡衆と呼ばれる豪族の一人である。


「ええ。上杉が来た時に策として、準備をしたいのです。こちらで用意しておくものを保管していてほしいのです。まあ、盗む価値も低いので置かせてもらうだけでも十分です」


そういって、銭の入った袋を差し出す。

ぶっちゃけ、この小手先の策はそう長い事隠す必要はない。上杉対策である以上、1年か2年の間に使う可能性は高い。

継続して出す費用もその程度だ。

加賀の一豪族でしかない男には大金だろうが、越前の収入から見れば端金に過ぎない。そんなオレの美味しすぎる提案を男は疑惑ありげな目で眺めた。


「上杉対策ともうされますが。加賀一向宗が上杉家と同盟したのを知って、それに対抗する策とやらに、われらが加担するとお思いか?」


手取川上流の豪族である豊岡衆は、その職種、能力、存在意義はばらばらである。何せ、この名称は手取り川上流の豪族達というククリでしかない。土地に根差して農業する者。川を利用して漁業をする者。林業などで商売をする者。なかには通行料を強要する野盗まがいの輩すらいる。さらに面倒な事に、これらを兼業しているのが大多数で、明確な線引きなどできない。職業選択の自由とかそういうレベルですらない。

織田家が加賀南部を支配したといっても、加賀一向衆の根強いこの地を完全に支配しているとは言えない状況だ。何せ、手取川を越えれば一向宗の領土であり、彼らはその川で生活しているのだ。都合が悪くなれば向こう側に逃げてしまえばよい。

一応、名目上、織田領にいるものは織田家に服従するというスタイルをとっているが、本当にただそれだけだ。

面従腹背で加賀一向衆に内通はあたりまえ、当然同盟を結んだ上杉に協力するのにためらいはないだろう。

その上での発言に、オレは笑って肩をすくめる。


「もちろん。加賀一向宗が・・・いえ、加賀のすべての民が上杉家を信頼するというなら、こんな願いをしようとは思いません」

「…」


加賀一向宗は加賀の豪族たちを従える一大勢力である。だが、残念なことにその支配体制は、旧態依然とした地元の豪族を、一向宗という旗印の下に集めただけの集団だ。

『百姓の持ちたる国』でしかなく、中央集権体制を作り、明確な支配体制を築く織田家とは根本的に違う。

そのすべてが一向宗に心酔する狂信者の集団であるわけもなく、また統一した命令系統をもつ社会的組織でもない。

あくまで、旗印である一向宗の意向を汲んで、頭を下げているだけだ。加賀一向宗が上杉家と同盟を結んだからといって、殺し合いを続けた上杉家を無条件に信頼するわけではないのだ。

上杉家と一向衆の争いの根は深い。農民が敵となる一揆相手に上杉が取れる行動は皆殺しだ。当然、殺せば殺すほど加賀の民の恨みの念は深くなる。

それをおさえての上杉との同盟は、あくまで利益関係あってのものだ。強大な敵があっての同盟。織田家が滅びれば、再び血みどろの殺し合いを続ける間柄だ。


「はっきりいいますが、私としては、加賀前田家になにかあった際は、即座に上杉に恭順してほしいくらいです。なにせ、再び織田家が加賀を取り返した時に、あなたに声をかければ、今と同じ関係が続けられますからね」

「…」

「私はあなた達が、前田家に絶対の忠誠を誓うとは思っていません。それどころか、こちらの命令に従ってもらう必要すらないのです」

「…なら、何を望む?」

「私は利益を与え、あなたは利益に見合った働きをする。それ故に、金を持ってきました。この利益分働いてください」

「それで、軍神に勝てると思っているのか?」

「逆に聞きますが、越後の上杉がどうやって織田家を滅ぼすんです?たとえ、前田加賀守様を打ち取り、越前加賀の織田兵を皆殺しにしても、織田家が滅びはしないのですよ。織田家の別の家臣がやってくるだけです」


そして、時間は織田家の味方だ。上杉が侵攻し能登、加賀を取っている間に、織田家が甲斐信濃を取れば、上杉は本拠地である越後を守らざるをえなくなる。ましてや、甲斐信濃を攻めているのは織田家の武闘派筆頭の柴田勝家だ。信濃から越後に侵攻するなら間違いなく彼が出る事になるだろう。それに対抗できるのは上杉謙信本人しかない。

つまり、甲斐の武田が滅びれば、越後の上杉は織田の武闘派である柴田家と前田家の二大巨頭に挟まれる形になる。それまで耐えればいいだけだ。

もし、上杉謙信が本当に常勝無敗の軍神であったとしても問題ない。北陸に攻めて来たら前田家は引き、柴田家が信濃から攻め込む。信濃に攻め込もうとしたら、加賀の前田家が北陸を攻め込む。後は領土を取ったり取られたりで上杉家は連戦。こちらの負担は半分だ。長期戦になっても十分対抗できる。その間に越前は復興し、甲斐信濃は磐石の態勢となり、越後は戦乱続きで荒廃する。

そして、万が一の致命的な失敗があったとしても、織田信長が戦場にいない。それ故に織田家が滅びる事はない。逆に上杉謙信は一度として敗れる事を許されない。

軍神がいかに戦争に強くとも脅威になりえない。

「相手に王将はいないけど飛車と角と戦ってください」とか、将棋のルールからすれば、どうしようもない状況である。

最強の駒であっても、ルールがある以上、無敵ではないのだ。


「それで、オレが得られる物はなんだ?」

「利益分は働いてくれるという信用です。それが、次回以降もあなたを選ぶ理由になります」

「お前に積極的に手を貸しはしないぞ。」

「もちろん、私もあなたに織田軍に参加しろとは言いません。無償で手伝えとも言いません。やるだけやって、さっさと逃げてくれれば問題ありません」


どうせ、加賀を手に入れた時、彼らが独立勢力として残れる可能性はないのだ。そうなれば、オレとのコネを利用して恭順する事になる。それを戦乱の世を生きる豪族であるこの男が理解できないわけがない。

隣接する織田家の強大さを知り、一向宗の情勢と越後の軍神との同盟を天秤にかければ、どちらか一点張りに命運を託すような博打を打てるわけがない。外に野心を持たない地元の豪族である彼らの命題は第一に生き延びる事だ。

甲賀、日野、越前を見ていれば、彼らのような豪族の処世術は明白である。

その貴重なコネが、向こうから銭袋をぶら下げてやってくるのだ。情勢によって、コネがなくなろうと受け取った銭は残る。

面従腹背。それはなにも織田家に対してのみの行動ではないのだ。


「では、物は後日」


まあ、無駄になればいいんだけど…


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