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73 越前農家

越前はひどい状況だった。

ここ数年続いた戦の話ではなく、それ以前の朝倉家時代の時から、ひどい状況だった。かつては小京都と呼ばれ繁栄していた越前だったが、公方様(足利将軍)が殺されたあたりからだんだんひどくなっていった。

新しい公方様が決まり一段落するかと思えば、越前の朝倉家は公方様に従う事をせず戦になった。

織田と言う家と戦う事になった。最初は有利だったのだが、やがて盛り返された。そのあたりからだ、年貢とは別に追加の徴収が始まったのは。

それは年々ひどくなった。そうでなくても、戦に駆り出されたために、農作業に影響が出ているというのにだ。

やがて朝倉家が滅びたが、越前は平和にならなかった。

越前の支配者が変わるたびに、人が減り田畑は荒れた。


ついこの間、織田家が戻ってきて、とりあえず平和になった。

珍しい事に、税金がべらぼうに安くなり、農閑期には賃金を支払って仕事までくれるらしい。

しかし、差し出す年貢の量を見て肩を落とした事を覚えている。

あれしか徴収しないで越前がやっていけるわけがない。また、追加の徴税があるはずだ。下手をすれば2度3度と奪い取られる可能性すらある。

織田家の数万の軍勢の行軍を見ていた俺達には、それに否と答える力はない。

事実、その時逆らった村は女子供老人に至るまで皆殺しにあっている。

賦役で銭を受け取ったが、それだってたいした額ではない。庄屋の名で、銭を集め追加徴収の際には米ではなく、銭で支払えないか交渉するつもりだ。

春の田植えを終え、去年の米も残り少ない。収穫量が少なかったのだが仕方ないが、今年も餓死者が出るだろう。

この銭を使えたら…




数日後、小姓を連れた立派な身なりの武士がやって来た。

先の年貢の時期に、いろいろ駆け回っていたのを覚えている。位の高い武士なのだろう。


「お前がこの村の庄屋だな」

「へえ」

「この村はどれだけ米が残っておる?」


馬上からの言葉に、心の中で溜息を吐く。案の定追加での取立てか。

そうでなくても、賦役に出たため裏作付けや内職がほとんど出来なかったのだ。裏作までは奪う事はないとは思いたいが、それでもなけなしの米を徴収するために来たらしい。

とうにあきらめていた。逆らえないのだ。這いつくばって差し出すしかない。

残った米の量を聞いてその武士は口を開いた。


「それで秋まで持つのか?」

「今年は作付けが遅かったので、難しいでしょう」

「庄屋。お前の村では何人賦役に出した?」

「22人でございます」

「その者達の銭は?」


武士の言葉に、再び心の中で溜息を吐く。ああ、やはり取り上げられるのか。とはいえ、話をそちらに持っていく手間がなくなったな。

だからと言って、何の役にも立たないが・・・


「うちで集めております。これで…」

「よし。後日、米商人がやってくる。その銭で米を買え」

「…は?」


この武士は何を言っているのだ?


「わかっていると思うが、アワやヒエなどを同時に買えば。嵩が増す。それだけあれば秋まで持つのではないか?」

「ええ…まあ多少は」

「では、そうせよ。それと、庄屋。お前に申し付ける」

「へ?」


この武士は何をしようとしているのだろうか?


「今ある銭を数え、それでどれだけ米を買ったか覚えておけ。後日人をやって聞き取りに来る故、委細抜かりなくせよ」

「…へえ」

「よいな。委細抜かりなくだぞ」


それだけ言うと、武士は小者を連れて去って行った。

とりあえず、庄屋は頬をつねったが夢ではないようだ。


4日後、狐やタヌキに化かされたわけではなく、あの武士の言った通り米商人がやって来た。言われた通り、銭で米を買い倉にはある程度の米が戻った。少なくとも次の収穫まで、持つ可能性が出てきたのだ。


しばらく後に、城の使いがやってきていくらで米をどれだけ買ったか聞き取ると、帳面に記入して帰って行った。

一カ月後、山向こうの村に来た米商人が処罰されたらしい。理由は不当な価格で米を売ったのだそうだ。


今度の領主様は、今までとは少し違うらしい。

庄屋はそう思った。



********



「よし、これで終わったーーー!!」


最後の額を記入し終えて、筆を置くとそのままごろんと後ろにひっくり返った。勝豊君が最後に残った記録を片付ける。


「端数を切り捨てての試算だが、やはり越前は広いな」


今まで貯まっていた記録を横目に見ながら、すでに冷めきった白湯を飲み干す。

別にやましい記録ではない、四公六民の笑っちゃうような年貢を徴収し、足りない分を織田家に出してもらう事で越前復興をしているのだが、一つ問題があった。

つまり、六民を手に入れた越前農民だ。

生産高が少なければ、六民でも手に入る米は当然少ない。

通常なら、裏作なり内職なりで足りない分を補填するのだが、越前賦役で労働力をかっさらったため、そちらに回す労働力が激減しているのだ。

そこで、賦役で支払った賃金で米商人から米を買うように指示する。

オレが頑張って作ったこの記録は、越前の売却された米とその代金の集計記録(概算)なのだ。


不当な利益をむさぼる者は厳しく罰し(ついでに家財没収で懐を潤し)、越前の農民に次の年貢までの食糧を手に入れてもらう。

その購入資金は織田家の支援でもらった永楽銭であり、賦役で支払った賃金だ。


そして、ここからがゴマスリの極意だ。

常備作業者で作った琵琶湖からの道を使い目加田、長浜、津などの琵琶湖沿岸の商人達から米を購入する。

その際、各商人で取引相手の場所を決める。越前北部や加賀南部なら海路を使わせ、その際の港の使用料などに便宜を図る。越前中部や南部は陸路を作って、次の賦役のための道の整備に関するアドバイスなどをもらう。

…そういう名目を立てる。

そして、人を派遣して各村の取引量を調べさせて集計し、どこの米商人がどれだけの米を扱ったかを調べる。

こうしてできたのが、各米商人が商売した量の記録簿。つまり儲けた記録だ。

後は簡単だ。


安土の大殿がこれらの商人に矢銭(資金提供)を要求する。


儲けているんだから仕方ない。その儲けの元となる銭がどこから出ているかわかれば、少しくらい還元してもいいはずだ(断定)。

この良い所は、越前が一切損をしないところだ。支払った後の賃金を有効利用するのは、日野時代の商業路の時と同じである。

もちろん、織田家だって全額回収できないことは理解している。だが、回収額が0でなければよいのだ。ああ、矢銭以外の影響力とかその辺はプライスレスだな。

さらに、将来越前が復興し生産高が増せば、このルートの商人が越前米を売却する窓口になる。商人的にも将来の優良顧客とコネが出来る。

その際は、矢銭を気前よく払った商人に優先権が渡されるわけだ。

何せ、顧客としては利益を還元してくれる商人こそが望ましいわけだからな。こういう時の心がけを忘れない者こそ取引相手にふさわしい。


そして、なにより。

これらを理由にオレの次のお代わり要求の難易度が下がる。これ第一目標。

他の効果はオマケだオマケ。何せ、誰も損していない。ある意味、一番損しているのは織田家なんだが、そこらへんは我慢してくれよ大殿。

自分たちは損せずゴマをする。

これが極意である。


その為の仕事量もプライスレスだけどね…

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