66 越前差配
さて、オレの仕事だが、いろいろあるわけで。
・国主用統括システム構築
・一乗谷お寺化計画
・越前支援窓口(織田家限定)
統括システム構築は、まだ溝口さんから返事が来ていない。
お寺化計画もまだ始動段階だ。焼野原を渡されても、一向宗だって何の魅力も感じない。あくまで越前の賦役で立派な寺を建てる所からスタートだ。
織田家への支援も、まだ賦役自体が始まっていないので、後回し。
なので、今必要とする重要な仕事はこれだ。
・通常業務(年貢)
第二次越前侵攻で領土を取得したのが八月。その後の領地配分などのゴタゴタで1ヵ月なんてすぐだ。
つまり9月。そう、年貢の季節である。
当たり前の事だが。収穫するには作物を植えなければならない。
さて、そこでちょっと振り返ってみよう。
天正三年三月 第一次越前加賀侵攻
天正三年四月 引き鳥府中
天正三年八月 第二次越前加賀侵攻
天正3年はホットなイベント盛り沢山な越前ですが、5月の田植え前に戦争があった。
百姓の持ちたる国である以上、その兵士は百姓だ。
引き鳥府中で織田軍大勝したわけで、当然負けた越前一向宗の数は減っている。
つまり、労働力が減っているわけだな。
あのね。5000の捕虜を解放したのって、さっさと帰って田植えしてくれなきゃいけないというのも理由の一つなんだ。
「我が策なれり(キリッ)」って、カッコつけてみても、ある意味自分の首絞めているだけなんだよね。ウフフフフフ。
なんで少しくらい失敗してくれないかな蒲生君に慶次郎よ…
まあ、要するに田植えの季節に戦争しかけた結果、今年の年貢は四公六民でも笑っちゃうような出来高が見込まれるわけです。
ネタや雅なギャグじゃないぞ。皮肉だぞ。
とりあえず、年内は何とかできる。
第一次、第二次越前加賀侵略で持ってきた兵糧だ。その大部分を分散して越前に保管してある。大殿の許可はもらってこっそり着服…じゃなく提供してもらった。
この食料配給の名目で賦役をする。その賦役の労働力で一乗谷に寺を建てたり、荒廃した田園の復興をするわけだ。
うむ、何とか展望は見えているな。
では、整理しよう。
まず笑っちゃう収穫高での年貢徴収を終わらせる作業がある。(基本難易度設定 → イージー)
そしてその次に、越前侵攻で余った分の兵糧の管理が必要となる。命を賭けた戦争している中、食料を厳密に管理するような人間は稀であり、正真正銘のどんぶり勘定でやっているところが大半だ。その余った兵糧の数というのは、当然記録が残っているはずもなく。人力で確認だ(難易度UP → ノーマル)
そして、その兵糧の残高を明確にしたら、それを救済配布食料にして賦役を課せる。一乗谷に九頭竜川の治水。縄張りからなにまで必要だ。(難易度UP → ハード)
そして、それでも足りない分は織田家にお願いして提供してもらう。これもやっぱりオレの仕事(難易度UP → ナイトメア)である。
チュートリアル(戦争)が終わったら設定がナイトメアスタートとか、鬼仕様にもほどがあるだろ!?
そんなわけで越前侵攻最初の年貢の季節からデスピカリパレードです。
そして、それが全部終わってようやく越前国主としての統括システムの作成と、そのシステムに現状を落とし込んでの管理体制が必要になります。
つまりデスピカリボーナスパレードだな。
悪化してるじゃないか!!
越前統治における概要(主人公の仕事)はこんな感じになります。