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59 鳥の羽ばたいた後

府中城の外に5000人の捕虜が座り込んでいる。周囲には簡易的な柵が作られているが、逃げるような余力のあるものは一人もいない。そもそも、それぞれの前に置かれた窯では、食料が煮られており、それを食べるまで彼らは梃子でも動かないだろう。


実際、府中城を攻めた軍勢の半数以上は捕虜である。先頭を行く前田慶次郎の軍ではあったが、その後ろにいるのは「四公六民」の旗を持たせた一揆追撃隊の捕虜であった。

心の折れた彼らに食事を与え「このままついてくれば、腹いっぱい飯を食わせてやるぞ」と伝え、続々とやってくる兵糧を見せるだけで彼らは従順になった。

余分に旗を持たせ数を多く見せるという手垢まみれの策に、まさかの敗戦でショックを受けて混乱する府中城守兵に疑う余裕はなかった。

その兵力差に圧倒されて士気を崩壊させ、府中城は抵抗らしい抵抗もなく陥落したのである。


自軍の倍以上の捕虜への食料も、元々越前侵攻の大軍の為に用意した兵糧である。一向一揆とは違い5000人程度を管理するのは造作もなかった。

彼等にしてみても、捕虜になって初めて満足できる食事をとれたというのも皮肉な話である。


そんな中を数人の武者集団が歩く。そのうち一人は派手な具足の大男だ。周囲の武者はみな『四公六民』の旗を持っている。

その異様な集団に全員が気が付いたところで、大男が合図をすると、周囲の武者が声をそろえて大声を上げた。


「「四公六民!四公六民!四公六民!四公六民!」」


一斉に集まる注目に、ひるむことなく大男 慶次郎は声を上げる。


「よく聞け。ワシは前田慶次郎利益。今回越前を攻めた加賀守の甥にあたる」


そういって、周囲を見回すとさらに大声を上げる。


「ワシはうそつきではない。四公六民!これは嘘ではない!!死ねば極楽と謳う坊主は死なずに逃げる臆病者のうそつきだ。だが、オレはうそつきではない。お前たちがそれを信じるかは知らん。だが、言っておく。今回織田は引いた。しかし、必ず織田軍はやって来る。次は、大軍勢を率いてやって来る」


そこで言葉を止め、周囲を見回す。さすがに捕虜のすべてが、彼の言葉に耳を傾けていた。


「ワシは嘘吐きではない。お前たちに約束する。四公六民!だが、このまま一揆に参加するならワシらは容赦せん。それは、お前たちの家族でもだ」


そういって、手を上げると、控えていた足軽たちが、捕虜を囲む囲いを壊し始める。


「お前たちは自分たちの村に帰っていい。帰って家族に知らせてもいい。織田に従うなら四公六民の生活が待っている。一向宗に参加するのも構わん。逃げ出す坊主に従って死にたいというなら、ワシらは容赦なく叩き潰す!」


そして、手に持った槍の石付きで地面をたたく。残念な事に下が土のせいであまりいい音はしなかったが、慶次郎は気にせず言葉を続ける。


「残るもよし、戻るもよし、歯向かってもよし。好きにいたせ!」


そう、よく通る声で話した後、周囲の武者と共に、府中城へ戻っていった。





次の日。

日の出と共に、ぞろぞろと出ていく農民の背中を府中城から眺めていた。


「禿鸞殿。これで、我々は5000の越前兵を手にいれたという訳ですな」


振り返ると、面白そうに慶次郎が煙草に火を入れている。


「兵…ああ、兵か。それもあるな」

「ほう。禿鸞殿には何か存念があるわけですか」


こいつは、オレが禿鸞と呼ばれるのが嫌なのをわかって呼んでやがる。とはいえ、ここで突っかかっても、相手を喜ばせるだけだ。


「『韓非子』を読んだことありますか?」

「漢籍ですか。多少は…」

「「街中に虎が出た」そんな途方もない嘘でも3度続けば信じてしまう。では、5000の人が言えば、彼らの言葉をどれほどの人が信じるでしょう」


オレの狙いはそこにある。5000の流言飛語。これの良い点は、彼らの意志にかかわらず、オレの望む情報が知れ渡る事だ。

一揆とは農民の集まりだ。その数は恐ろしい数になり、それが脅威でもある。当然、彼らは農民である以上、そこまで増えるのに必要なのはなにか。

横のつながりだ。

村同士、集落同士、家同士のつながりこそが、一揆の数が数になる理由である。

その横のつながりに5000の情報が載る。

『織田に下れば四公六民』『加賀の坊主は逃げた』『織田が大軍でやってくる』という情報が越前の農家に知れ渡る。

今後、彼らが織田に組みしようと、趨勢が分かるまで中立でいようと、一向宗に再び参加して敵対しようと問題はない。どんな考えがあったとしても、これらの情報は織田軍にとって有利な情報であり、そのどれもが、越前の民が織田に従う理由になる。

その話を身内や知人の当事者が話すのだ。信憑性は増す。韓非子の嘘ではない、本当の事だ。


そして、織田が再び越前討伐に来たとき、この者達が織田に下る窓口となる。こうして一体感を失った農民に一揆をする事などできようはずもない。一揆をしても勝てない敵が来るのだ、すれば確実に殺される。織田に下れば生き延びる事が出来る。

自分で流した流言飛語を信じるようになるのだ。


バッチーン!


「ブベッ」


突如後頭部がはたかれ、前にある壁に激突する。

攻撃者は、当然前田家の傾奇者だ。


「いやはや。禿鸞殿の頭は打出の小槌ですな。米俵だけかと思ってみれば、神算鬼謀まで零れ落ちるとは。いやはや、感服仕った。あーっははははは」


そういって、高笑いしつつ去っていく。


ゲッ。鼻血が出てるじゃないか。あの馬鹿力め。


この時、懐紙で鼻血をぬぐいながら、オレは前田慶次郎の恐るべき策略を見抜くことができなかった。






オレの後頭部についた大きなモミジに気が付かなかった。


やってくれた喃、やってくれた喃、前田慶次郎利益!!(血涙)



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