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58 引き鳥府中~その5

伝令が、殿軍でんぐんの勝利を伝えに来た。


なんというか…少しくらい失敗してもよかったのよ。

突然増えた一揆の兵に補給が追い付かないはずなので、こちらの兵糧を見せつけるようにした上で、敵に強奪される兵糧を最小限にして空腹をあおる。

一向宗と一揆の意識の違いから、暴走する確率は高かった。あとは一気に来ないように、足止めと、不意の撤退で一揆の隊列を伸ばす。

こうして、『隊列の伸びた』『ロクに補給のされていない』『再編成の間に合わない』『疲弊した』農民の群勢が出来上がる。つまり烏合の衆だな。

そこに、伏兵からの挟撃で、攻めかかるのが殿とのの上位互換の蒲生君に、前田家の暴れん坊の慶次郎か。

いやはや、敵に同情したくなるわ。


「では、計画通りに兵糧を運びますよ」


オレの号令の下、すでに荷車に積まれた兵糧が運び出される。


「でも、豊利様の細工はあまり効果ありませんでしたね」

「ん?」


オレの補佐をしながら勝豊君が聞く。何気に、彼の武士姿も結構様になっている。伯父の木村様もたいそうかわいがっているようだ。


「例の旗印ですよ。結構大変だったのですが」


撤退の為に兵糧を管理している時に、無理を言って作ってもらった『四公六民』の旗だ。


「ああ、あの号令と旗印か。あれはこれから意味を成すのですよ。いいかい勝豊君。『甘言』というのはね…」


指を一本立てて、笑って見せる。


「心が折れた時に一番効果を発揮するのですよ」






泥まみれで、足を引きずるように進む。その姿はさながら幽鬼のようだ。

怒涛のような敵の軍勢に、混乱しきった一揆軍の士気は霧散し、おのおのが命からがら逃げ出した。そうなった農民が帰る場所はひとつしかない。我が家だ。

すでに、恐怖も怒りもすべての感情を失ったように、機械的にただ前に進んでいく。疲弊しきった心は、後悔する気力すら失っていた。


進む先で誰かが座り込んでいる。

織田軍ではない。自分と同じような着の身着のままの農民。一向一揆の農民だ。

彼は座りながら泣いていた。言葉にならないように涙を流して、何かを握りしめていた。

その白い生地と、そこに書かれた文字が目につく。


『四公六民』


農民である彼は、その文字を読むことはできなかった。だが、その内容は知っていた。あたりまえだ、織田軍があれだけ叫んでいたのだ。


「四公六民!」


作った米の4割を納め、残った6割を自分の物にできる。朝倉時代にもない安い年貢。

その意味を理解した時、彼は感情を取り戻した。

それは怒りでも恐怖でもなかった。


「なぜ…」


足から力が抜ける。その男と同じように、その場にへたり込む。


『なぜオレは、こんな苦しい目にあってまで、楽になる事を拒まなければならないのだ。』


気が付いてしまったのだ。

なぜ、こんな苦しい目に合っているのだと自問した時、なんら明確な答えがなかったことに気が付いて、彼は涙を流し続けた。

「進めば極楽 引けば地獄」「南無阿弥陀仏」と唱えながら、目をそらしていた事実をつきつけられ、そこにいる多くの敗残兵と共に泣き続けた。





殿軍でんぐんの前田慶次郎は、一向宗を倒した勢いでそのまま北上し府中城に攻め込んだ。

戻ってきた敗残兵は千を超える程度。相手は万に近い数の織田軍である。

七里頼周は、抗しきれぬと早々に城から撤退し、慶次郎は難なく府中城を手に入れる事が出来た。



こうして、府中の撤退戦は、引くと見せかけた奇襲攻撃で府中城を手に入れるという快挙を成し遂げた。



後に「撤退戦(引き)で取った(取り=鳥)府中」『引き鳥府中』と呼ばれる戦いである。


これで引き鳥府中の話は終わりです。

2話ほど後始末やネタバラシ(?)が続きます。

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