57 引き鳥府中~その4
一向宗の本隊が、まごつく先陣の残党を吸収して前進。殿軍からの迎撃をものともせず突き進む。
激突と思われたその瞬間、日が陰った。
否。
それは、道の東側に広がる森から降る大量の矢であった。
竹中半兵衛の指示でそこに兵が伏されていたのだ。
なし崩し的に戦いに入った一向一揆に、偵察を派遣する時間的余裕などなく、数による圧倒的有利に慢心し無策で突入した結果、無防備な横からの一撃を受け混乱する事になる。
戦列が伸び、統率などあってないような一揆に、奇襲に対する対応などできるはずもない。
そして、森から姿を現す軍団。その旗印は『対い鶴』。
蒲生 賦秀である。
馬上で賦秀は打ち震えていた。
唐の国の古書にある英雄達の戦い。いつかそのような戦いをしてみたいと子供心に思ったものだ。そして今この時、その時代の名軍師の綽名を持つ者が作り出した絶妙の策に落ちる敵。
それを討ち散らせる立場に立つ己が、少年の頃に憧れた英雄に重なる。
「伏竜鳳雛その策に 落ちいたるは黄巾の 我関羽張飛になりかわり 舞って見せよう 桃園の華…」
詩を吟じるように胸の内を言葉に乗せ、愛用の槍を一振りする。すでに武者震いも消え、そこには織田信長が血族にしてまで欲しいと思った稀代の武将の姿があった。
「我に続け!!」
号令一下。愛馬の腹を蹴ると先頭切って走り出す。それに離れまいと日野勢3000弱の兵が後に続く。日野の若大将である賦秀を危険にさらすわけにはいかない。その心と、嬉しそうに走る賦秀の姿を見て、日野勢の士気はいやがおうにも高まった。
「これは参った。出遅れたわ」
蒲生軍の横槍に混乱している一向宗を前に、打って出ようと兵をそろえた慶次郎が眉間に皺を寄せてぼやく。
「やれやれ、殿の武功こそ華よと大言壮語を吐いてみれば、すでに大きな華が咲いておる」
そして嬉しそうに朱塗りの大槍をかかげると、腹の底から出る大きな声を出した。
「さあ、おのおの方。このままではワシらは間抜け面をさらして手柄を全部奪われてしまうぞ。すでに薄紅色の華はあるが。なに、二輪挿しでも構うまい。さあ、真紅の大輪を咲かせるぞ!」
「「おおおおお!!!!」」
大身で派手な身なりの前田慶次郎は戦場においてもたいそう目立った。その、姿で放つ豪放磊落な言葉に、彼を慕っている兵達も答える。
元々、慶次郎に心酔して志願した志願兵。それも、殿軍という最も危険な場所である。すでに、心は死兵となった軍団に、おびえる者はいない。
「全軍 進め!!」
地響きを上げて、織田殿軍が一揆勢に襲い掛かった。
前田慶次郎と蒲生賦秀による伏兵挟撃により、一向宗追撃軍はなすすべもなく崩壊した。
もう少しだけ、引き鳥府中の話は続きます。




