54 引き鳥府中~その1
府中城では一向宗の七里 頼周が、眼前に陣を構える織田軍を見ていた。
「今庄を攻撃していた織田軍が戻ってきました。」
「やはりか!!こちらの兵の集まりは?」
「およそ4000集まりました。総勢1万を超えております。」
「さらに集めよ!奴らが引いた所で一気に出る。」
「ハハッ」
伝令が下がり、七里は浮かべる笑みを隠そうともしない。
甲斐の武田が来たのだ。これで織田の命運は風前の灯だ。かつて越前を朝倉が支配していた時代、七里率いる加賀一向宗は対上杉戦略で武田と手を組んだ過去がある。ここで、織田軍に被害を与えれば、三河に侵攻する武田 勝頼の率いる武田軍への明確な支援となる。
そして、その第一の功は、撤退する織田軍を好きなように追い散らした七里頼周なのだ。
賞賛を浴びる己を夢想する七里に、突如大合唱が襲った。
「「「四公六民!四公六民!四公六民!四公六民!」」」
「なんだ!?」
「織田です。四公六民と書かれた無数の旗を掲げ、騒いでおります。」
「…プッ。フハハハハハ。苦し紛れに空手形か。そんな戯言に惑わされる者などおらぬわ。奴らに真理という奴を教えてやれ。」
命乞いのように好待遇を喧伝する織田軍の滑稽さを笑い飛ばして命令を下す。
やがて、七里の命令で、織田の声に反論するように「南無阿弥陀仏」の声が上がる。
「「「四公六民!四公六民!四公六民!四公六民!」」」
「「「南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏!」」」
羽柴軍が退き、ついに前田本隊の撤退が開始した。殿軍である前田慶次郎隊を残し、整然と敦賀への道を進む。
このまま、前田隊が安全な距離をとれるまで、殿部隊は敵の侵攻を止めなければならない。
…はずであった。
「今です。」
竹中半兵衛の合図で、本隊と距離を取れていない段階で慶次郎隊撤退。深夜に始まった暴挙ともいえる殿軍の撤退を、完全に見過ごしていた七里ではあったが、すぐさま一揆衆を出陣させる。
この行動に七里は驚きこそすれ、焦ってはいなかった。殿軍が陣で待ち構えるのではなく、撤退するという一番もろい状態を攻められるのだ。その上で、前田本隊を射程に収められる。相手の愚策によるミス。こちらが有利である点は変わらない。
「まず、大軍の弱点である兵糧を突きます。」
すでに前線から離れ、前田本隊と行動を共にしながら、一緒に行動している蒲生君に教える。
「兵糧ですか?」
「府中城にいた一向宗は、撤退する織田軍を追撃する為に周辺から兵を集めています。その数は一気に倍近くになっているようです。例え、府中に十分な兵糧があったとしても、それを分配する手間は倍になる計算です。」
急遽増えた人員とその維持に、どれほど手間がかかるかをオレは実感している。
『百姓の持ちたる国』が、完璧な兵糧管理ができるのなら問題ない話である。しかし、そうでないのなら、その不備は満足に食事がとれないというペナルティーで一揆の一人一人にのしかかる。
そのペナルティーをどう解消するか。
簡単である、敵の残した物を奪えばよいのだ。
先陣で飛び込んだ男が向かったのは、織田陣営の兵糧の集積所だ。撤退時に重い兵糧を捨てるのは戦国の常識であり、それを奪う事はいつもの事であった。
突如村から呼び集められ、ロクに食事を食べられなかった男が、その空腹を満たすために、そこを目指すのは当然であった。
すでに織田兵の姿はなく、山と積まれた米俵に飛びついた男は、予想外の反動に面食らった。
俵のワラを引きちぎると、その中にあったのは岩であった。別の米俵をむしる。その中から落ちたのは砂であった。
「こ、米だ!」
別の俵に飛びついた農民が、歓喜の声を上げる。その手には白いコメが握られている。
「オレにもよこせ!!」
男たちはその米に群がるように飛びついた。




