53 伏竜鳳雛の机
机をはさみ、地図に置かれた碁石を見つめる。
机をはさみ、竹中半兵衛は地図に置かれた碁石を見つめる。
「碁石が4つ。策は?」
「先頭をつまずかせます。前が詰まれば、後ろの足が止まる。」
「大軍は一度止まれば、再び進むのに時間がかかる。なるほど。」
「敵の数はいかほどと見ます?」
こちらの分析では当初5000強。追撃に周辺の兵を集めて10000を超えると見ている。
「当初7000。最終的に12000ほどでしょう。」
半兵衛の目算の精度はさすがに一段高い。とはいえ、その内容は予想範囲内だ。
「相手は大軍。ならば大軍の弱点を攻めます。」
「可能ですか?」
「すでに、佐々隊と不破隊には先行して行かせています。羽柴様と蒲生様に残りを。最後に前田本隊で調整できます。」
「碁石をひとつここへ」
半兵衛が1つ目と2つ目の碁石の間に黒い石を置く。地図上では、そこは何もない平野で、一向宗を足止めできるようなものはなかった。
「ここにはなにが?」
「なにもありません。ただ越前南条郡のこのあたりは肥沃な農耕地帯です」
「…なるほど。」
その場所の風景を思い出し、オレもニヤリと笑う。
オレの策は要するに撤退するために、相手の先頭の足を止める。そうすれば、後ろにいる者の足も止まる。そうやって止まっていけば、やがて後続の足は止まる。
事故でもないのに高速道路が渋滞する現象だ。前の状況がわからないため、後続はより長く足を止める。その止まる時間は後ろになるほど増加し、一定ラインで足は止まる。出発するには再び時間をとられる。
そのための足止めが計5つの防御柵。
これは、先行している隊が作っているはずだ。
一揆の強みは数だ。それしかない。そして、数の有利を活かすだけなので、緻密な戦術というのは一揆にはできない。前に進んで押しつぶすだけだ。
そして、撤退戦である以上、向こうは追い。こちらは逃げる。向こうは全軍を持って追撃してくるだろう。それが一揆を最大限有効活用できる戦い方。
そして、唯一の戦い方だ。
だからこそ、足を止めさせ行軍を混乱させる。一揆軍は統制を乱され、やがて足の速い先行部隊と、足の遅いいくつもの後続部隊とに分かれる。
高速道路の渋滞が長くなる理論と同じだ。
そこを狙い撃つ。混乱させた先行部隊は、さらに後続部隊の邪魔となり、一揆軍は進行速度によって分断される。そうなれば、一揆軍の最大にして唯一の攻撃が封じられるのだ。
勝算は十分ある。
「お願いがあります。」
協議をする二人の横に蒲生 賦秀が進み出る。
日野蒲生勢は、殿大将の慶次郎による殿軍引き抜き(有志)による再編成と、そもそも前田家が元日野城主であった縁から、前田本隊の直前に出発する手はずとなっていた。
「私も、殿軍に参加させてください」
「だめです」
にべもなくお断りを入れる竹中半兵衛。
その意見には、オレも同感だ。
「蒲生様には大殿より、撤退命令が出ています。これに逆らうことは命令違反になります」
「それでも、戦わせてください。前田本隊は日野蒲生隊より数が多い。追撃部隊に追いつかれて甚大な被害が出れば、その影響は蒲生隊の比ではない」
懇願するように賦秀君が続ける。
「お願いです。私も戦わせてください。武田と戦って手柄を上げるより。私はここで戦いたいのです」
チラッと殿軍の慶次郎に視線を送ると、肩をすくめて見せる。前にいる竹中半兵衛に視線を向けると、薄く笑い目を伏した。
蒲生君。今の君の目、前田家の子供にお話を聞かせる時の目とそっくりだよ。もう、子供じゃないんだから…
オレはあきれるようため息を吐いて少し笑う。
半兵衛殿が並んだ3つ目の碁石を白い碁石と入れ替えて口を開く。
「…なら、取ってしまいますか」
「少し、小細工を弄しましょう」
後に『引き鳥府中』と呼ばれる戦いが、この時より始まった。




