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52 殿軍(でんぐん)

大殿から命令が来た。


甲斐武田が三河に侵攻。

それに対抗する為、全軍尾張へ集結。

そこには、前田利家以下、羽柴秀吉、明智光秀、佐々成政、不破光治、蒲生賦秀の名が記されている。

つまり、全軍撤退。


しかもただの撤退ではない。万の兵の撤退だ。しかも、今ここで前田軍が引けば羽柴軍は袋のネズミ(シャレじゃないぞ)。つまり、羽柴軍が戻るまで、前田軍はとどまり、その後で撤退。

いくら一向一揆の坊主武官といえども、そこまでされてだまって見逃すとは思えない。


本陣でその知らせを受けた殿は、状況の絶望さに苦難の表情を見せながら、絞り出すように言う。


「…撤退しかあるまい。」

殿しんがりは?」


撤退戦の最も過酷な殿を誰にするか。それも、相手は一向一揆。雲霞のごとく群がってくるのが目に見えている。


「…ワシ、ではだめじゃな。」


当たり前だ。大将が殿しんがりとか、斬新ってレベルじゃないだろ。罰ゲームでだってそんな選択ないぞ。しかも、前田利家の名が対武田戦に明記されている為、参陣する義務が生じていた。

無茶ともいえる命令ではあるが、相手は戦国最強の甲斐武田。ここで無理をして越前を攻め余計な被害が出た結果、武田に負けたら本末転倒どころか滅亡である。その為には、少しでも勝率を上げるために、全軍を投入する必要がある。それを理解しているからこそ、壊滅のリスクを知りながらも全軍撤退を命じたのである。

佐々、不破の両与力も同様に対武田に出陣する事が求められているので、殿の対象から除外。前田軍と同行している一緒にいる蒲生君も同じ。

となれば、前田家陪臣の誰か…




「フッ。クックック。ははははは。」


突如陣幕に高笑いが響いた。


「いやはや、当たり前の勝ち戦とタカをくくっておったら、どうしてどうして、楽しくなってまいりましたな。負け戦の殿こそ戦場の華。それがしは是が非でも残らせていただきますぞ。」


名乗りを上げたのは、我らが前田家の問題児 前田慶次郎である。

ああ、あんたこういう派手なのが好きそうだよな。


「ば、馬鹿。慶次郎。お前は何か策があってそんな事をいっているのか?」

「ははは。策などござらんが、そこはほれ、トクラン殿が何とかしてくれましょう。」


ほう、そんな人がいるんだ。どこで拾ったの?

え?なんでこっちを見るの?


「のう、禿鸞とくらん殿。」


オレかよ!?






すでに、佐々様率いる先遣隊が撤退しており、不破様もそれに続いている。

残った前田軍では決死隊ともいえる殿軍を前田慶次郎が編成。日野での慶次郎の活動(?)が功を奏したのか、士気の高い志願兵が集まった。その数2000弱。


オレは勝豊君に物資兵糧の管理を任せ、机に置かれた周辺の地図からいくつかの策をまとめる。


そんな中、羽柴軍が府中の陣に帰還。とんでもない速さである。撤退命令を、早馬で羽柴軍に届けたわけだから、実質2日足らずで数千の兵を移動させた計算だ。


「又左。大変な事になったのう。」


本陣にはいるなり、秀吉は明るい声をかける。それだけで、全軍撤退の暗い雰囲気がいくばくか柔らかくなったようだ。さすが、後の天下人である。


「さっさとお前も帰れ。お前が退くまで、俺たちは帰れないんだぞ。」

「わかっとるわい。殿は誰じゃ?こう見えても金ヶ崎の経験があるでな。ワシの助言をくれてやろう。」


すでに、殿軍が誰か知っていてこの発言だ。要するに、同じような絶望的な撤退をした自分がこうして生きている。絶望するなと言っているのだ。


「たわけ。そんな暇があるなら、一刻も早く消えろ。お前の自慢話のせいで、撤退が遅れたら目も当てられんわ。」

「自慢話じゃないわい。金言じゃぞ。とはいえ、大殿の命じゃ。力を貸すわけにはいかん。」


少し悔しそうに、視線を外す秀吉。

しかし、そんな事はここにいるだれもが知っていた。

もし、殿軍が早期に壊滅したら。その次は撤退中の前田軍が被害を受ける。そうなれば、不利な中で戦う必要が出る。前田軍の前途は暗いだろう。


「又左が不覚を取るとは思えんが、もしもという事もあるでな。」


暗くなりそうな、雰囲気を察知して再びおどけたような声を出す秀吉。


「力は貸せん。が、知恵なら貸せるじゃろう。」


その言葉に合わせるように、秀吉と一緒に入ってきた一人の武者が、顔当てを外し兜を脱いで礼をした。


「それがし、竹中半兵衛重治と申します。」


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